2026年3月期から変わる人的資本開示。事業戦略と連動しない人的資本開示は経営リスクになる。「平均値」を追うのをやめるべき理由。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

2026年3月期から、上場会社における人的資本の開示が、経営戦略との連動を主軸とした内容とするものに義務づけられます。

これまで人的資本の開示は、「何を、どれくらい開示するか」という形式的な議論が中心でした。

しかし、これからは「人材への投資が、本当に会社の利益につながっているか」という、経営判断の合理性をより一層問われることになります。

では、経営陣は、具体的に何をどう考えていけば良いでしょうか。

人件費を「コスト」ではなく「投資」と捉える

まず経営陣が意識を切り替えるべきは、人材に関わるコストの捉え方です。

これまでの国内上場企業の多くは、人材への教育研修費や給与をコスト(費用)の枠内で捉えてきました。

しかし、人的資本開示が義務づけられると、「会社の利益に繋がっているか」という文脈で考えなければなりません。

そのため、教育研修費や給与を事業計画を達成するための資本投下と捉え直していく必要があります。

経営陣は教育研修費や給与を「従業員に気持ちよく働いてもらう」という理由だけで予算をつけるのではなく、「このスキルを持った社員が〇%増えれば、3年後の売上が〇億円増える(はずだ)」という因果関係を交えて検討していかなければなりません。

社内にも、そのようなロジックで経営陣が語れるかどうかが重要です。

例えば、現在、生成AI人材の育成が各社で喫緊の課題となっており、中には、三菱商事のようにG検定の資格取得を管理職の昇格要件にした会社も存在します。

これもまた、生成AIのリテラシーが高い従業員がこれだけいれば、今後の成長率がこれくらい期待できるなどというストーリーで語れると説得力を増します。

「平均値」ではなく、ギャップを埋める「ロードマップ」に注目する

有価証券報告書などに人的資本に関する数字を記載する際、多くの企業は「女性管理職比率」や「男性育休取得率」の平均値を上げようと苦心します。

しかし、経営陣が経営判断において重視すべきポイントは、平均値の向上ではありません。

重要なのは、経営課題や経営戦略の遂行に必要な人材数と現状の人材数のギャップをどう埋めていくかというロードマップを示すこと、です。

たとえば、事業の中長期計画に「DXを推進する」と掲げているのに、ITスキルの高い人材への投資額が横ばいであれば、それは経営判断に一貫性がないと見なされます。

また、女性管理職を増やしたところで、会社の売上・利益、ひいては企業価値が向上しなければ何の意味もありません(だからこそ、特にアメリカでは反DEIの動きになっています)。

女性管理職を増やすこと自体が目的なのではなく、女性管理職を増やすことで会社をどうしたいか、それによってどう企業価値を向上させていくのかを示す必要があります。

人的資本開示では、自社の弱点を克服するための手段(人材育成の取り組み)やプロセスを投資家に示せるようにしてください。

「やめること」を決めるのも経営判断

人的資本経営というと、どうしても「新しい研修を増やす」「新しい制度を作る」といった、プラスの施策ばかりに目が行きがちです。

しかし、限られた経営資源をどこに集中させるかを決めるのが取締役の役割です。

「現在の自社の戦略には、このスキルの優先順位は低い」と判断したときには、特定の教育支援を縮小したり、別の分野へ予算を組み替えたりすることも立派な経営判断です。

すべてを底上げしようとしてリソースを分散させるよりも、「何に投資し、何に投資しないか」を明確にすることが、結果として市場からの信頼につながります。

取締役会での議論の中身を変える

人的資本の開示が義務化されることで、取締役会で交わされる議論の質が変わります。

例えば、「人事部から上がってきた人材教育に関する数字を承認するだけになっていないか」「その数字は、中期経営計画のKPIと論理的に結びついているか」「競合他社と比較して、自社の人材の質は優位にあると言えるか」などを議論していくことが望ましいです。

人事だからといって人事部任せにするのではなく、「人材ポートフォリオの構築は、事業ポートフォリオの構築そのものである」という認識を持って経営判断していくことが、経営陣に必要な視点になっていきます。

人的資本開示も広報活動

2026年3月期からの開示は、投資家への単なる情報の公開ではありません。

「私たちは、この人材戦略で企業価値を向上させていきます」という事業戦略をプレゼンテーションする広報そのものです。

今回の人的資本の開示の義務化をきっかけに、経営陣が「うちの会社には、この種の人材がこの事業にこれくらいの人数いる、今後もこれだけ増やしていく。だからこそ、今後も成長していくことが予想できる」とストーリー立てて語れるようになることが求められていることだと思います。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタル・オンラインに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。

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