漫画「セクシー田中さん」の原作者が死亡した後の小学館の対応に見る危機管理広報のあり方。なぜ失敗したのか。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

2024年1月30日に、漫画「セクシー田中さん」の原作者である漫画化芦名妃名子さんが亡くなりました。

「セクシー田中さん」を連載していた「妹系プチコミック」を発行する小学館は、同日、哀悼の意を表しました。

しかし、小学館はその後「セクシー田中さん」実写ドラマ化を巡る問題について何らの声明を出すことなく、2月6日に行った社内説明会でも「自ら社外に発信する予定はない」という説明があった、などと報じられました。

これに対して、小学館の社内からも漫画家からもSNSでも批判の声が殺到したこともあり、小学館は2月8日に一転してリリースを掲載し、また、第一コミック局編集者一同の名義の声明を発信しました。

小学館の一連の対応は後手後手です。

小学館が会社として行った危機管理は失敗したものの、第一コミック局編集者一同の声明によって漫画家や読者からの信頼が辛うじて首の皮一枚繋がった印象を受けます。

なぜ小学館の危機管理は失敗したのか

小学館が置かれた立場

小学館が置かれた立場を整理すると、次の図のとおりです。

小学館は原著作者である芦原さんから著作権を管理を委託され、芦原さんの著作権を守らなければならない立場です。

実写ドラマ化にあたって原著作者である芦原さんの同一性保持権が侵害されようとしたのであれば、日本テレビ・脚本家と戦ってでも同一性保持権の侵害を止めさせることが小学館に与えられた役割です。

上記図のように、「芦原・小学館」軍と「日本テレビ・脚本家」軍とで対峙する構造になります。

小学館は盟友が亡くなったとのポジションで声明を出すべきだった

そうであれば、小学館は、取引先である芦原さんへの哀悼の意を表するだけではなく、「芦原・小学館」軍の盟友である芦原さんが亡くなったというポジションからの声明を出すべきでした。

そのポジションからの声明を出せば、小学館で連載している漫画家には「今後も小学館は著作権を守ろうとしてくれるはずだ」との印象を与え、漫画家からの信頼を維持することができたでしょう。

また、読者にも「小学館は、自分の好きな漫画のイメージが変わらないように守ってくれている」との印象を与え、読者からの信頼を維持することができたはずです。

にもかかわらず、小学館が盟友が亡くなったとのポジションで声明を発することができなかったのは、漫画家を守る、読者の漫画に対するイメージを守る意識が希薄だからではないか、と推察できます。

取引先である日本テレビにだけ配慮して、漫画家、読者への配慮が日頃から欠けているから緊急事態の際に漫画家や読者を慮った対応がとれなかった、と評することもできます。

誰からの信頼を維持・回復するのかといった目的が定まっていないと、危機管理広報は失敗します。

首の皮一枚で信頼が維持された

他方で、小学館第一コミック局は編集者一同の名義で「作家の皆様 読者の皆様 関係者の皆様へ」とする声明を発表しました。

その中には、

著者の意向が尊重されることは当たり前のことであり、断じて我が儘や鬱陶しい行為などではありません。
守られるべき権利を守りたいと声を上げることに、勇気が必要な状況であってはならない。
私たち編集者がついていながら、このようなことを感じさせたことが悔やまれてなりません。
二度と原作者がこのような思いをしないためにも、「著作者人格権」という著者が持つ絶対的な権利について周知徹底し、著者の意向は必ず尊重され、意見を言うことは当然のことであるという認識を拡げることこそが、再発防止において核となる部分だと考えています。
勿論、これだけが原因だと事態を単純化させる気もありません。
他に原因はなかったか。私たちにもっと出来たことはなかったか。
個人に責任を負わせるのではなく、組織として今回の検証を引き続き行って参ります。
そして今後の映像化において、原作者をお守りすることを第一として、ドラマ制作サイドと編集部の交渉の形を具体的に是正できる部分はないか、よりよい形を提案していきます。

(中略)

最後に。
いつも『プチコミック』ならびに小学館の漫画誌やwebでご愛読いただいている皆様、そして執筆くださっている先生方。
私たちが声を挙げるのが遅かったため、多くのご心配をおかけし申し訳ありませんでした。
プチコミック編集部が芦原妃名子先生に寄り添い、共にあったと信じてくださったこと、感謝に堪えません。
その優しさに甘えず、これまで以上に漫画家の皆様に安心して作品を作っていただくため、私たちは対策を考え続けます。

https://www.shogakukan.co.jp/news/476200

とあります。

太字にした部分からは、小学館第一コミック局は原作者である漫画家が仲間であり盟友であると考えていることが伝わってきます。

このような表現をすることによって、小学館で連載している漫画家には「第一コミック局は漫画家を味方と考えている」とのメッセージを伝えることができ、漫画家からの信頼を維持することができます。

また、読者に向けてもメッセージを伝えていることによって、読者からの信頼を維持することもできています。

こうした小学館第一コミック局編集者一同の名義での声明があるが故に、小学館は首の皮一枚信頼の維持ができた、と言ってもいいでしょう。

この信頼が今後も維持できるかどうかは、漫画家の原著作権を守る行動を本当にするか次第です。

なんだかんだでテレビ局に屈する態度をとっていれば、漫画家や読者はすぐに不信に変わるでしょう。

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危機管理広報については、まだ危機管理広報が一般化する前の2015年に拙著「危機管理広報の基本と実践」(中央経済社刊。在庫切れ)にて、基本中の基本から考え方とノウハウを解説しています。

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また、月刊広報会議にて「リスク広報最前線」と題して危機管理広報の連載をしています。最近の注目される案件での広報対応については、こちらを参考にしてください。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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