こんにちは。弁護士の浅見隆行です。
2024年5月27日に、公正取引委員会が下請法の運用基準を改正しました。
昨今の労務費、原材料価格、エネルギーコスト等が上昇している経済状況にもかかわらず、親事業者が下請代金に価格を反映しなければ、下請事業者はコストが嵩み、利益が減少します。
そこで、公正取引委員会は2023年11月29日に「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」を発表していました。
今回の改正は、この指針の内容を運用基準として明確化したものです。
労務費、原材料価格、エネルギーコスト等を下請代金に反映することについては、以前にも、物流の2024年問題に関連する形で記事を書きました。
下請法運用基準「買いたたき」の改正
改正後の運用基準の内容は以下のとおりです。下線部が改正箇所です。
第4 親事業者の禁止行為
1~4 [略]
5 買いたたき
⑴ 法第4条第1項第5号で禁止されている買いたたきとは、「下請事業者の給付の内容と同種又は類似の内容の給付に対し通常支払われる対価に比し著しく低い下請代金の額を不当に定めること」である。
「通常支払われる対価」とは、当該給付と同種又は類似の給付について当該下請事業者の属する取引地域において一般に支払われる対価(以下「通常の対価」という。)をいう。ただし、通常の対価を把握することができないか又は困難である給付については、例えば、当該給付が従前の給付と同種又は類似のものである場合には、次の額を「通常支払われる対価に比し著しく低い下請代金の額」として取り扱う。
ア 従前の給付に係る単価で計算された対価に比し著しく低い下請代金の額
イ 当該給付に係る主なコスト(労務費、原材料価格、エネルギーコスト等)の著しい上昇を、例えば、最低賃金の上昇率、春季労使交渉の妥結額やその上昇率などの経済の実態が反映されていると考えられる公表資料から把握することができる場合において、据え置かれた下請代金の額
買いたたきに該当するか否かは、下請代金の額の決定に当たり下請事業者と十分な協議が行われたかどうか等対価の決定方法、差別的であるかどうか等の決定内容、通常の対価と当該給付に支払われる対価との乖離状況及び当該給付に必要な原材料等の価格動向等を勘案して総合的に判断する。
親事業者から下請事業者に「通常支払われる対価」に比べて、「著しく低い下請代金の額を不当に定める」ことが「買い叩き」です。
今回の運用基準の改正は、下請代金が「著しく低い下請代金の額」かどうかを判断する基準を定めたものです。
「通常支払われる対価」と「不当に定める」の基準は従前どおり(上記引用の下線を引いていない部分)です。
下請代金が「著しく低い下請代金の額」かどうかの判断基準
改正された下請法運用基準では、下請代金が「著しく低い下請代金の額」であるかどうかを判断する基準を2つ定めました。
- 従前の給付に係る単価で計算された対価に比し著しく低い下請代金の額
- 当該給付に係る主なコスト(労務費、原材料価格、エネルギーコスト等)の著しい上昇を、例えば、最低賃金の上昇率、春季労使交渉の妥結額やその上昇率などの経済の実態が反映されていると考えられる公表資料から把握することができる場合において、据え置かれた下請代金の額
「従前の給付に係る単価で計算された対価に比し著しく低い下請代金の額」
1つめの「従前の給付に係る単価で計算された対価に比し著しく低い下請代金の額」は、わかりやすいと思います。
今までの下請代金と比べて著しく低い下請代金の額を定めた場合です。
例えば、親事業者が「うちも苦しいから協力してほしい」などと言って一方的に値下げすることが典型的です。
原材料価格、エネルギーコスト等が下がったことをきっかけに、親事業者が、下請代金の値下げを要請することもあるかもしれません。
その場合でも、「買いたたき」かどうかは「給付に必要な原材料等の価格動向等を勘案して総合的に判断」され(「意見の概要とそれに対する考え方」Q25ご参照)、かつ、「不当に定めた」かどうかは、値下げの根拠資料の提示や、親事業者と下請事業者との間で十分な協議が行われたかなどによって判断されます。
据え置かれた下請代金の額
