漫画「セクシー田中さん」の実写ドラマ化を巡る問題から、原著作者の著作権を尊重するテレビ局のガバナンス体制のあるべき姿を考える

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

2024年1月30日、漫画家の芦原妃名子さんが死亡しました。

  • 芦原さんが漫画「セクシー田中さん」を実写ドラマ化するに当たって「必ず漫画に忠実に」などの条件を出していたこと
  • 実写ドラマ制作時の脚本に関するトラブル(1話〜8話まで脚本家の相沢友子氏が書き、9話、10話を芦原さんが描くことになった経緯)
  • 脚本家相沢友子氏がInstagramに投稿した内容
  • 芦原さんがブログに投稿した内容

などは、togetterに時系列で整理されていたので、そちらをご覧下さい。

この件については、Wikipediaにも整理されています(Wikipediaの記載内容の信用性はよく話題になりますが、この件に関しては事実誤認なくまとめられているように思います)。

※2024/02/10追記

小学館の対応については、別に記事を書きました

「セクシー田中さん」の実写ドラマ化を巡る当事者の権利関係

ガバナンス体制の前に、まずは著作権の権利関係を整理します。

「セクシー田中さん」の原著作者は芦原さん

「セクシー田中さん」の実写ドラマ化を巡る当事者の権利関係について詳細はわかりませんが、一般的には、以下の図のようであると想像できます(あくまでも想像)。

  1. 「セクシー田中さん」の著作権は芦原さんが保有(原著作者)
  2. 小学館は芦原さんとの契約により「セクシー田中さん」の漫画出版権を持つ
    • 「セクシー田中さん」の著作権を管理する委託契約もあったかは不明?
  3. 原著作者である芦原さんが日本テレビに対してドラマ化を許諾する契約(二次的著作物を創作するための翻案など)
  4. 日本テレビと相沢友子氏との脚本制作の請負契約

3の原著作者である芦原さんが日本テレビに対してドラマ化を許諾する際に「必ず漫画に忠実に」などの条件をつけたことは、法的には、芦原さんが著作物の同一性保持権(著作物についてその意に反して改変を受けない権利を行使し、日本テレビによる翻案を制限した、という意味です。

日本テレビが「必ず漫画に忠実に」などの条件を守らなければ、翻案の制限に違反し、芦原さんの同一性保持権を侵害したことになり、著作権侵害です。

二次的著作物を創作する者は原著作者の意向に逆らうことはできません。

過去には、原著作者が許諾しないことで、二次的著作物である漫画、アニメ、映画が放送できなくなることもありました。

良く知られているのが、キャンディ・キャンディの裁判例と海猿のケースです。

また、テレビドラマ化に当たり、原著作者が脚本を承諾しなかった「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ」事件もあります。

2つのキャンディ・キャンディ事件

連載漫画キャンディ・キャンディは、

  • ストーリーの創作を担当する著述家が各回ごとの具体的なストーリーを創作し、400字詰め原稿用紙30枚から50枚程度の小説形式の原稿にする(ストーリーの原著作者)
  • 漫画家が、漫画化に当たって使用できないと思われる部分を除き、おおむねその原稿に依拠して漫画を作成する(漫画はストーリーの二次的著作物)

という流れで制作されていました。

ストーリーを担当した著述家の合意なく、漫画家が主人公のキャンディの原画を作成、複製、配布しようとしたところ、裁判所は、差止を認めました(最判2001年10月25日)。

また、著述家に無断で行われた同連載漫画の登場人物の絵の商品化事業について、原著作者の著作権を侵害するとして損害賠償等の請求が認められました(東京地判2002年5月30日)。

「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ」事件(東京地判2015年4月28日。東京高裁2015年12月24日にて和解

講談社が出版する辻村深月の小説「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ」をNHKがテレビドラマ化するに当たり、著作権の管理委託を受けている講談社がNHKとの間でテレビドラマ化に向けて交渉を進めていたものの、原著作者である辻村氏が、NHKが準備した脚本では主人公の心理描写が表現されないと危惧し、テレビドラマ化の白紙撤回を申し入れたところ、NHKが損害賠償を請求したケースです。

原著作者が脚本に納得できないという点で、「セクシー田中さん」のケースに類似しています。

第1審は、

  • 「明示の文書によらずに映像化許諾契約を締結するという慣行の下においても,契約の成立時期は講談社の脚本承認時であったのであり,NHKが脚本を制作している間に映像化許諾契約の成立を認めることはできない
  • 本件条項(※原著作者の同一性保持権に関する条項)なしには講談社が本件映像化許諾契約を締結する可能性はなかったものといわざるを得ない。そうすると、少なくとも本件条項を本件映像化許諾契約の内容に加えるか否かにおいて、NHKと講談社との間で深刻な対立があったものというほかなく、講談社がNHKに対して本件契約書案を送付したことから直ちに本件映像化許諾契約の成立を認めることはできない」

