こんにちは。弁護士の浅見隆行です。
公正取引委員会は2026年10月7日、アサヒビール、キリンビール、サッポロビール、サントリーの大手4社を強制調査しました。独占禁止法違反(不当な取引制限)の疑いです。刑事告発を前提とする犯則調査権限に基づく調査です。
4社はいずれも同日、調査を受けた事実を公表し、調査に全面的に協力するとしています。
ビール大手4社への強制調査で報じられていること
4社が加盟する業界団体「ビール酒造組合」では、毎月第1木曜日に「一木会」と呼ばれる会合が開かれていました。その会合のメンバーである各社の営業課長らが、出荷価格の値上げ幅や時期に関する情報を共有していた疑いがあると報じられています。
この集まりは「裏会」と呼ばれ、価格の一覧表を共有しながら商品のサイズごとに協議していたと報じられています。一部の会社では、協議の内容を経営陣に報告していたとも報じられています。
非公式な協議は、10年以上前から続いていたとみられるとの報道もあります。
もっとも、調査は始まったばかりです。カルテルが成立するかどうかはまだ分からず、この記事でもその判断はしません。
気になるのは、舞台とされた場の性格です。業界団体の正式な会合と、そのあとに同じ顔ぶれで集まる非公式の席は、ビール業界に限らず多くの業界にあります。
同じような席に居合わせたとき、担当者や経営陣がどう振る舞えばよいのかを、過去の事案を交えて整理します。
もう1つ取り上げたいのが、値上げを決める社内の会議です。自社の値上げがカルテルと無関係だと後から説明するには、その会議でどのような資料を整え、何を議論しておけばよいのかも問題になります。
合意しなくてもカルテルになるという東芝ケミカル事件の教訓
カルテルは、独占禁止法では「不当な取引制限」と呼ばれます。複数の事業者が共同して価格を決めるなどして、互いの事業活動を拘束し、競争を実質的に制限することです。
「共同して」と言えるには、事業者の間に「意思の連絡」があることが必要です。こう聞くと、「値上げしましょう」「分かりました」と言葉で約束した場面を想像する人が多いかもしれません。
裁判所は、「意思の連絡」をもっと緩やかに捉えています。そのことを示したのが東芝ケミカル事件です。
東芝ケミカル事件の概要
プリント配線板に使う紙フェノール銅張積層板のメーカー8社は、業界団体である合成樹脂工業協会の積層板部会に所属していました。
8社は1987年6月10日の臨時部会で、国内向け価格の引上げについて意見交換をしました。その席で大手3社が順に、1平方メートル当たり300円または15%を目途に値上げすると表明しました。
残る5社は、大手に追随して7月末までに値上げするよう求められました。東芝ケミカルを含め、反対の意見は出ませんでした。その後、東芝ケミカルも社内に値上げを指示し、需要者に値上げを要請しています。
「意思の連絡」についての東京高裁の判断
東芝ケミカルは、値上げに合意していないとして争いました。これに対し東京高裁1995年9月25日判決は、「意思の連絡」の意味を次のように述べています。
「意思の連絡」とは、複数事業者間で相互に同内容又は同種の対価の引上げを実施することを認識ないし予測し、これと歩調をそろえる意思があることを意味し、一方の対価引上げを他方が単に認識、認容するのみでは足りないが、事業者間相互で拘束し合うことを明示して合意することまでは必要でなく、相互に他の事業者の対価の引上げ行為を認識して、暗黙のうちに認容することで足りると解するのが相当である(黙示による「意思の連絡」といわれるのがこれに当たる。)。
他社の値上げを一方的に知っているだけでは、「意思の連絡」にはあたりません。一方で、言葉で約束し合うことまでは求められていません。互いに相手の値上げを知り、それを黙って受け入れていれば、「意思の連絡」があるとされます。
判決は、「意思の連絡」があったことをどう推認するかについても述べています。
特定の事業者が、他の事業者との間で対価引上げ行為に関する情報交換をして、同一又はこれに準ずる行動に出たような場合には、右行動が他の事業者の行動と無関係に、取引市場における対価の競争に耐え得るとの独自の判断によって行われたことを示す特段の事情が認められない限り、これらの事業者の間に、協調的行動をとることを期待し合う関係があり、右の「意思の連絡」があるものと推認されるのもやむを得ないというべきである。
情報を交換したうえで他社と同じ行動を取った会社は、自社だけの独自の判断で値上げしたと示せない限り、「意思の連絡」があったと推認されます。
東芝ケミカルは臨時部会で反対せず、その後、他社と同じ値上げに動いていました。
