株主総会招集通知に記載される取締役のスキルマトリックス開示はなぜ不十分と批判されるのか?本来の目的とあるべき姿。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

6月下旬の株主総会集中シーズンに向けて、各社は招集通知の作成や想定問答の作成などが佳境を迎える頃だと思います。

2024年5月26日の日経新聞電子版に「スキルマトリックス開示は不十分?」と題する記事が掲載されていました。

なぜ、スキルマトリックス開示が不十分と批判されてしまうのでしょうか? 

スキルマトリックスとは?

上場会社の株主総会の招集通知には、「取締役候補のスキルマトリックス」と題する表が掲載されることが一般化しています。

その原因になったのは、東証のコーポレートガバナンス・コードです。

コーポレートガバナンス・コードの原則4-11の補充原則4-11①には以下の内容が定められています。

取締役会は、経営戦略に照らして自らが備えるべきスキル等を特定した上で、取締役会の全体としての知識・経験・能力のバランス、多様性及び規模に関する考え方を定め、各取締役の知識・経験・能力等を一覧化したいわゆるスキル・マトリックスをはじめ、経営環境や事業特性等に応じた適切な形で取締役の有するスキル等の組み合わせを取締役の選任に関する方針・手続と併せて開示すべきである。その際、独立社外取締役には、他社での経営経験を有する者を含めるべきである。

このようにコーポレートガバナンス・コードが、各取締役の知識・経験・能力等を一覧化したものとしての「スキルマトリックス」の開示、「取締役の有するスキル等の組み合わせ」の開示を求めているので、これに応じて、上場会社各社は招集通知にスキルマトリックスを掲載しています。

スキルマトリックスの本来の目的は?

スキルマトリックスの根拠はコーポレートガバナンス・コードの補充原則4−11①にあるわけですが、では、そもそも補充原則4-11①とは何のために置かれたものなのでしょうか?

コーポレートガバナンス・コード基本原則4

補充原則4-11①は、原則4-11の補充です。さらに言えば、基本原則4の中に位置づけられています。

基本原則4は、

上場会社の取締役会は、株主に対する受託者責任・説明責任を踏まえ、会社の持続的成長と中長期的な企業価値の向上を促し、収益力・資本効率等の改善を図るべく、

(1) 企業戦略等の大きな方向性を示すこと
(2) 経営陣幹部による適切なリスクテイクを支える環境整備を行うこと
(3) 独立した客観的な立場から、経営陣(執行役及びいわゆる執行役員を含む)・取締役に対する実効性の高い監督を行うこと

をはじめとする役割・責務を適切に果たすべきである。
こうした役割・責務は、監査役会設置会社(その役割・責務の一部は監査役及び監査役会が担うこととなる)、指名委員会等設置会社、監査等委員会設置会社など、いずれの機関設計を採用する場合にも、等しく適切に果たされるべきである。

と定めています。

この基本原則4の「考え方」を、コーポレートガバナンス・コードは、以下のように解説しています。

本コードを策定する大きな目的の一つは、上場会社による透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を促すことにあるが、上場会社の意思決定のうちには、外部環境の変化その他の事情により、結果として会社に損害を生じさせることとなるものが無いとは言い切れない。その場合、経営陣・取締役が損害賠償責任を負うか否かの判断に際しては、一般的に、その意思決定の時点における意思決定過程の合理性が重要な考慮要素の一つとなるものと考えられるが、本コードには、ここでいう意思決定過程の合理性を担保することに寄与すると考えられる内容が含まれており、本コードは、上場会社の透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を促す効果を持つこととなるものと期待している。

キーワードとなるのは「透明・公正かつ迅速・果断な意思決定」です。

「透明・公正」は、一部の取締役や一部の株主の意向だけで意思決定をしないということだと考えることができます。

取締役会や経営会議など取締役で構成される会議の場において、侃々諤々議論をして、各取締役が持つスキルをぶつけ合って叡智を結集することが求められます。

また、「迅速」は、文字通りで、ダラダラやっても意味はない、ということでしょう。

さらに、「果断」は、ためらわない、思い切った決断という意味なので、これもまた叡智を結集して企業価値の向上に繋がる大胆な経営判断を求めているということだと考えられます。

この「考え方」をもとにスキルマトリックスを定めた補充原則4-11①を理解すると、スキルマトリックスは、「わが社は、知識・経験・能力に富む取締役がいるので、会議の場で各取締役がスキルをぶつけ合って叡智を結集して大胆な経営判断を迅速にすることができる」ことを株主にアピールするためのもの、と考えることができます。