2つめの「当該給付に係る主なコスト(労務費、原材料価格、エネルギーコスト等)の著しい上昇を、例えば、最低賃金の上昇率、春季労使交渉の妥結額やその上昇率などの経済の実態が反映されていると考えられる公表資料から把握することができる場合において、据え置かれた下請代金の額」は、少しややこしいかもしれません。
労務費、原材料価格、エネルギーコスト等が著しく上昇しているのに下請代金の額が据え置かれた場合すべてが「買いたたき」になるのではありません。
労務費、原材料価格、エネルギーコスト等が著しく上昇していることが、例えば、最低賃金の上昇率、春季労使交渉の妥結額やその上昇率などの経済の実態が反映されていると考えられる公表資料から把握することができる場合にもかかわらず、下請代金の額が据え置かれると「買いたたき」になるとしています。
労務費、原材料価格、エネルギーコスト等が著しく上昇していることが「公表資料」から把握できることがポイントです。
「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」では、労務費上昇の「公表資料」の例として、以下の資料を挙げています。
- 都道府県別の最低賃金やその上昇率
- 春季労使交渉の妥結額やその上昇率
- 国土交通省が公表している公共工事設計労務単価における関連職種の単価やその上昇率
- 一般貨物自動車運送事業に係る標準的な運賃
- これらのほか、経済の実態を反映しているものと考えられる指標として、以下の資料も参考となる。
- 厚生労働省が公表している毎月勤労統計調査に掲載されている賃金指数、給与額やその上昇率
- 総務省が公表している消費者物価指数
- ハローワーク(公共職業安定所)の求人票や求人情報誌に掲載されている同業他社の賃金
もっとも、公表資料が絶対的な根拠になるわけではありません。
公表資料はほとんどが年1回公表される行政による統計であるため、労務費、原材料価格、エネルギーコスト等の上昇が反映されるまでにタイムラグがあります。
そのため、労務費、原材料価格、エネルギーコスト等が急騰している場合には、公表資料に反映していないこともあるでしょう。
その場合には、下請事業者は、労務費、原材料価格、エネルギーコスト等が現に急騰していることを示す資料(仕入先からの請求書など)とともに見積もりを出して、「急騰しているから、現時点で最低でも下請代金の額をここまで上げてもらわないと、取引が赤字になる」などと要請していくほかありません。
価格交渉時に親事業者がやってはいけないこと
下請事業者が「労務費が上昇している」などと公表資料とともに下請代金の額の値上げを要請したとしても、親事業者は容易には値上げに応じたくないので「原価をすべて資料で示してほしい」などと要請したくなるかもしれません。
しかし、「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」では、
価格交渉を行うための条件として、労務費上昇の理由の説明や根拠資料につき、公表資料に基づくものが提出されているにもかかわらず、これに加えて詳細なものや受注者のコスト構造に関わる内部情報まで求めることは、そのような情報を用意することが困難な受注者や取引先に開示したくないと考えている受注者に対しては、実質的に受注者からの価格転嫁に係る協議の要請を拒んでいるものと評価され得るところ、これらが示されないことにより明示的に協議することなく取引価格を据え置くことは、独占禁止法上の優越的地位の濫用又は下請代金法上の買いたたきとして問題となるおそれがあることに、発注者は留意が必要である。
と明記しています。
下請事業者が公表資料を提出しているのに、親事業者がそれ以外に詳細な資料や下請事業者のコスト構造に関わる内部情報、例えばすべての原材料の仕入れ値、人件費の詳細、エネルギーコスト等を示すように求めることは、実質的に価格転嫁(値上げ)の協議の要請を拒否することで、独禁法が禁じる優越的地位の濫用か下請法の「買いたたき」に該当するおそれがあると指摘しています。
この点は、親事業者側で下請事業者と価格交渉する担当者やその上司は認識しておくことが必要です。