タムロンの代表取締役社長(当時)が経費を私的に流用したことで辞任、支出管理に関与した常務取締役を解職。取締役による不正を防止するために他の取締役の監視監督として何をすべきか。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

2023年8月22日、カメラレンズメーカーであるタムロンは、内部通報をきっかけに監査役・社外取締役による調査をした結果、鰺坂代表取締役社長(当時)が、少なくとも過去5年間、月に複数回にわたり第三者女性が関与する特定の飲食店において飲食し、当該費用を会社に負担させていた事実が明らかになったことにより、鰺坂社長が代表取締役・取締役を辞任したことを公表しました。

また、支出管理に関与(不作為を含む)していた大塚常務取締役は取締役会決議によって解職され、役付きのない平取締役に異動しました。

タムロンは、同日、徹底した事実調査のために特別調査委員会を設置することも公表しています。

※2023/11/06追記

タムロンは、2023年11月1日、特別調査委員会の調査報告書を公表しました。

鰺坂社長(当時)だけでなく前任の小野社長も単独や女性を伴った飲食によって計1億6千万円を超える会社の経費を私的流用していたことが明らかになりました。その内訳は鰺坂氏が3千万円超、小野氏は1億3千万円超にも達しました。

代表取締役社長が会社経費を流用していたことを理由に辞任したケースとしては、就任12年目の代表取締役社長が会社施設で女性コンパニオンと混浴などしていたTOKAIホールディングスのケースが記憶に新しいところです。

監視監督体制が事後的に機能した

内部通報をきっかけにタムロンの監査役・社外取締役による調査をキチンと行ったこと、調査結果に基づいて代表取締役社長・取締役を辞任させたこと、支出を管理していた常務取締役を取締役会決議により解職したことは、取締役相互の監視監督、監査役による監査が各々機能していた、と評価することができます。

なお、代表取締役が会社の資金を不正に流出したことによって会社が破産するに至ったために監査役の責任が問われたセイクレスト事件(一審;大阪地裁2013年12月26日、控訴審;大阪高裁2015年5月21日)は、

  • 取締役会は、代表取締役又は業務執行取締役につき、不適任との結論に到達した場合には、当該代表取締役等を解職しなければならない
  • 破産会社の代表取締役として不適格であることを示すものであることは明らかであるから、監査役として取締役の職務の執行を監査すべき立場にある控訴人としては、破産会社の取締役ら又は取締役会に対し、代表取締役から解職すべきである旨を助言又は勧告すべきであった。 

と判示し、代表取締役・業務執行取締役が不適任・不適格なときには取締役会が解職決議することを法的義務としています。

この裁判例に照らしても、タムロンでは代表取締役社長を代表取締役・取締役から辞任させ、常務取締役を解職したことは、監視義務が十分に機能したと言えます。

なぜ社長をとめることができなかったのか

今回のケースでは、5年間に渡って行われていたということなので、もっと早くに気がつくことができなかったのか、止めることはできなかったのか、は気になります。

開示資料では、支出管理をしていた常務取締役が経費の私的流用に「不作為を含む関与」と記載されています。

「不作為を含む」とあえて記載していた意味は、

  • 会社としては支出の管理に関する監視監督体制は整備していた
  • 常務取締役は社長による経費の私的流用に積極的には関与しなかった
  • 常務取締役がそれを見逃した(気づきもしなかった)、あるいは気がついたけれど何も指摘しなかった/指摘できなかった監視義務違反がある

というニュアンスを含んでいると思われます。

気づくことはできなかったか?

社長が経費の精算をする際に領収書が(管理本部、秘書課のような部署に)提出されれば、提出された部署は「結構な頻度で同じ店を使用している」ことには気がつけたはずです。

経験則で言うと、営業職が接待を利用して私腹を肥やす業務上横領をしている事案は、営業職が経理部門に提出した領収書から経理担当者が「同じ店舗の利用が繰り返されている」「この店舗でこの金額に達するわけがない(実際と異なる金額の領収書ではないか)」「提出された領収書の日付には、その営業職は出張していたはず」などと気がついて発覚することが多いです。

タムロンのケースもこれと同じように考えると、気がつけたはずです。

ここで気がつかなかったとしたら、担当者は、提出された領収書を見て、ただ機械的に精算システムに必要事項を入力しただけということになるので、そこでのガバナンスが効いていなかったことになります。

なぜ担当者によるガバナンスが効かなかったを考えると、担当者自身が行うシステムへの入力作業がガバナンスの一部であるという意識が根付いていなかった/会社がそういう意識を受け付ける教育・指導をしていなかったからである、と推察できます

つまりは、ガバナンスに関する従業員教育が失敗していたことが根本的な原因となります。

気づいても指摘できなかった?

他方で、提出された領収書の内容をシステムに入力する際に「また同じお店か」「頻繁に利用されている」と気がついたときには、本来なら、その時点で「同じお店を繰り返し利用としているというのは、何が理由があるのではないか」と疑問を感じ、担当者→上司→担当役員→社長のルートで、せめて利用している理由を問い質すようにして欲しいです。

悪気がなく、単に居心地がいいから、食事が美味しいから、雰囲気が良いからなどの理由で、同じお店を利用しているということもあり得ます。

しかし、その場合でも、繰り返しの利用は不正や癒着の温床になりやすいこと、不正や癒着がなくても産業スパイやネタを狙っている記者などがもしいたとしたらそのお店の従業員として潜入するりすくもあることを社長に理解してもらい、高頻度で同じお店を繰り返し利用することを避けるように持っていくべきです。

反対に、第三者女性を利する目的があったのだとしたら、それは特別背任や業務上横領そのものなので、コンプライアンスの観点から許されないことを指摘し、その後、取締役会に報告し、然るべき措置を講じなければなりません。

高頻度で同じ店舗を繰り返し利用しているだけでは犯罪ではありませんが、こうしたアプローチでリスクがあることを代表取締役に認識させることも、代表取締役に対する監視監督のあり方です。

もっとも、最後は、取締役の胆力が試されます。物申す気概がない者は取締役としての適性がありません。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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