「聞いていただけ」が弁解にならない理由
この考え方を各企業の現場に当てはめると、価格の話が出た席に座っていたこと自体が、重い意味を持ちます。自分は発言していない、聞いていただけだという説明は、東芝ケミカルが主張して退けられた説明と同じです。
一方で、他社が公表した値上げを新聞や店頭で知り、それを見て自社も値上げすることは、それだけでは違法になりません。寡占の市場では、他社の動きに合わせることは珍しくないからです。
他社の値上げ幅や時期を公表前に知ることのできる場に自社の社員がいた場合には、それだけでカルテルの「意思の連絡」があると疑われるのです。
自社で独自に決めたと説明できる会議資料と議論
東芝ケミカル事件の判決は、情報交換と同じ行動があっても、自社の独自の判断で値上げしたことを示す特段の事情があれば、推認が覆る余地を残しています。
値上げを決めた会社は、後から調査を受けたときに、自社で判断したことを示せる材料を持っておく必要があります。その材料になるのが、値上げを決めた時点の社内の会議資料と議事録です。
第1に、値上げ幅の根拠です。
原材料、容器、物流費、エネルギーなどのコストが自社でいくら上がったのかを、自社の数字で積み上げておきます。その上昇額と値上げ幅がどう対応するのかまで示せば、自社で計算した値上げ幅だと説明できます。
第2に、検討した選択肢です。
値上げ幅を変えた複数の案や、据え置いてコスト削減で吸収する案を並べ、それぞれで販売数量や利益がどう変わるかを試算しておきます。比べた跡が残っていれば、自社で選んだことが分かります。
第3に、時期の決め方です。
値上げの時期を、在庫の状況、取引先との契約の更新時期、システムの切替えなど、自社の事情からどう決めたのかを書いておきます。
第4に、他社の情報の扱いです。
他社の価格や値上げを資料に書くときは、プレスリリースや新聞記事など公表された情報に限り、日付と出典を書き添えます。他社が公表するより前から自社で検討を始めていたことが資料の日付で分かれば、説明の説得力が増します。
第5に、誰がいつ決めたかの記録です。
決裁の日付、出席者、出た意見を議事録に残しておけば、価格を決めたのは社内の会議だったと示せます。
資料と同じくらい大事なのが、会議での議論の中身です。値上げを決める会議で話し合うべきは、自社のコスト、販売数量の見通し、取引先や消費者がどう受け取るかです。
席上で「他社も同じくらい上げるらしい」という発言が出たら、その情報が公表されたものかをその場で確かめます。公表前の情報であれば、議論から外して法務に回します。そうした確認をしたことも議事録に残しておけば、自社の判断で決めたことの裏付けになります。
最近は、会議の録音から生成AIで議事録を作る会社も増えています。AIに要約を任せると、会議の大筋は残ります。一方で、「この情報は公表済みか」と確かめたやり取りや、検討して退けた案は、本筋から外れた発言として省かれることがあります。
AIが作った議事録に、自社で判断したことを示す記載が残っているかを、担当者が読み返して確かめることが必要です。
これらの資料は、値上げを決めるその時点で作っておくことが必要です。調査が入ってから整えた資料は、後から作ったものとして信用されません。価格改定の決裁には、これらを揃える様式をあらかじめ決めておくのが現実的です。
もっとも、資料が整っていても、実際には裏で他社と話し合っていれば推認は覆りません。会議資料は、他社と話し合っていない会社が、そのことを説明するための備えです。
公式行事のあとの「お疲れさま会」との付き合い方
価格の話が出るのは会合が終わったあとの席
業界団体の正式な会合には議事次第があり、事務局が同席し、議事録も残ります。価格の話は出にくい場です。
価格の話が出やすいのは、会合が終わったあと、同じ顔ぶれで飲食の席に移ってからです。ビール4社の件で報じられている「裏会」も、一木会という正式な会合に合わせて開かれていた集まりでした。
過去のカルテル事件でも、業界団体の会合の機会や飲食店での面談が、情報交換や合意の場になっていました。
2023年の電力カルテル事件では、公正取引委員会は、違反事業者が電気事業連合会の会合の機会などを利用して情報交換をしていたと認定しています。そのうえで、同連合会に対して、会員などへの周知徹底を申し入れました。
公正取引委員会は2026年4月17日、軽油販売業者による価格カルテル事件で5社を検事総長に告発しました。告発事実には、合意の場所まで書かれています。東京都内の飲食店で、面談の方法により、販売価格の引上げ目標などを合意したとされています。
2024年10月から12月にかけて、こうした面談がほぼ毎月繰り返されていました。
