こんにちは。弁護士の浅見隆行です。
金融庁は2026年9月17日、I-neに対して600万円の課徴金納付命令を決定しました。2022年に、役員が重要な影響力を持つ会社から商標権を譲り受けた取引を、関連当事者との取引として有価証券報告書に注記していなかったことが理由です。
この事案では、課徴金のほかに、日本取引所グループの上場契約違約金も課されています。どちらも同じ商標権の譲受をめぐる事案が出発点ですが、処分の対象になった行為は違います。経緯を時系列で整理したうえで、その違いを見ていきます。
I-neの課徴金命令に至るまでの経緯
社長が個人で貸した資金と、18億円の商標権譲受
I-neの社長は、創業から会社を支えた元従業員が独立して設立したRight Here社(RH社)の代表者に、2021年1月から2022年6月にかけて、個人で累計約4.8億円を貸しました。この資金は、RH社の運転資金に使われました。
I-neは2022年6月、このRH社から、スキンケアブランドの商標権などを譲渡代金18億円で譲り受けました。社長が個人で貸した資金は、この譲渡代金から返済される形になっていました。
2022年5月の取締役会
商標権の譲受が取締役会で審議された2022年5月20日、社長は、RH社の代表者との関係を「お金を個人的に3000万くらい貸します」と説明しました。資金の出所を問われると、「僕は3000万円しか出してないですけど」と答えています。実際の貸付は、その時点で約4.7億円に達していました。
監査等委員は、商標権の譲受が利益相反取引に当たる可能性を指摘し、貸付の資金の出所も質問しました。議案は一度取り下げられましたが、貸付の実態は監査等委員に伝わらないまま、2022年6月22日の取締役会で商標権の譲受は全員一致で承認されました。報告書によれば、監査等委員が自力で貸付額を確かめる手段は限られていました。
2023年の東京証券取引所の審査
I-neは2023年6月、東京証券取引所のプライム市場への市場区分変更の審査でも、社長とRH社の代表者の間の融資について、金額3,000万円、年利2.5%、期間1年とする契約書だけを添えて回答しました。I-neは2023年9月にプライム市場へ移っています。
2026年の特別調査委員会
I-neは2026年2月、商標権の譲受の相手方が関連当事者ではないかという疑義を調べるため、特別調査委員会を設置しました。委員会は2026年4月24日付の報告書で、社長個人がRH社の議決権の過半数を持つのと同等の支配力を持っていたとして、RH社は関連当事者に当たると判断しています。I-neは、関連当事者との取引に関する注記を訂正する方針を明らかにしました。
同じ事案から出た処分でも、対象になった行為は違います
取引所の違約金は、審査での虚偽説明が対象です
日本取引所グループは2026年6月18日、I-neから上場契約違約金3,360万円を徴求すると公表しました。対象は、市場区分変更の申請時に、提出書類がすべて真実であるとの宣誓書を出していたにもかかわらず、商標権の譲受取引について事実と異なる説明をしたことです。社長が取締役会や会計監査人にも虚偽の説明をしていたと認定されています。
課徴金は、有価証券報告書と目論見書の記載が対象です
証券取引等監視委員会は2026年6月26日、課徴金納付命令を出すよう金融庁に勧告しました。対象は2つあります。
1つは、2022年12月期の有価証券報告書です。主要株主である役員が重要な影響力を持つ会社との取引を、連結財務諸表に注記していませんでした。勧告では、I-neの課徴金は600万円とされています。
もう1つは目論見書です。有価証券報告書の欠落を知りながら、役員が目論見書の作成に関与し、2023年9月19日に934,479,000円で株式を売却しました。勧告では、この役員の課徴金は4,205万円とされています。金融庁は2026年9月17日、この勧告を受けて、I-neに課徴金の納付を命じました。
役員が個人で貸した金は、会社の帳簿に載りません。質問されても、裏づける資料がなければ、本人の説明がそのまま会社の情報になります。
役員に関する情報の開示は、どうあるべきか
ここからは、I-neの個別の事情を離れて、役員に関する情報を開示する仕組みの話です。開示書類に載せるべきなのは、役員が支配する会社との取引です。その背景にある、役員が個人で貸した金のように会社の帳簿に載らない事情も、会社が把握しておく必要があります。目的は、役員が自分から語らなくても、こうした情報が会社に届くようにすることです。
取引先の登記簿を確認し、疑わせる事情が出たら確認を切り替える
新たな取引を始めるときに、取引先から登記事項証明書を提出してもらい、社内で役員の名前を確認する。この運用は、多くの会社が取り入れやすいと思います。役員への質問票も、毎期取ります。
ただ、登記簿に載るのは取締役などの名前です。役員が個人で貸した資金による支配は、登記簿からも質問票からも分かりません。
手がかりになるのは、役員自身の発言です。I-neの社長は、取締役会で、RH社の代表者に個人的に貸していると自分から口にしています。取引先と役員の個人的な関係に触れる発言が出た時点で、通常の確認から、貸借の裏づけを求める確認に切り替えます。切り替えた後に何を求めるかは、後で触れます。
確認の結果は、社長を経由せずに監査等委員会へ届ける
取引先への確認は、社内の担当部署が行います。この部署が社長の指揮下にあれば、社長が関わる取引で問題を見つけたとき、社長に伝えるか、取締役会に出すかを、この部署自身が決めることになります。
I-neでは、経営管理本部長が取締役会事務局として社外役員への説明を担い、外部の弁護士や監査法人との窓口も一手に引き受けていました。報告書は、社外役員や外部に届く情報の内容と範囲を決める権限が、この本部長と社長に集中していたと指摘しています。
役員が関わる取引の確認結果は、担当部署から、社長を経由せずに監査等委員会(監査役会設置会社なら監査役)へ直接報告する運用にします。報告書も、社外役員が執行部門から独立した従業員の協力や、外部専門家の助言を求められる環境を整えることを挙げています。
取締役会で、数字と一緒に裏づけを求める
I-neでは、監査等委員が借用書の写しの提出を求め、3000万円の金銭消費貸借契約書が示されました。報告書によれば、この契約書は後から作成されたものです。外部の弁護士は、銀行口座や入出金の記録まで見せるよう求められれば、契約書は事実と食い違うことになると、社内にメールで伝えていました。
契約書は、後から作ることができます。裏づけを求めるなら、通帳や入出金の記録のように、本人が書き換えにくい資料まで求める必要があります。
社長個人に直接求めると反発を招きやすいため、役員との取引や役員個人の貸借に触れる議題には、契約書に加えて入出金の記録を添える、というルールをあらかじめ取締役会規則に定めておきます。こうすれば、頼む人が個人として疑っているのではなく、全役員に同じ手続を適用しているという形になります。2026年7月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードの原則4-3も、取締役会が、関連当事者との取引について重要性や性質に応じた手続をあらかじめ定めて枠組みを開示し、その手続を踏まえた監視を行うことを求めています。
役員が株式を売る場面では、本人以外が書類を確かめる
役員が売出しを行う場合は、目論見書の関連当事者の欄を、売出人である本人以外の役員と法務が確認します。確認に使うのは本人の申告ではなく、取引先の登記簿や、貸借の裏づけ資料など、本人以外から得た資料です。結果は売出しの前に取締役会へ報告し、議事録に残します。
役員本人が得をする場面ほど、本人の関与を外した確認が必要になります。
取締役会の議事録に役員の個人的な貸付が数字で残っているとき、その数字を裏づける資料を誰が見たのかまで読み取れる会社は、多くないかもしれません。自社の議事録を1度読み直してみることが、実務的な備えになる気がします。
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