コーポレートガバナンス・コード原則4-11

基本原則4を受けた原則4-11は、以下のように定めています。

取締役会は、その役割・責務を実効的に果たすための知識・経験・能力を全体としてバランス良く備え、ジェンダーや国際性、職歴、年齢の面を含む多様性と適正規模を両立させる形で構成されるべきである。また、監査役には、適切な経験・能力及び必要な財務・会計・法務に関する知識を有する者が選任されるべきであり、特に、財務・会計に関する十分な知見を有している者が1名以上選任されるべきである。
取締役会は、取締役会全体としての実効性に関する分析・評価を行うことなどにより、その機能の向上を図るべきである。

「知識・経験・能力を全体としてバランス良く備え」と同時に「多様性と適正規模を両立させる」ことを求めています。

「ジェンダーや国際性、職歴、年齢の面を含む」と「含む」と書いてあるので、「多様性と適正規模」は「ジェンダーや国際性、職歴、年齢」の言葉だけではなく、「知識・経験・能力」の言葉にも係っていると読むことができます。

先ほど基本原則4のまとめ的に、スキルマトリックスは、「わが社は、これだけ知識・経験・能力に富む取締役がいるので、会議の場で各取締役がスキルをぶつけ合って叡智を結集して大胆な経営判断を迅速にすることができる」ことを株主にアピールするためのものと書きました。

これを、原則4-11の「バランス」と「多様性」の要素を加味すると、スキルマトリックスは、「わが社は、多様な知識・経験・能力に富む取締役がバランス良くいるので、会議の場で各取締役がスキルをぶつけ合って叡智を結集して大胆な経営判断を迅速にすることができる」ことを株主にアピールするためのもの、と整理することができます。

スキルマトリックスの本来あるべき姿

このように理論的に解釈すると、スキルマトリックスの本来あるべき姿もわかりやすくなります。

単にスキルを一覧にするだけではなく、取締役候補者のスキルが偏っておらずバランスよく存在していること、また知識・経験・能力の要素となる取締役のバックグラウンドが多様であることをアピールするツールとして使うべきです。

ポイントは「バランス」と「多様性」です。

例えば、このスキルを持っている取締役候補者は5人中3人、このスキルを持っている取締役候補者は5人中2人・・などと、一覧にして並べて見たら、スキルがあることを意味するマークが偏らずにバラバラに存在しているのが「バランス」です。

スキルマトリックスにして一覧にしたら知識・経験・能力が偏っているなら、取締役会を構成するメンバーの「バランス」が悪いと言えます。

「多様性」を示すには、スキルマトリックスの項目の見直しが必要かもしれません。

現在、多くの上場会社は、「財務・会計」「企業経営」「法律・リスク管理」などの項目をスキルマトリックスに入れています。

このブログでも何度か書いていますが、そもそも、「法律」と「リスク管理」に必要なスキルは別ものなので、これを同じ項目にしている会社はセンスがないなとは思います。

また、最近では「ダイバーシティ・多様性」「新規事業・イノベーション」などを項目に入れていることもあるようです。

「ダイバーシティ・多様性」は、各取締役候補者のスキルを並べて見て、各取締役候補者のスキルに隔たっていなくてバラバラなら、それが「ダイバーシティ・多様性」です。そのため、項目として「ダイバーシティ・多様性」があるのは不可解です。

それとも、この取締役候補者は「LGBTである」という意味なのでしょうか?

何をもって「ダイバーシティ・多様性」の項目としているのでしょうか?

「知識・経験・能力」の「多様性」を示すなら、スキルマトリックスをただの一覧表にするだけではなく、例えば「企業経営」の欄に「ベンチャー創業者」「上場会社複数の会社で役員経験あり」「コンサルティング会社出身」「ファンド出身」「○○業界での経験が豊富」「親会社出身」「元アナウンサー」「元プロスポーツ選手」など、各取締役候補者のバックグラウンドが異なることがわかるように表現したらよいのではないでしょうか?

取締役候補者の経歴の箇所に書いている内容と重複するかもしれませんが、スキルマトリックスでも表示することで、「知識・経験・能力」が多様であることを、株主によりアピールできるようにも思います。

こんな考え方もあるよという参考にして頂ければ幸いです。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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