オルツが循環取引によって上場廃止後民事再生。ガバナンス上の問題点(なぜ気づけなかったのか、なぜ防げなかったのか)と、エフオーアイ事件を参考に役員等の責任を考える。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

議事録を作成するAI「AI GIJIROKU」のサービスを提供していた株式会社オルツは2025年7月25日に循環取引に関する第三者委員会の調査報告書を公表し、7月30日に上場廃止するとともに、民事再生手続きを申立て、8月6日に民事再生開始決定を得ました。

2010年に起きた半導体メーカー「エフオーアイ」による粉飾決算事件にも酷似しています。

エフオーアイ事件では、売上高118億円の約97%が架空で、社長らは有価証券報告書虚偽記載で逮捕され、民事では役員の賠償責任のほか主幹事証券であるみずほ証券の賠償責任も認められました(最判2020年12月22日)。

今回は、オルツの循環取引に関するガバナンス上の問題点(なぜ気づけなかったのか、なぜ防止できなかったのか)と、エフオーアイ事件を参考に役員らの責任について考察してみます。

オルツにおけるガバナンス上の問題点

オルツの「循環取引」のスキーム

オルツの「循環取引」は、以下のようなスキームになっていました。

  1. オルツは、SP(スーパーパートナー=販売店)に「AI GIJIROKU」のライセンスを「販売」したとして、アカウント発行の実態を伴わない架空の売上を計上
  2. オルツは、広告代理店に対しては広告宣伝費の支払名目で、研究開発業者に対しては研究開発費の支払名目で資金を支払う
  3. 広告代理店や研究開発業者は、オルツから支出された資金を、「PR協力費」「委託料」などの名目でSPに支払う。実際には広告宣伝活動や研究開発業務の実態をほとんど伴っていない。
  4. SPは、広告代理店や研究開発業者から受け取った資金を原資として、オルツに対して「AI GIJIROKU」ライセンスの購入代金を「支払」う。
  5. これにより、オルツは自らが支出した資金が循環して戻ってくることで、架空の売上を回収する

というスキームでした。

とても単純な構図なのに、取締役・監査役や監査法人は、なぜ気づくことができず、なぜ防止できなかったのでしょうか。第三者委員会の調査報告書の内容を整理しながら見ていきます。

なぜ気づけなかったのか(1):トップ自らによる隠蔽

会社が循環取引に気づけなかった最大の要因は、経営トップ自らが循環取引スキームに積極的に関与し、かつ、ステークホルダー向けに組織的に隠蔽工作をしていたから、です。

代表取締役社長である米倉千貴氏(以下「米倉氏」)らは、このスキームの全容を社内の一部のメンバーに限定し、投資家に対しても機密情報が含まれる資料として見せないよう指示するなど、情報管理を徹底していました。

なぜ気づけなかったのか(2):監査法人に対する妨害

とはいえ、2020年11月から監査を担当していたAW監査法人は、2022年6月に販売代理店と広告代理店が同一の企業グループであり循環取引のおそれがあると想定される外観を有していること、および現在の状況では循環取引ではないと心証を得るための十分な監査手続きを実施できず監査証拠を入手できないという問題点を指摘してしていました。

ところが、オルツはその指摘を受け入れるどころか、2022年10月11日にAW監査法人との間で、2021年12月期に関する監査契約を合意解約し、監査法人をシドーに交代しました。

循環取引の疑義を受け入れるのではなく、疑義を指摘した監査法人を交代させてしまうという対応からは、オルツが厳格に監査されることを望んでいなかったと容易に推察できます。

AW監査法人はシドーに「循環取引の疑義」があることを引き継いだものの、これに対して、オルツは、監査法人からの指摘を回避するため、取引の外観を整えるための商流変更やバックデートでの契約書作成などの偽装工作を行い、後任の監査法人シドーの監査を妨害したのです。

果たして、オルツは2024年10月に上場を果たしました。

なぜ気づけなかったのか(3):主幹事証券に対する改ざん

上場承認後もオルツは主幹事証券会社(大和証券)に対し、バーター取引の疑義に関する調査で、「AI GIJIROKU」の利用登録を契約条件とする業務委託契約書から該当部分を削除するなどの改ざんした資料を提出していました

根本原因=詐欺と同じ

上記の(2)と(3)は、監査法人や主幹事証券が「書類が整っているか」という形式チェックに偏りがちという監査の盲点を利用したものと言えます。

そもそも米倉社長自ら循環取引スキームを率先していた点からも、端から騙すつもりだった悪質性も感じられます(報告書では「誠実性」と軟らかく表現されていますが・・)。

しかも、騙す相手は、監査法人、主幹事証券に留まらず、出資してもらう投資家、VC(ジャフコやSBIグループ)も含まれます。

有価証券報告書に虚偽記載して外形上の数字を整えて、VCから出資を得ようとしていたのであれば、詐欺に他なりません。

なぜ防止できなかったのか:機能不全の内部統制と外部チェック

米倉社長が循環取引スキームを行っていたとしても、社外取締役や監査役のほか、VC、主幹事証券(大和証券)などが、数字を見ておかしいと気づくこともできた可能性もあります。