などと判断して、債務不履行に基づく損害賠償請求を棄却しました。

また、

  • 「原作者はその著作物についてその意に反して改変を受けないものとする同一性保持権(著作権法20条1項)を有するのであるから、原作者である辻村から著作権の管理委託を受けた講談社としては、NHKに対し、辻村の同一性保持権を踏まえ、その意向を尊重した対応を行うことが許容され、その反面、NHKは、原則として、本件小説に辻村の意向に反するような改変を加えた脚本を制作することは許されないものというべき」

と判断して、契約締結上の過失(信義則上の注意義務)による不法行為に基づく損害賠償請求も棄却しました。

海猿のケース

フジテレビは、漫画「海猿」の原著作者佐藤秀峰氏から許諾を得て映画化をしました(映画が二次的著作物)。

しかし、フジテレビが原著作者である佐藤秀峰氏から許諾を得ないまま海猿関連本を出版したことと、フジテレビがアポなしで佐藤秀峰氏のもとに取材に訪れたことをきっかけに、佐藤秀峰氏が「絶縁」を宣言し、二次的著作物である映画をテレビ放送することなどを禁じました。

なお、2015年5月27日に、フジテレビが著作権侵害を認めるかたちで、佐藤秀峰氏との和解が成立しています。

原著作者の著作権を尊重するテレビ局のガバナンス体制のあるべき姿

「セクシー田中さん」実写ドラマ化を巡る問題と、過去に問題になった事例を整理すると、日本テレビは原著作者の同一性保持権を侵害する違法行為を業として行ったと受け止めるべきです。

日本テレビは今回の実写ドラマ化が違法行為であると受け止めて、再発を防止するためのガバナンス体制を構築することが急務です。

また、日本テレビ以外のテレビ局も、原著作者の著作権を尊重するガバナンス体制を構築しなければなりません。

具体的には、以下の点が守られる体制を構築すべきだと思います。

  1. 原著作者と著作権の管理を委託されている会社からテレビドラマ化(翻案)の許諾を得る契約を締結できるまでドラマ制作(脚本の執筆、撮影)に着手しない
  2. ドラマ制作〜放映までのスケジュールがタイトであるなら、余裕を持ったタイミングで許諾契約を締結できるように交渉を開始する
  3. 許諾契約内にて原著作者が同一性保持権に基づき翻案を制限する条件を定めた場合には、ドラマ制作に携わるすべての者(特にチーフプロデューサー、脚本家)に、その条件を認識させ、原作と同一性がない演出、脚本の制作を控えさせる
    • 原著作者の同意を得ない同一性がない演出、脚本は、原著作者の同一性保持権の侵害であり違法であること、差止や損害賠償の対象であることを理解させる
  4. テレビ局内の担当者は、脚本家から脚本が提出された際には、脚本の出来不出来のほかに、原著作物との同一性が保持されているかをチェックし、同一性が保持されていないときには脚本を書き直させる
  5. 4のチェック・書き直しまで済んだ後に原著作者にもチェックしてもらい、原著作者の目で見て同一性が保持されていないときには、脚本家に再度書き直しさせる(合格するまで繰り返す)
  6. 外部の制作会社や脚本家を使用する場合には、3と4と5の内容を、テレビ局からの請負契約の中にも条件として明記する
    • 原著作者が同一性保持権を主張しているときには、原著作物と同一性が保持されない脚本を書きたがっている脚本家には発注しない(同一性保持権を侵害する違法行為をしようとしている者への発注であり、違法行為を助長することになる)
    • 原著作者の同一性保持権を尊重する脚本家を選定することについてテレビ局に責任があることを、原著作者とテレビ局との許諾契約の中に条項として定めてもよい
  7. テレビドラマ制作開始後も、原著作者が同一性が保持されていないと判断したときには制作を中止・中断できること、原著作者は損害賠償請求できることを、テレビ局は制作に携わるすべての者に認識させる
    • 契約書に定めていなくても、原著作者は差止、損害賠償を請求できる権限を持っている(キャンディ・キャンディ事件参照)

テレビ局に限らず映画化する場合、また小説を漫画化する場合も求められるものは同じです。

こうしたガバナンス体制は、今ではどの事業会社も構築が義務づけられています。

2023年にはジャニーズ事務所、宝塚歌劇団のケースが問題視され、2024年にはダウンタウン松本人志のケースが注目を集めているように、コンプライアンスやガバナンスは「芸能界」や「テレビ」といった業界にも要請されています。

時代の変化を認識して、あるべく体制を再構築しなければ、ますます時代に置いていかれることになるのではないでしょうか。

※2024/2/16追記

日本テレビは2月15日、社内特別調査チームを設置することを明らかにしました。

芦原さんが亡くなってから2週間が経過して、遅きに失する印象が否めません。

https://www.ntv.co.jp/info/pressrelease/docs/20240215.pdf
アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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