断れば角が立つという課長の事情
正式な会合が終わると、「せっかくだから一杯」と声がかかります。業界の先輩もいますし、前任者も毎回顔を出していました。そういう席を毎回断れば、付き合いの悪い人だと思われます。
業界団体の場は、担当者にとって他社の人脈を得る場でもあります。業界の動向が耳に入らなくなる、困ったときに相談できる相手がいなくなる、という不安もあるはずです。
会社が同業他社との飲食を一律に禁じても、この事情が変わらない限り、黙って参加する人が出てきます。禁止の規程を作るだけでは、現場では守られないことが多いのが実情です。
価格の話が出たときの振る舞い
現実的なのは、参加すること自体は認めたうえで、その場での振る舞いを決めておくことです。
まず、同業他社との飲食の予定は、事前に上司と法務に届け出る運用にします。会社がその席の存在を把握していれば、担当者も会社の代表として座っていることを意識します。
席で値上げの話が出たら、その場で話題を止めます。「その話はやめておきましょう」と一言言えば足ります。それでも話が続くようなら、席を立つのが現実的です。
席を立ったら、翌日には法務に報告し、誰が何を話していたかを記録に残します。東芝ケミカル事件で見たとおり、黙って座っていたことは「意思の連絡」を推認される材料になります。席を立った事実と報告の記録が、自社と担当者本人を守ることになります。
断る理由としての会社の決まり
難しいのは、話を止めたり席を立ったりするときの言い方です。個人の判断で断ると、「お堅い人だ」「上から何か言われたのか」と受け取られます。
そこで、「会社の決まりで、価格の話が出たら席を外して報告することになっていまして」と言える状態にしておくことが効果的です。会社の方針だと言われれば、相手もそれ以上は引き留めにくくなります。
この決まりは、研修で一度説明するだけでは現場で使われません。業界団体の会合に出る課長や部長に、出席の前に法務から個別に伝えておくのが現実的です。
経営陣の「知らなかった」という説明の危うさ
ビール4社の件では、一部の会社で協議の内容が経営陣に報告されていたと報じられています。
一方で、アサヒビールの松山一雄社長は、強制調査を受けた日の取材に「本当に認識もありません」と答えています。ビール酒造組合の会長も務めるサッポロビールの時松浩社長も、取材に対し、価格調整への組合の関与を否定しました。
経営陣が知っていたかどうかは、会社ごとに答えが違う可能性があります。報告がどの役職まで上がり、どこで止まったかによって変わるからです。
出所を尋ねないまま進む決裁
値上げを決めるとき、営業部門は社内の決裁を受けます。その資料に「競合他社も同程度の値上げを予定」と書かれていることもあるかもしれません。
そのときに、決裁する役員がその一文の出所を尋ねなければ、その情報が公表前に他社の担当者から聞いたものだとは知らないまま決裁できます。後でカルテルが問題になっても、役員は「部下が他社と値上げの情報をやり取りしていたことは知らなかった」と説明できてしまいます。
課長だけを処分して終わらせたときに残る教訓
この状態では、問題が表に出たとき、経営陣にとって都合のよい説明が1つあります。現場の課長が勝手にやった、という説明です。
しかし、課長が会合の内容を本社に持ち帰り、価格の決定に使っていたのなら、会社として価格を決めていたことになります。その課長を処分して幕引きを図れば、社内には1つの教訓が残るはずです。会合に出て他社と情報を交換した人だけが責任を負わされ、その情報を使って価格を決めた上の人は責任を問われない、という教訓です。
この教訓を見た社員は、業界の会合で何を聞いても、それを社内に報告しなくなるでしょう。報告すれば、情報を交換した当事者として自分だけが責任を負わされると考えるからです。その結果、経営陣は本当に何も知らない状態になり、次の問題を外部の調査で初めて知ることになります。
決裁する側が尋ねるべきこと
役員が価格改定の決裁で確かめることは、難しくありません。資料に他社の値上げの予定が書かれていたら、それが公表された情報なのか、どこから得た情報なのかを尋ねることです。
値上げを決める会議の資料について先に書いたとおり、他社の情報に日付と出典を書き添える決まりにしておけば、出典のない他社の情報はそれだけで目に付きます。
公表前の情報なら、その時点で法務に回します。尋ねたことを記録に残しておけば、決裁した役員は監視の義務を果たしたことを説明できます。
監査役や社外取締役も、取締役会で価格改定が報告されたときに同じ質問ができます。「この値上げ幅は、何を根拠に決めたのですか」と尋ねるだけで、執行側は他社の情報の扱いを意識します。
