こんにちは。弁護士の浅見隆行です。
同志社国際高等学校は2026年10月1日の保護者説明会で、自粛していた校外活動を月内にも順次再開する方針を示しました。
沖縄県名護市の辺野古沖で小型船2隻が転覆し、2年生の生徒と船長の2人が亡くなった事故から、半年あまりが経ちます。
事故そのものの原因は、学校の安全管理の不備にあります。考えたいのはその先です。生徒が亡くなった後、この半年がどう過ごされてきたのかです。
同志社国際高等学校は、学校法人同志社の一事業部門
同志社国際高等学校に、法人格はありません。幼稚園から大学までを持つ学校法人同志社が設置する学校の1つで、会社でいえば、本社の下にある1つの事業部門にあたります。
そのため、この事故の危機管理にあたらなければならないのは学校法人同志社です。
遺族や保護者に向き合い、社会に説明し、再発防止を決める。その役割を担うのは法人であって、高校ではありません。
文部科学省が指導通知を出した相手も、特別調査委員会が安全配慮義務違反を認定した相手も、学校法人同志社でした。
高校で起きた事故ではありますが、揺らぐのは同志社という学園全体への信頼です。その当事者がこの半年どう動いたのかを見ていきます。
法人が矢面に立ったのは、事故の翌日が最後
学校法人同志社と同志社国際高等学校は、2026年3月17日午前に記者会見を開きました。
西田喜久夫校長とともに法人の瀧英次常務理事が出席し、第三者委員会を設置する方針を表明しています。法人が学校と並んで質問を受ける場に出た点で、初動の判断は正しいものでした。
しかし、それ以降今日までの節目で法人が矢面に立つことはありませんでした。
文部科学省は5月22日、研修旅行は事前の計画も当日の対応も安全管理も著しく不適切であったとする見解を公表しました。学校だけを問題にしたものではなく、「設置者である学校法人としての管理体制が不十分であった」とも述べています。
法人の管理体制が名指しされた日に公表されたのは、高校名義の文書でした。法人は自分の名前で何も言っていません。
7月31日の調査報告書の公表でも、記者会見を開いたのは法人ではなく委員会です。法人が公表したのは、報告書を受領したというお知らせでした。
理事長の辞任意向と校長の交代も、8月25日にホームページで発表されただけです。
法人が矢面に立たなくなったのは、3月28日に特別調査委員会の設置を決めたところからだと思います。調査中だから答えられない、という説明が使えるようになりました。
ただ、委員会に委ねられるのは事実の調査です。
遺族や保護者に向き合うことも、社会に説明することも、再発防止を決めることも、委員会の仕事ではありません。法人が自分で担うほかないものです。
事故が起きた後は、学校法人が主導すべき
平時の役割分担との違い
普段、高校の中で起きたことを高校が処理するのは当たり前です。
研修旅行の計画と実施を学校に任せていたことも、役割分担として説明がつきます。
法人も文部科学省に対し、これまでは各設置校の自主性を尊重して行事の詳細を各設置校に委ねていた、と説明しています。
問題は事故の後です。
会社に例えれば、別法人の子会社であれば、責任を負うのは子会社自身です。
だからまず子会社に説明させ、親会社は監督に回るという整理も成り立ちます。親が前に出すぎれば、子会社の経営を否定することになるからです。
しかし、今回の学校法人同志社と同志社国際との関係においては、その整理が使えません。
高校が単独で負う責任というものがないからです。
別の言い方をすれば、今回の件で組織としての価値(信頼やブランド価値)が毀損するのは、同志社国際高校だけではなく、学校法人同志社だからです。
それにもかかわらず、学校法人同志社は平時の役割分担をそのまま続けていることが問題です。
暁星学園は、理事長の名前で全責任を認めた
同じタイミングで、よく似た事案が発生しました。
東京の暁星高等学校では2025年7月、フランス語語学研修中に高校1年生が海水浴中に溺れ、亡くなりました。
これに対し、学校法人暁星学園は2026年10月3日、詳細調査委員会の報告書の全文を公表しています。
その文書は、青木勲理事長の名義です。
「本件事故の最大の原因は法人の危機管理意識と危機管理体制が不十分であったことにあり、本件事故は本法人に全ての責任がある」旨が書かれています。
同志社国際高等学校が保護者に再発防止策を説明したのが10月1日、暁星学園が理事長名義で全責任を認めたのが10月3日です。
ほぼ同じタイミングで公表されたのに、立ち位置がまるで違います。
暁星学園には大学がありません。小学校から高校までの学園で、設置校の数も規模も同志社とは違います。そのため、暁星は、法人の目が1つの学校に届きやすい。その差はあると思います。
しかし、だからといって、学校法人同志社の対応が仕方がないと許されるわけではありません。
規模が大きいほど、1つの学校で起きたことを自分の問題だと感じにくくなります。
だからこそ、仕組みで当事者に役割を担わせ、責任を負わせることが必要です。
それがガバナンスです。
当事者としてガバナンスが機能していない
理事会が決めたのは、組織と人事
今回の一件で、学校法人同志社が何も動いていないわけではありません。
特別調査委員会の設置、校長の解任、理事長の辞任意向、検討委員会の新設方針、安全管理室の設置。いずれも理事会が決めています。
10月2日には、学校法人同志社と同志社国際高等学校の連名で再発防止に向けた取組みが公表されました。
危機管理マニュアルの刷新、旅行会社による全行程手配の原則化、引率教員の数と役割分担の明確化が示されています。
しかし、並べてみるとすべて組織の形と手続の話です。
委員会を置く、人を替える、部署を作る、規程を直す。どれも理事会で決議すれば終わります。
