ENEOS HDが再発防止策として、取締役の選任プロセスの強化、行動管理、モニタリング強化などを公表。取締役の選考プロセスに必要な時代にあった視点と、役員が同席すれば他の役員のコンプライアンス違反を防止できるのか?という疑問

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

2024年2月28日、ENEOSホールディングスが「コンプライアンスに関する取組みの再徹底に係る進捗について」を公表し、再発防止策と今後の対応方針を明らかにしました。

再発防止策としては、

  1. 取締役の選任プロセスの強化
  2. 役員の規範意識の強化
  3. 取締役の行動管理
  4. 取締役のモニタリングの強化

の4項目を挙げています。

今回は、このうち選任プロセスの強化と行動管理の2項目について、です。

ちなみに、ENEOSを複数回取り上げていますが、都市対抗野球の予選や本番を浜スタやドームまで見に行ってオレンジのタオルをもらって応援しているくらいなので(タオルは何枚も家にあります。そろそろタオルの★を増やして欲しい。)、ENEOSのことを嫌いなわけでないですよ(←ここ大事)。

取締役の選任プロセスの強化

ENEOS HDが公表した資料では、指名諮問委員会による人材デュージェリジェンスとして、規範逸脱リスク、ハラスメントリスク、アルコールリスクを追加することが明記されています(5頁)。

ENEOS HDの場合、一昨年の会長、昨年末の社長、今年明らかになったグループ会社会長と性加害、セクシャルハラスメントと異性に対する問題が相次いで発生し、アルコールの席という状況が共通していました。

SNSやメディアには、セクハラ体質があるのではないかなどの声が散見されました。

こうした不信感を払拭するためには、今後社内全体、特に役員は、

  • 日頃から表裏がなくハラスメント(セクハラだけではなくパワハラ含め)と無縁の人であること
  • 異性に対するハラスメントと距離を置ける人であること
  • 酒を飲んでも飲まれない人であること

などの資質が求められます。

酒を飲んだときの性に対する乱れは、その人の素の部分なので、日頃どれだけ取り繕っていたとしても酒を飲めば表に出てきます。

経営トップともなれば経済団体のパーティのほか取引先トップとの会食の機会やその延長で高級クラブなど女性いる場に行く機会も増えるでしょうが、お酒に弱いなら弱いなりの量だけを飲むように自制する必要があります。

また、今後は男性役員だけではなく女性役員も増え、またLGBTの役員も増えることを考えると、女性に対する距離感だけではなく、性全般への距離感が問われるかもしれません。

さらに、役員になる以前は上昇志向や上からの評価が気になるので自分をセーブできていた人でも、役員になったことによって抑えが効かなくなり、その人の本来の性格が表に出てくることもあります。

上にはいい顔をしているけれど、裏ではあっかんべえと舌を出し、部下には容赦ない人は、組織には必ずいます。

それ故に、今後、取締役候補者を選任する際には、いかに仕事ができるか、業績への貢献度はもちろんのことながら、その人の素の部分に対する周囲の人たちの見立ても評価の対象に入れることが必要です。

以前なら、「清濁併せ呑む」として許されていた部分が、そうではない時代になってきたということです。

ENEOS HDに限らず、どこの会社でも、今後、役員や幹部候補者の選考の際には、その人も素の部分をも見ていく必要があると意識をアップデートした方がよいでしょう。

2024年3月1日付の日経電子版「社長のセクハラどう防ぐ 選任手法と社外役員の役割重視」の特集記事ではその辺りについてコメントさせていただきました(取材を受けたのはENEOS HDの公表前です)。

とはいえ、あんまり無菌状態な人だけが役員になっても弱々しい会社になりそうなので、その辺りのバランスが難しいところだと思います。

取締役の行動管理

ENEOS HDの会食ルール新設

ENEOS HDが公表した資料では、行動管理として、

  • 取締役の会食出席時のルール
  • 取締役の会食に同席・同行する者のルール

を定めたとしています(6頁)。

昨年の社長のケースで、宴席の場に、社長以外に副社長と執行役員が同席していたにもかかわらず防げなかったことを教訓にしたルールの新設だと思われます。

ルールを定め今後はルール違反を処分の対象とするのですから、ENEOS HDでは、今後は実効性があるかもしれません。

とはいえ、これで十分かといえば、そうとは言い切れません。

過去には、日本ハムや百十四銀行で、役員が同席していたのに、他の役員によるハラスメントを防止できなかった事例が発生しています。

そうした他社事例がメディアで報じられているのにこれまで反面教師として生かせていなかったのですから、ルールを定めれば今後は防げると安易に期待することはできません。

特に社長や会長がハラスメントをしている/容認している場面では、役職的に下位になる他の取締役や執行役員が「辞めた方が良い」と社長や会長を諌めることができるか(監視義務が機能するのか)という現実的な問題は残るのではないでしょうか。

百十四銀行のケース

2018年2月、百十四銀行の会長(当時)が取引先との会食の際、担当ではない20代女性社員を会合の途中で呼び同席させた際に、取引先によるハラスメント行為があったにもかかわらず、会長、同席していた執行役員と営業部長がそれを止めなかったことがありました。

5月に社内調査で明らかになったため、6月に会長、執行役員、営業部長の報酬・賞与の減額処分を取締役会で決議しました。

しかし、その後社外取締役の指摘に基づいて調査を実施したところ、取締役懲戒規定に該当することが明らかになったために、最終的には、10月末に、会長は辞任することになりました。

また、6月の報酬・賞与の減額処分決議に参加していた取締役ら7人も、報酬・賞与の減額処分となりました。

要は、6月に処分決議をしたけれど、十分な調査をせずにした処分決議では身内に甘い処分であり、役員相互の監視義務が機能していないと判断され、甘い処分決議をしたことが監視義務違反としての責任を問われた、と理解することができます。

日本ハムのケース

2017年10月6日には、日本ハムの執行役員と社長が空港のラウンジを利用した際に、執行役員が航空会社の女性従業員に、「この時間だとシフトは何時に終わるの?」「この後、彼氏とデートするのかな?」「社長がシャワーを浴びてるから、社長の体、洗ってあげてよ」などのハラスメント言動をしたケースが起きました。

10月24日に航空会社から日本ハムのその旨が申告されたため、日本ハムは社内調査を実施し、その結果に基づいて処分をしようとしたところ、2018年1月29日、社長と執行役員は辞任しました。

執行役員が航空会社の女性従業員にハラスメント発言をしたもので、社長は巻き添えを食ったとも言えますが、社長も辞任しました。

これも、社長の執行役員に対する監視義務が機能していなかったが故の辞任と理解することができます。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
error: 右クリックは利用できません