サステナビリティ基準委員会がSSBJ基準の改正を公表。SSBJ基準によって上場会社の取締役の経営判断とガバナンスにはどのような影響が生じるか。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

サステナビリティ基準委員会は2026年3月13日、サステナビリティ開示基準(SSBJ基準)の改正を公表しました。

SSBJ基準は、上場企業が有価証券報告書の中で、自社のサステナビリティに関する情報を開示するための新しいルールです。

しかし、SSBJ基準は単なる報告書に記載する内容のルールを定めたものではなく、経営判断やガバナンスに影響を与えます。

まずは、SSBJ基準の位置づけを確認してから、SSBJ基準による開示への具体的な影響を解説して、最後に、経営判断やガバナンスへの影響を解説します。

SSBJ基準の本質と企業価値

SSBJ基準の目的は、目に見えにくい「将来のリスク」と「収益の機会」を、売上や利益と同じように比較可能な数値に置き換えることです。

そのため、投資家は、企業が気候変動や人的資本の変化にどう適応し、中長期的にキャッシュフローを生み出し続けられるかを判断しやすくなります。

別の言い方をすると、企業は、SSBJ基準に沿った開示をすることで、持続的に稼ぐ力があること(サステナビリティ)を投資家に対して証明していくことになります。

任意開示(従来のCSR報告)との決定的な違い

これまでサステナビリティに関しては、CSR報告など、企業が自社の判断で開示内容や「ここをアピールしたい」と思った部分を強調でき、表現を選べる任意開示に留まっていました。

どちらかというと、広報の側面が強かったと言えます。

しかし、SSBJ基準に基づく開示は、金融商品取引法に基づく法定開示である有価証券報告書の中で行います。

これにより、サステナビリティ情報は広報としての情報発信から、会計数値と同等の法的責任を伴う投資家向けの法定開示へと位置づけが変わりました。

仮に、根拠のない楽観的な予測を記載したり、財務諸表と矛盾した情報を出したりした場合、有価証券報告書の虚偽記載として、課徴金や賠償責任の対象となります。

具体的な数字による可視化と表現の注意点

SSBJ基準では、抽象的な表現は通用しなくなり、具体的な数字による表現をしなければなりません。

表現をする際には、次の2点が可視化できるようにするよう留意する必要があります。

リスクの可視化

1点目は、「リスクの可視化」です。

従来の任意開示では 「環境規制の強化に注視し、適切に対応します」という表現でも許容されていました。

しかし、SSBJ基準では、 投資家が投資の判断をできるように、例えば、「炭素税が1トンあたり1万円導入された場合、年間15億円のコスト増となる」などと、財務上のインパクトを試算して具体的な数字で示す必要があります。

収益機会の可視化

2点目は、「収益機会の可視化」です。

従来の任意開示では 「エコ製品の普及により社会に貢献します」といった意気込みをアピールすることでも足りていました。

しかし、SSBJ基準では、投資家が投資の判断をできるように、例えば、「エコだから売れる」ではなく、「欧州の環境規制により競合他社が撤退するため、自社製品のシェアが5%増え、5年後に営業利益を20億円上乗せする」などと、事業計画レベルの具体的な裏付けのある表現が求められます。

財務諸表との連動

注意すべきは、これら可視化したサステナビリティの説明と、会計上の数値(財務諸表)とを切り離すのではなく、両項目が連動していなければならないことです。

例えば、開示書類で「この製品は環境規制でもう売れなくなる」と説明しているなら、その工場の設備は会計上も価値を減らす(減損処理)必要があります。

非財務の説明と会計数値が矛盾していれば、開示の信頼性が問われてしまいます。

経営判断と組織体制(ガバナンス)への影響

SSBJ基準への対応は、経営会議や取締役会での議論のあり方を変えます。

経営判断への影響

これまで、環境や人権などサステナビリティに関する課題は専門部署任せになりがちでした。

しかし、これらの課題が将来のコストや収益に直結することが可視化されるため、経営陣はサステナビリティの数値を反映した経営判断を行う必要が出てきます。

例えば、メーカーが10億円の新型設備を導入する際、従来の計算では「生産効率が上がり、5年で元が取れる」という結論だったとします。

しかしSSBJ基準の下では、その設備が排出するCO2による将来の炭素税の負担など、将来の炭素コストを合算して計算しなければなりません。

もし炭素コストを含めて「10年経っても赤字」になるなら、経営陣はその投資を止める、あるいはより低炭素な高額設備を選ぶという判断を迫られます。

SSBJ基準によって「10年経っても赤字」などとリスクが可視化されたにもかかわらず、それを無視して投資などのを行い、会社に損害を与えた場合、「経営判断の原則に違反している」として、代表訴訟などによって株主から責任を問われるおそれがあります。

また別の例としては、従業員の教育のための費用を人的資本開示するときには、教育費を「コスト」としてだけ捉えるのではなく、利益を生むための「資産」(将来の人材成長・確保のための投資)として捉え直すことが、経営陣の新しい視点となります。

ガバナンスへの影響

財務部やサステナビリティ推進部から経営会議や取締役会に上がってきた数字を、経営陣は鵜呑みにするのではなく、その数字を信頼してよいかを判断し、合理性が疑わしければ数字の根拠を担当部署に問い質すなど、数字についての責任を明確にする体制を機能させていくことが不可欠です。

例えば、担当部署からの資料の内容が「気温上昇が2度以内に収まった場合」などの楽観的なシナリオだけになっていないか確認し、より深刻な状況(4度上昇など)でも、自社のビジネスが破綻しないかという視点での議論が必要ですし、またそうしたシナリオに基づく資料を作成するよう担当部署に求めることもあり得ます。

CFOに関して言えば、SSBJ基準に基づく開示の具体的な数字が財務諸表と連動していることが必要なので、有価証券報告書の作成にあたり、サステナビリティ部門と財務部門が対話しているかを確認することも必要です。

まとめ

SSBJ基準に対応することは、将来のリスクを数字で把握し、それに基づいた対策を講じていることを記録に残す作業でもあります。

これは、万が一の際に経営判断の妥当性を守るための重要なガバナンスの一部となります。

SSBJ基準を単なる「開示ルールの新設」と小さく捉えないようにして下さい。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタル・オンラインに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。

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