しかし、報告書では、AI事業という特性上、社外役員、監査役、会計監査人、VC等のステークホルダーがオルツの事業の妥当性や合理性を正確に把握しきれず、「間違っていないだろう」と判断にバイアスがかかっていた可能性が指摘されています。

また、オルツが受賞歴、著名な顧問など、社会的信用力が高そうな外形を整えていたことも、社外役員らに「循環取引などするはずがない」との認知バイアスがかかり、不正が発覚しにくい状況を作っていたと言ってもいいでしょう。

受賞歴や著名な顧問がいるなどはむしろ「胡散臭い」などの嗅覚を働かせてほしいのですが、そうした警戒心が働かなかったのは、社外役員らのステークホルダーの危機感が薄かったせいかもしれません。

社外役員、監査役と当初のAW監査法人、内部監査部門とが「三様監査」を前提として連携し、AW監査法人から社外役員、監査役、内部監査部門に「循環取引の疑義」という喫緊の課題が共有されていれば、その時点で、「AI GIJIROKU」アカウントの取引の構図(全体像)や、実際のアカウントの利用状況を確認するなどして、早期に循環取引を発見できたのではないでしょうか。

報告書では、三様監査を前提とした連携については不明です。

株主に対する役員および監査法人の責任:エフオーアイ事件を参考に

オルツの事案では、株価の急落により損害を被った個人株主約90人が、オルツ社に対して約3億円規模の損害賠償請求を行う予定であり、会社の資産が乏しい場合には、不正に関与した経営陣や監査法人を加える可能性があるとされています。

ここで、エフオーアイ事件の判例が参考となります。

役員(社内取締役、社外取締役、監査役)の責任

社内取締役(米倉氏、日置氏ら)

金融商品取引法では、有価証券届出書や有価証券報告書などの開示書類に虚偽記載等があった場合、これに関与した提出時の役員は投資家に対して民事上の責任を負います。

役員は、取締役に限らず監査役、執行役のほか、法律上の制度ではない執行役員のような役員に準じる者も含みます。

民法上の不法行為責任(民法709条、719条)も問われる可能性があります。

エフオーアイ事件の一審判決(東京地判2016年12月20日)では、粉飾を行った(あるいは発見できなかった)エフオーアイの全役員について責任が認められ、元役員に約1億7500万円の支払いが命じられました。

なお、金商法に基づく役員の責任は、虚偽記載等について知らず、かつ、相当な注意を用いたにもかかわらず知ることができなかったと証明しない限り免責されない「立証責任転換」が適用されます。

また、エフオーアイ事件では、代表取締役社長と専務取締役は、金商法違反(虚偽記載、偽計)によって、懲役3年の実刑判決を受けています(さいたま地裁2012年2月29日)。

社外取締役・監査役

オルツの社外取締役や監査役は、本件SPスキームの策定・意思決定には関与していませんでしたが、AW監査法人から循環取引の疑義を指摘された際に十分な牽制機能を発揮しなかった点が問題視されています。

エフオーアイ事件の事例から見ても、たとえ直接不正に関与していなくとも、監査役会が調査報告書を提出する際に、提出証憑を精査・確認しなかった監査役のように、その職務を適切に遂行しなかった場合には、責任を問われる可能性があります。

そのため、社外取締役の場合は取締役相互の監視義務違反、監査役は監督義務違反として責任が認められる可能性があります。

監査法人の責任

エフオーアイ事件では、監査法人の責任も問われました。

金融商品取引法上、監査法人は有価証券届出書等の虚偽記載について民事上の責任を負い、その責任は「立証責任転換」の対象となります。会計監査人には、開示書類の財務計算部分の正確性の担保を第一次的に担う役割があります。

特に、監査結果の信頼性に疑義を生じさせる重大な情報(エフオーアイ事件での匿名の投書など)を得た場合、監査法人はその真偽を確認するため追加調査を行う必要があり、それを怠れば免責されないことが、エフオーアイ事件の裁判例では示されています。

そうであるところ、後任の監査法人シドーは、AW監査法人から循環取引の疑義を引き継いでいたにもかかわらず、オルツの「形式」を装った改ざんの結果、重要な虚偽表示を示唆する状況を識別せず、決算数値に疑念を抱くことはありませんでした

そのため、シドーは「循環取引の疑念」を引継ぎながらも、本質的な取引実態(システムの稼働ログや顧客実態)の検証を怠った点が、会計監査人としての監督義務違反となるかもしれません。

今後の裁判例の動向に注目です。

なお、日本公認会計士協会は2025年8月8日、「当該企業の監査に関与した会員に対して監査実施状況の調査を開始しております。その結果を受け、会則・規則に則り適切な対応を行ってまいります。」との声明を発表しています。

そのため、訴訟とは別に、日本公認会計士協会内での処分が下されるかもしれません。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。

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