「祖業を残す」と決めた経営陣が、株主との対話で用意すべきもの ――ノリタケへの株主提案と2026年コーポレートガバナンス・コード改訂

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

ノリタケは2026年5月12日、株主であるストラテジックキャピタルらから第145回定時株主総会に向けて提出された株主提案について、取締役会としての反対意見を開示しました。

同じ日の決算記者会見で、東山明社長は祖業である食器事業を継続する方針を表明し、その理由として「ノリタケブランドなど当社グループの競争力を支える無形資産を維持向上させる役割」を挙げたなどと、報じられています。

株主提案は、配当政策、事業ポートフォリオ計画の開示、政策保有株式の売却、株式分割など複数の論点にわたります。

中でも今回考えてみたいのは、提案3「事業ポートフォリオ計画の策定及び開示」と、それに対する取締役会の反対意見、そして社長の決算会見における発言が重なる、食器事業の扱いです。

折しも、2026年は金融庁によるコーポレートガバナンス・コードの改訂が予定されており、改訂案では「株主との対話」が第1章に格上げされ、取締役会には「成長投資や事業ポートフォリオ見直しを含む経営資源の配分が適切か」を不断に検証することが求められる方向で議論が進んでいます。

ノリタケの今回のやり取りは、この改訂の方向性とほぼ正面から重なる事案だと言えます。

経営陣の立場から、株主との対話の観点でどのような情報を出していくとよいのか、を考えてみます。

ノリタケが置かれている「ブランドと採算の二重構造」

最初に、事実の整理をしておきます。

ノリタケが2026年5月12日に開示した反対意見には、第13次中期経営計画の中で食器事業を2026年4月1日付でセラミック・マテリアル事業へ編入し、体制のスリム化、事業運営の効率化、セラミックス事業とのシナジー創出を進めると明記されています。

一方、株主側の提案理由には、食器事業は過去10期のうち9期が赤字であり、工業機材事業も資本効率が資本コストを下回る状況が続いていると指摘されています。

ノリタケといえば食器、という印象を持っている方は多いと思います。

私もそうです。結婚式の引き出物で頂いたりしました。

しかし複数の報道や同社の事業セグメント開示を踏まえると、現在の食器事業は連結売上の数%程度にとどまり、実態は研削砥石や半導体材料、焼成炉などを扱うBtoBのセラミックス専業メーカーです。

ここに、いまのノリタケが抱える二重構造があります。

社外から見たブランドは食器であり、社内の収益を支えているのは別の事業である。社員にとって食器は、創業以来のアイデンティティであり、誇りの源泉でもある。

そのため、食器事業を「数字が合わないから切る」とはなかなか言えない空気が、社内や経営陣には強く存在しているだろう、と推察できます。

この社内の空気そのものを否定するつもりはありません。長年の事業を続けてきた現場には、現場にしか分からない自負と歴史があります。

難しいのは、その自負を株主との対話の場でどう翻訳して提示するか、という点だと考えています。

株主提案が指している場所は、本当に「食器をやめろ」だけなのか

提案株主の文書を素直に読んでみると、株主側は「食器事業を直ちに廃止せよ」とは書いていません。

提案3は、事業別ROIC目標と、低資本効率事業への対応方針の進捗を、事業年度ごとに開示することを定款で義務付けるという内容です。

「不採算事業は撤退を含めて対応せよ」とまでは書かれていますが、結論を求める前段として、まずは判断材料となる情報を開示するように、と要求しているのが基本構造です。

ここを取り違えると、対話が噛み合わなくなります。

経営の側が「祖業の食器は続けます」と表明しても、株主側からは「続ける判断の妥当性を判断する材料が示されていない」と返ってくる可能性が高い。

実際、2025年6月の株主総会では、東山社長の取締役選任議案の賛成率が66.95%にとどまったと、提案株主の文書には記載されています。

これは独立社外取締役の信任水準としても決して高い数字ではありません。

「無形資産」「ブランド」「シナジー」といった、それ自体としては正しい言葉が、定量化や検証可能な形に翻訳されないまま使われると、株主の側からは「不採算事業を残すための便利な方便」に見えてしまうのです。

ブランドという言葉が便利に使われている現象が、ここで起きやすくなります。

決して、経営陣の側に悪意があるという話ではありません。

社内で日常的に使われている言葉が、そのまま社外への説明としても通用すると感じてしまう感覚に、株主との対話の難しさがある、ということです。

「祖業は残す」と言うときに経営に求められること――富士フイルムの事例

似た構図を抱えながら大きな転換を果たした例として、富士フイルムを思い浮かべる方は多いと思います。

富士フイルムは、2000年当時の写真フィルム事業が全社売上のおよそ19%、収益の3分の2を占めていた状況から、デジタル化の急進展により写真フィルム需要が急減する局面に直面しました。