前任者から引き継いだ慣行のやめ方
ビール4社の件では、取引先の卸売業者も横並びに気づいていたと報じられています。値上げ発表後の意見交換会で、卸売業者から「同時の価格改定はおかしい」と指摘されていたというものです。
別の卸売業者は、裏で合わせている感じはあったが、長年の慣習だとみていたと話しています。
10年以上前から続く会合であれば、いま参加している課長が、それを始めた本人とは限りません。前任者から「毎月これに出ておいて」と引き継いだだけかもしれません。
抜ける課長に向けられる裏切り者という目
その課長が、ある日「もう出ません」と言えばどうなるか。同業他社の担当者からは、業界の付き合いを壊した裏切り者と見られます。前任者や上司の顔もつぶすことになります。
卸売業者からの見られ方も無視できません。横並びに慣れた取引先からは、「あの会社だけ抜けた」「何か事情があるのか」と見られます。
この重さを課長1人に背負わせるのは無理があります。会合から抜けるのは課長個人の決断にせず、会社の決定として行うことが必要です。
課長が「会社の方針で、もう出られなくなりました」と言える立場にしておけば、他社の不満が課長個人に向かうことは避けられます。
減免申請を決める取締役が抱える同じ悩み
会社として抜けるかどうか、とりわけ課徴金減免を申請するかどうかを決めるのは、取締役です。
課徴金減免制度(リーニエンシー)は、カルテルを自ら申告した事業者の課徴金を、申告の順位や調査への協力の度合いに応じて減らしたり免除したりする制度です。
申請を決める取締役も、課長と同じ立場にいます。同業他社の経営陣とは、業界団体の会合で顔を合わせる間柄です。業界団体で役職に就いていることもあります。社内の営業部門からは、取引先との関係が壊れると反対されるでしょう。
それでも、申請を見送った結果として課徴金が膨らめば、取締役は株主から責任を問われる立場にもあります。
先に触れた電力カルテル事件では、中部電力、中国電力、九州電力などに総額約1010億円の課徴金納付命令が出されました。合意の相手方だった関西電力は、課徴金減免制度の適用を申請して認められたことなどから、排除措置命令も課徴金納付命令も受けていません。
減免制度は、先に申告した会社の課徴金を軽くする仕組みです。横並びから抜けた会社は、同業他社からは裏切りと見られても、取引先や消費者に対しては、価格を自社で決める会社に戻ったと説明できます。
声を上げた個人を守る規程
電力カルテル事件の排除措置命令で、公正取引委員会は、「独占禁止法違反行為に係る調査への協力を行った者に対する適切な取扱いを定める規程」を作ることを命じています。社内調査や公正取引委員会の調査に協力した社員を、不利益に扱わないための規程です。
公正取引委員会がこれを命じたのは、協力した社員が社内で不利に扱われるおそれがあるからだと読み取れます。
会合に出ていた課長が事実を話せば、本人も処分の対象になりえます。話した課長を守る規程がなければ、課長は自分の身を守るため、あるいは会社を守るつもりで、黙っている方を選びます。課長が黙れば、誰がいつ何を決めたのかの解明は遅れます。
経営陣の側から見ると、課長が黙っていてくれる方が都合のよい面もあります。課長が何も話さなければ、上に報告があったかどうかも明らかにならず、最後は課長1人を処分して終わらせることもできるからです。
この規程を平時から整備しておくことは、経営陣がそうした都合に頼らないと決めることでもあります。事実を話しても不利益に扱われないと課長が分かっていれば、調査は早く進み、課徴金減免を申請するかどうかの判断も早くできます。
担当者1人に任せない業界との付き合い方
ビール4社の件で、カルテルが成立するかどうかは、これからの調査で明らかになります。ただ、業界団体の会合のあとに同じ顔ぶれで集まる席は、多くの会社の課長や部長が毎月のように経験しています。
その席で価格の話が出たときに黙って座っているか、話を止めて席を立つかは、いまは担当者本人に任されている会社が多いはずです。断れば角が立ち、抜ければ裏切り者と見られる以上、本人に任せていれば、黙って座っている方が選ばれます。
席を立つことも、会合から抜けることも、会社の決まりとして本人が口にできるようにしておくことが必要です。その決まりに従って報告した社員を守るのは、取締役の役目です。
自社の課長が、来月の業界団体の会合のあとにどう振る舞うことになっているのかを一度確かめておくと、他社の件を自社の備えに変えられるかもしれません。
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