一方、遺族にどう向き合うのか、保護者にいつ何を説明するのか、取材にどう応じるのか、誰が矢面に立つのか。
これらの危機管理を、高校に任せ、学校法人が当事者として役割を担っていません。
保護者説明会に垣間見える学校法人の姿勢
8月30日の保護者説明会
産経新聞の報道によれば、2026年8月30日の保護者説明会は午後6時半に始まり、終了は約4時間後の午後10時40分ごろでした。
西田校長は冒頭で30秒ほど頭を下げて退出し、学校側は事前に受け付けた約190問への回答書面を読み上げて説明会を終えようとしたため、保護者の反発を受けて質疑応答に移ったとされています。
この場には、2日後に校長となる宿久洋氏が法人企画部長として同席していました。
ところが、学校法人の目の前で高校の校長がその場から立ち去ろうとしているのに、学校法人が何もしなかったです。
10月1日の保護者説明会
10月1日の説明会も4時間に及びました。
産経新聞は「4時間続いた保護者説明会、止まらぬ質問」との見出しで報じています。MBSの取材に、参加した保護者は3時間半にわたって質疑応答に重点が置かれたと答え、コミュニケーションを取ろうという姿勢を評価しています。
8月の批判を受けて、質疑に時間を割くようになったのだと思います。学校としては前に進んでいます。
ただ、事故から半年が過ぎてなお3時間半の質疑が必要だというのが事実です。
それだけ疑問が残っているということですし、答えているのは学校であって、法人ではありません。
中途半端な危機管理が長期化の原因
危機管理では、中途半端な対応がいちばん事態を長引かせます。
節目ごとに説明の場を作らず、求められてから最小限を出す。その繰り返しが相手の不信を積み上げ、収まるはずのものが収まらなくなるのです。
説明の主体は、はじめから学校法人です。
遺族対応の窓口も、保護者説明会の設計も、節目ごとの記者会見も、学校法人が自分の責任として行うべきものでした。
広報も法務も学校法人にあり、高校には最初からありません。
それをしなかったのは、高校で起きたことは高校が処理すればよい、という意識が学校法人に残っていたからだと思います。
平時の感覚のままでいたのです。
生徒が亡くなり、設置者としての管理体制まで行政に指摘されました。
それでもなお、これが自分たちの事故の当事者だという当事者意識が学校法人の理事会に芽生えていないことがガバナンスの観点から最大の問題なのです。
監事と評議員会の意識も、ガバナンス改革の前で止まっている
改正法は、理事会を牽制する機関に作り直しました
2025年4月1日に施行された改正私立学校法は、学校法人のガバナンス改革として行われたものです。
2021年前後に相次いだ大学法人の不正事件を受け、理事会に業務執行の決定と監督の責任を集め、監事と評議員会がこれを牽制する形に機関の権限を整理しました。
改正前、学校法人の監事は会計の監査が中心で、業務の監査は形だけという法人が少なくありませんでした。評議員会も、理事会が決めたことを後から報告される諮問機関として運営されてきました。
改正法は、その位置づけを変えています。
監事には理事会の招集請求権と理事の行為の差止請求権を、評議員会には法人の業務や財産について意見を述べる権限と監事の選解任の決議権を与えました。
発動すべき場面で、動いた形跡がありません
行政が法令違反を認定し、第三者委員会が法人の安全配慮義務違反を認定した以上、監事が動くべき場面でした。また、遺族が要望書を提出し、保護者が説明会で不満を述べている以上、評議員会が意見を述べるべき場面でもありました。
それでも、監事が何をしたのかは外から見えません。評議員会が意見を述べた形跡もありません。
2026年4月1日現在の評議員会議長である宿久氏は、9月1日付で事故を起こした学校の校長に就任しました。
牽制する側にいた人物が、牽制される側に回ったのです。
法律が変わったからといって、理事会、監事、評議員会の意識が自動的に変わるわけではありません。
この半年の学校法人同志社の動きを見る限り、監事も評議員も、改革前と同じ感覚のまま職務にあたっている印象を受けます。
当事者として動くことが、ガバナンス改革
学校法人同志社は、このガバナンス改革に合わせて2025年4月1日に理事会を開き、八田英二総長を理事長に選び直しています。寄附行為も直し、機関も並べ替えたはずです。
その1年足らず後に生徒が亡くなりました。この半年の対応を見る限り、同志社は改革が何のために行われたのかを分かっていないのではないでしょうか。
危機管理こそ、ガバナンスを機能させるべき場面です。
平時なら各学校に委ねておいて差し支えありません。
しかし生徒が亡くなり、行政から管理体制を指摘され、組織全体の信用が揺らぐ事態になれば、法人が自分で判断して自分で動くほかありません。
そのために理事会へ責任を集め、監事と評議員会に牽制させたのが今回のガバナンス改革です。
各設置校の自主性を尊重して運営を委ねるやり方は、学校法人同志社に限りません。多くの学校法人が同じようにしてきました。
しかし、設置校で起きたことは学校の問題ではなく法人の問題です。学校の自主性を理由に法人が関与しないという説明は、今では成り立ちません。
設置校で重大な事故や不祥事が起きたときに、法人が自分の問題として前に出て、自分で判断し、自分で説明する。それがガバナンス改革によって求められています。
なお、学校法人同志社の理事長は今年度中に交代するとされています。
新しい体制に求められるのは、これは自分たちの法人で起きた事故であるという当たり前の前提に立ち、法人自らが解決に積極的に関与していくことです。
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