デジタルホールディングスが、SilverCape インベストメントによるTOB予告に対抗する買収防衛策を導入。株主の信頼を勝ち取るために工夫が施された秀逸なリリースという特長。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

M&Aの局面、特に買収を提案されている状況では、会社が株主・投資家に対して積極的に情報を開示し、既存株主とのコミュニケーションを活発に行うことが重要であることは今さら言うまでもありません。

デジタルホールディングス(DH)が2025年10月28日、SilverCape Investments Limited(SilverCape)による公開買付け(TOB)予告に対して買収対応方針(防衛策)を導入した際のリリースは、危機管理広報の観点から「秀逸」と評価すべき戦略的な文書でした。

このリリースは単に SilverCape によるTOBの予告に反対するだけでなく、株主からの支持を得るために、いくつも工夫がされているように見えました。

企業のIR担当者や広報担当者には参考になるリリースです。

博報堂によるTOBとの「具体的な比較」による説得力の向上

まずリリースの前提を抑えておくと、DH社には博報堂DYホールディングス(博報堂)からもTOBが提案され、DH社は、博報堂のTOB提案に対しては「賛同」の意見を表明しつつ、応募については「中立」の立場をとっています。

これに対して、DY社は10月28日のリリースで、SilverCape のTOB予告に対しては、「強圧性を回避するための真摯な協議を目的とする対応方針(買収への対応方針)」を導入することを明らかにしたのです。

DH社がこのリリースで最も巧みに行ったことの一つは、既に「賛同」意見を表明していた博報堂のTOB提案を「公正な模範解答」として提示し、SilverCapeのTOB提案を「構造的に危険なもの」として対比させた点です。

具体的には、以下のように対比させました。

博報堂のTOBは、完全子会社化(上場廃止)を目的としており、以下の条件をクリアしていました。

  1. マジョリティ・オブ・マイノリティ(MOM)条件の採用(一般株主の過半数の賛同がないと成立しない仕組み)
  2. スクイーズアウト手続の確約(TOBに応募しなかった株主も、最終的にTOB価格と同額の金銭を得て、強制的に非公開化が完了する仕組み)

これにより、博報堂の提案は「強圧性を排除するための対応が行われている」と評価しました。

これに対し、DH社は、SilverCapeの提案がなぜ危険なのかを具体的に指摘しました。

  • SilverCapeの買付下限は、完全非公開化に必要な議決権割合(3分の2以上)に達しない「33.34%」に設定されている
  • TOB成立後にスクイーズアウトが実施されない可能性がある
  • そのため、TOBが成立しても、応募しなかった一般株主が市場性の低い状態で「少数株主として取り残されるおそれがある」という構造的欠陥がある

このように、「良い買収(博報堂)」と「悪い買収(SilverCape)」を具体的に並べて論じることで、DH社がSilverCapeの提案に反対しているのが単なる防衛本能によるものではなく、株主の利益を守るための合理的な判断に基づいているというメッセージを発信することに成功しています。

株主からの支持を集めやすいと言ったらいいかもしれません。

「少数株主の利益」を最優先する姿勢の徹底

DH社のリリース全体から強く感じられるのは、「取締役会は、少数株主の利益を守るために行動している」というメッセージ性です。

DH社は、SilverCapeの提案が形式的に博報堂の提案価格(1,970円)を上回る2,380円であったにもかかわらず、この提案を受け入れなかった理由として、価格の高さではなく、構造的なリスクと企業価値毀損のリスクを強調しました。

DH社は、SilverCapeが(1)新設されたファンドであり、上場企業経営や広告事業の投資実績が見当たらない点、(2)提示された企業価値向上策が「抽象的で、具体性や実現可能性に欠ける」点 を指摘しました。

つまり、「価格が高くても、買収された後にDH社の企業価値が毀損されるリスクがあるなら、少数株主として残されるのは深刻な不利益である」と論じたのです。

さらに、この対応方針では、対抗措置を発動するか否かは、DH社の取締役会が独断で決めるのではなく、「株主意思確認総会」を開催し、株主の総体的意思に委ねる仕組みとなっています。これは、取締役の恣意性を排除し、あくまで「株主目線」での公正な手続きを踏んでいることを強くアピールしており、株主からの賛同を確保する上で極めて有効な戦略です。

「強圧性」というキーワードが持つインパクトと巧妙な利用

広報戦略として特に秀逸だったのが、「強圧性」というキーワードを前面に押し出した点です。

リリースのタイトルには、わざわざ「当社株主が少数株主として取り残されるリスク(強圧性)を回避するための真摯な協議を目的とする」と、目的と危険性を明記し、さらに下線を引いて強調しています。

「強圧性」とは、M&A実務では一般的に用いられる法律用語ですが、DH社はこれを「不本意ながら株を売却せざるを得なくなる圧力のこと」 と分かりやすく定義し、一般株主にもその危険性がストレートに伝わるように仕立てました。

これには、株主や投資家に対して、次の広報効果をもたらすと考えられます。

  1. 感情への訴え
    • 「強圧」というワードを用いることで、株主に「不当な圧力をかけられている」という認識を与え、DH社を「株主の権利を守る正義の会社」としての立ち位置をアピールしています
  2. 「法的正当性」の強調
    • この用語は、経済産業省が公表したM&A指針(公正M&A指針)でも重要視されている概念です。DH社の対応が単なる感情的な反対ではなく、公正なM&Aルールの精神に基づいているという印象を与えました。

リリースのタイトルにあえて下線を引いて強調することは、読み手が最も注目すべき論点を明確に示し、DH社の主張を深く印象づける、広報上も巧妙な工夫と言えます。

PowerPointを用いた補足資料による「わかりやすさ」が説得力を後押し

M&Aに関するリリースは、その法的・財務的な複雑さゆえに、一般の株主には内容が伝わりにくいという難点があります。

今回のリリースも32頁にも及ぶ長文で、株主・投資家が読むには一苦労することが予想されます。

そこで、DH社は、この複雑な情報を補完するために、PowerPoint形式の補足説明資料を公開しました。

この資料の構成や内容は、IR/広報のベストプラクティスと言えましょう。

  • Executive Summary
    • 冒頭で、SilverCapeの提案は「強圧性が生じる可能性が高い」「企業価値が毀損される可能性が拭えない」と懸念点を簡潔にまとめ、対応方針の目的を明確に示しています。
  • Q&A形式の解説
    • 「強圧性とはなにか?」「なぜSilverCapeで強圧性が生じるのか?」といった質問に対し、法律用語を避けつつ「不本意ながら株を売却せざるを得なくなる圧力のこと」 と平易な言葉で回答しています。
  • 視覚的な説明
    • 対応方針の概要や、対抗措置発動までの流れ(特別委員会の関与、株主意思確認総会のプロセス)をフローチャートや図で示し、複雑なプロセスを迅速かつ正確に理解できるようにしています。

このPowerPoint資料は、株主だけでなく、メディアやアナリストに対しても、DH社のロジックと手続きの公正さを迅速に浸透させるための強力なツールとして機能しているように思えます。

このようにDH社のリリースや補足資料は、極めて高度なコミュニケーション戦略ツールでした。

特に「強圧性」というキーワードの利用と、それを補完する分かりやすい情報開示は、今後の有事M&Aにおける広報戦略の規範となるでしょう。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。

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