注目したいのは、富士フイルムが「写真フィルムをやめた会社」ではなく、「写真フィルムで培った技術を別の事業に注ぎ込んだ会社」として自社を語り直した点です。

写真フィルムの主原料であるコラーゲン技術は化粧品アスタリフトへ、ナノ分散技術は医薬品の薬効成分制御へ、薬品ライブラリーは抗がん剤候補の探索へ、暗室で培った無菌環境技術は医薬品製造へ、それぞれ展開されたと、同社のウェブサイトや関連報道に記載されています。

祖業の象徴を維持するのではなく、祖業の技術を別の事業に翻訳することで、「第二の創業」を実現した、と言えます。

ノリタケの食器事業についても、同じ問いを立てることはできるように思います。

食器事業は単独で赤字を続けてきた事業であっても、その背後にある陶磁器の素材技術、釉薬技術、焼成技術、品質管理ノウハウは、セラミック・マテリアル事業や工業機材事業に転用可能な資産です。

ノリタケが2026年4月1日付で食器事業をセラミック・マテリアル事業へ編入したのは、まさにこの転用可能性に着目した動きではないでしょうか。

問題は、その転用可能性が、現時点では株主に対して定性的な言葉でしか開示されていないことです。

株主との対話のためにノリタケが用意するとよい情報

ここからは、経営の側に立った場合に、株主との対話の場で出していくとよい情報の方向性について整理します。

第一に、食器事業を残すことの経済的合理性を、ブランドという言葉を使わずに説明することです。

具体的には、食器事業由来の素材技術や品質管理ノウハウが、収益事業であるセラミック・マテリアル事業や工業機材事業の競争優位にどう寄与しているのか、その寄与を内部管理上どう測定しているのかを開示することが考えられます。

富士フイルムが、写真技術が医薬品や化粧品のどの分野にどう転用されたかを技術図解付きで開示してきたことは、参考になる先行事例です。

第二に、編入後のセラミック・マテリアル事業の中で、旧食器事業を独立した管理単位として可視化し続けることです。

編入により事業セグメントとしては消えますが、内部的なROIC目標と進捗を、編入後一定期間は分けて開示することができれば、株主側が懸念している「不採算事業の数字を大きな事業に紛れ込ませているのではないか」という疑念にも答えることができます。

第三に、ノリタケブランドを残すことの定量的な価値です。

食器事業を直接の収益源として見るのではなく、ブランドが他事業の取引先からの信頼に及ぼしている効果、採用や人材定着への寄与、知的財産としての評価額など、間接的な貢献を可視化する努力が、株主との対話における説得材料になります。

第四に、政策保有株式の縮減の道筋です。

提案株主の文書によれば、ノリタケの政策保有株式の保有上位には森村グループ3社が並んでいます。

森村グループ3社は、ノリタケと共通の祖である森村組から分かれた兄弟会社のようです。

歴史的経緯を踏まえた株式保有であることは理解できる一方、その保有が現在の事業価値向上にどう貢献しているのかを個別銘柄ごとに説明し、必要に応じて期限を切った縮減計画を示すことは、株主との緊張感ある対話の土台になります。

これらは、いずれも2026年のコーポレートガバナンス・コード改訂が求める「形式から実質へ」という方向性とも整合します。

改訂案では、取締役会は成長戦略と資源配分の司令塔と位置づけられ、事業ポートフォリオの見直しや現預金を投資等に有効活用できているかまでを不断に検証することが求められるとされています。

経営陣への勝手なご提案

最後に、ノリタケの経営陣に伝えたいことを書いておきます。

勝手なご提案です。

「祖業の食器事業を続ける」という判断そのものは、経営の総合判断として尊重されるべきものだと思います。

社内のアイデンティティ、現場の誇り、ブランドの社会的認知、技術の連続性、いずれも軽視してよい要素ではありません。

ただし、株主との対話の局面では、「続ける」という結論を伝えるだけでは足りない時代に入っています。

続ける判断に至った材料を、定量と定性の両方で説明し、結果が出るまでの期限と検証指標を示し、必要であれば結論を見直す手続きを明確にする。

そこまでを含めて、はじめて株主との対話が成立するという認識を持つことが、いま経営陣に求められています。

「祖業を切り捨てたくない」という社内の感情は大切なものですが、その感情を経営判断の根拠としてそのまま外部に語ってしまうと、「ブランドという便利な言葉を使っているだけ」に見えてしまうのです。

社内向けの言葉と社外向けの言葉を意識的に分けて、社外向けには定量と検証可能性で語る技術が、これからのIRには欠かせません。

今回のケースは、ノリタケに限らず、祖業や長年の事業を抱えるすべての上場会社にとって、今回の事案は他人事ではないと思います。

アクティビストが入っているかどうかにかかわらず、自社の事業の中に「ブランドという言葉だけで残している事業」がないかを点検することが、2026年のコード改訂を前にした実務的な備えになるかもしれません。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタル・オンラインに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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