機関投資家が「重大なESG課題」として挙げる「生物多様性」に関する取締役の責任と企業の取り組み。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

2024年3月11日に、 年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は、 国内株式・外国株式・債券の運用を委託している運用機関(≒機関投資家)が考える「重大なESG課題」を公表しました。

その中で目に付いたのは、国内株式の運用機関のうちパッシブ運用機関が「生物多様性」を重大なESG課題として新たに挙げたことです。

パッシブ運用機関は従来より、全社が「ダイバーシティ」、「サプライチェーン」、「人権と地域社会」などE(環境)やS(社会)を含んだ長期的な課題を重大なESG課題と認識しています。今回、新たに「生物多様性」がパッシブ運用機関全社から重大なESG課題として挙げられました。昨年9月に自然関連財務情報開示タスクフォース(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures、以下、TNFD)の最終提言が公表され、今後、自然関連の情報開示が広がっていく見通しです。加えて投資家側でも、自然及び生物多様性に関する協働イニシアティブであるNature Action100が本格的に始動したほか、2023年10 月には東京で開催された責任投資原則(PRI )の年次カンファレンス「PRI in Person」で、生物多様性に関する協働エンゲージメントのイニシアティブ「Spring」設立が発表され、投資家側の意識も高まっている結果を反映したものと思われます。 

https://www.gpif.go.jp/esg-stw/20240311_esg_issues.pdf

生物多様性への各社の動向

環境省のサイトでは、生物多様性の保全に向けた上場会社各社の取り組みが紹介されています。

また、2023年12月25日には、経団連が、加盟企業を対象に行ったアンケート調査の結果と各社の取組事例集を発表しています。

生物多様性の保全に向けた取り組みを積極的に行っている会社だからこそアンケート調査に回答したのだとは思いますが、アンケート調査の結果によると、

  • 生物多様性への認知度が向上している
  • 66%の企業が担当部署を設置している
  • 28%の企業が取締役会で、30%の企業が経営会議で生物多様性関連の報告・決定をしている
  • 66%超の企業がホームページ及び統合報告書・サステナビリティ報告書等の任意の媒体で生物多様性に関する情報を公開している

ことがわかります。

「生物多様性」と取締役の責任

各社の動向を見ると、数年経たないうちに、上場会社が生物多様性の保全に向けた体制を整備し、具体的な取り組みを行うことが当たり前という時代が来ることは間違いなさそうです。

では、そうした体制の整備や取り組みを行うことは法的にどのような位置づけになるでしょう。取締役の責任という観点から考えてみます。

生物多様性への取り組みは取締役の善管注意義務に含まれる

そもそも論から始めると、取締役は善管注意義務にもとづき企業価値を向上させる責任を負っています。

企業価値は売上・利益だけではなく会社の信用・ブランド価値なども含んだものです。

どんなに売上・利益を上げても、株主・投資家、消費者・取引先、世の中の人たち、従業員から後ろ指を指されるような経営をしていては会社の信用・ブランド価値は低下し、長期的には会社にとってマイナスの影響しかもたらしません。

それ故に、企業は自社のことだけではなく社会的責任(CSR)を果たすことが求められ、その延長として、環境・社会・ガバナンスの整備といったESGを要求されます。

CSRのS(社会)の内容が漠然としているが故に、それを具体的にしたのがSDGsの17個の目標です。

生物多様性を保全するための取り組みも、CSRのS(社会)の中に位置づけられることができます。

こうして整理すると、企業が生物多様性の保全に向けて取り組むことは、企業の社会的責任の一環であり、企業価値を向上させるために取締役が善管注意義務に基づいて行わなければならないことである、とわかります。

ただし、会社はあくまでも「営利社団法人」であり売上・利益を上げることを目的とした組織であって、環境保全団体ではありません。

生物多様性の保全に向けて取り組むにしても、「企業価値の向上に資する限り」ということが前提であることは忘れないでください。

生物多様性の保全に向けた体制の整備と取締役の善管注意義務

取締役は善管注意義務に基づき、企業価値を向上させる意思決定をすることに加え、企業価値の向上と企業価値の低下の予防に組織的に取り組むために内部統制システムの整備・構築が義務づけられています。

企業が生物多様性の保全に向けて取り組むことは企業価値を向上させる(少なくとも企業価値を低下させることはない)ので、組織的に取り組むことも必要です。

そのため、人材と予算に余裕があるなら、生物多様性の保全に向けた体制を整備していくことも考慮すべきでしょう。

生物多様性の保全に向けた企業の取り組みの考え方

上記で紹介した環境省のサイトや経団連のアンケート調査の結果では、生物多様性の保全に向けた上場会社各社の取り組みが紹介されています。

各社の取り組みに共通しているのは、当該会社の企業価値を向上させるために役に立つ取り組みをしていることです。

もっとわかりやすく言えば、当該会社の本来の事業の延長でできる取り組み、当該会社ならではの取り組みを行っているのであって、当該会社の事業とは関係のない取り組みをしているわけではありません。

中には、どこが本来の事業と関係しているのかよくわからない取り組みをしている会社もないわけではありませんが・・・。

これから生物多様性の保全に向けた取り組みを始めようとする会社は、

  • 「自社の商品やサービスで生物多様性の保全に役立つものはあるか?」
  • 「商品の製造過程などで廃棄される物質から生物多様性の保全に役立てられそうなものを抽出できるか?」
  • 「自社の商品やサービスが生物にダメージを与えるものがあるなら、そのダメージを回復させるためにできることはあるか?」

など、あくまでも自社の事業の延長でできることを考えるようにしてください。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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