大正製薬HD、創業家によるMBOの一環としてTOBが成立し、上場廃止へ。PBR1倍割れの改善を求める東京証券取引所は正しいのか?

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

2024年1月16日、大正製薬HDは、創業家がMBOの一環として行った大手門株式会社による株式公開買い付け(TOB)が成立したことを明らかにしました。

今後はTOBに応じなかった株主に対して株式買取請求または株式併合を用いたスクイーズアウト手続きを行った後に、非上場化することが予定されています(下記リリース17ページ以下)。

今日は、大正製薬HDの戦略的非公開化・非上場化を題材に、ちょっとした疑問をツラツラと書いてみます。特に結論があるわけでもなく、知識を提供するわけでもありません。雑談です。

大正製薬HDが非上場化を決断した理由

中長期的な施策実行の足枷

大正製薬HDのリリースによると、非上場化を決断した理由について、以下のとおり説明しています。

提案者は、当社が株式上場を継続する限りは株主を意識した経営が求められ、短期的な利益確保・分配への配慮が必要になることから、当社株式の上場が、短期的なキャッシュ・フローや収益の悪化を招く恐れがある先行投資や抜本的な構造改革等の中長期的な施策実行の足枷となる可能性が高いと考えているとのことです。

(中略)

提案者は、近年、当社グループにおける株式の上場を維持するために必要な費用(継続的な情報開示に要する費用、株主総会の運営や株主名簿管理人への事務委託に要する費用等)が増加しており、今後、当該コストは当社グループの経営上の更なる負担となる可能性があると考えているとのことです。

2023年11月24日「MBOの実施及び応募の推奨に関するお知らせ」9ページ以下

太字で強調した部分から本音がわかります。

中長期的な施策実行のためには、短期的な利益確保や分配への配慮が必要となる上場は足枷となる、ということです。

ベネッセHDの場合

大正製薬HDに限らず、2023年には東芝が非上場化し、11月にはベネッセHDも非上場化を公表しています。

ベネッセHDも非上場化の理由について、以下のように説明しています。

対象者が 2023 年5月に策定した変革事業計画を確実に達成するとともに、対象者におけ
る更なる追加施策の実施によって、対象者がこれまで実行・検討してきた事業変革の内容を超えて変革を行い、「第三の創業」を実現するためには、長期的・持続的な事業変革が不可避であることから、非公開化によって常に決算期ごとの業績達成を求められる資本市場と距離をおくとともに、有力な外部パートナーと協業し、その知見等を活用することが有力な選択肢であるとの考えに至りました。

(中略)

対象者の「第三の創業」として、たとえば教育事業のデジタル化や海外における教育事業の強化、介護事業の M&A を通じた拡大といった更なる追加施策を実施し、非連続的な形で変革を行うにあたり、当該施策が中長期的には大きな成長が見込まれるものであったとしても、それらが短期的には対象者の利益に直接貢献しない可能性があり、また、短期的には対象者の収益性が悪化することも懸念されるとの認識に至りました。このため、上場を維持したままこれらの施策を実施すれば、対象者の株主の皆様に対して対象者株式の市場価格の下落といったマイナスの影響を及ぼす可能性を否定できず、対象者が上場を維持したままでの取り組みの実施は困難であるとの認識に至りました。

2023年11月10日MBOの実施の一環としてのブルーム1株式会社による当社株式等に対する公開買付けの開始予定に関する意見表明のお知らせ16ページ(PDFでは62ページ)

ベネッセHDも、大正製薬と同様に、中長期的な施策を実施する際には短期的には収益性が悪化することが懸念され、それが故に上場を維持したままでは取り組みの実施が困難である、と明言しています。

腰を据えた抜本的な事業の建て直しや再編のための非上場化

会社が事業の建て直しや再編をする過程で、膿を出すために財務状況が一時的に悪化する可能性があることは容易に想像ができます。

他方で、特に機関投資家は短期的な利益・配当を強く求める傾向があります。2010年前後はそれこそ「ハゲタカ」と言われていた程です。

財務状況が一時的に悪化するたびに、短期的な利益や配当を求める投資家や株主から反発や批判を受け、株価が下がり、経営陣が都度対応に力を注いでいたら、長期的な目線で腰を据えた抜本的な事業の再構築はできません。

経営陣が責任をもって事業の立て直しや再編に取り組みたいからこそ、あえて非上場化を選択するということです(戦略的非公開化・非上場化)。

至極納得感のある経営判断です。

「PBR1倍割れ」の改善を求める東京証券取引所

東京証券取引所からの要請

こうした非上場化の判断は、東京証券取引所が「PBR1倍割れ」の改善を求めていることも一因ではないかと推察できます。

東証は、2023年3月31日に、プライム市場とスタンダード市場に上場しているすべての会社に対して、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を要請しました。

東証は、上場会社に現状分析を求め、分析・評価の観点の例として

  • 資本コストを上回る資本収益性を達成できているか、達成できていない場合にはその要因
    • ROIC(投下資本利益率)、ROE(自己資本利益率)など
  • 資本コストを上回る資本収益性を達成できていても、たとえばPBRが1倍を割れているなど、十分な市場評価を得られていない場合には、その要因

を挙げています。

この要請に先立って行われたフォローアップ会議での議論の内容や、「PBR1倍割れ」を「十分な市場評価が得られていない場合」と記載したこともあり、東証は「PBR1倍割れ」の改善を求めているなどと報じられています。

なお、「PBR」や「PBR1倍割れ」の意味については、下記サイトがわかりやすいです。

PBRは会社の実態を反映しない

「PBR1倍割れ」とは、上記サイトにも書かれているように、

「PBRが1を割る・下回る」ということは、理論上は株式価値よりも解散価値の方が高い、今後事業継続して得られる価値よりも、会社が解散した場合に株主に分配される金額が高いと評価されてしまっているということになります。

今さら聞けない「PBR1倍割れ」とは?日本企業がとるべき対策は?

ことを意味します。

しかし、ここに数字のマジックがあります。

PBRはB/Sの数字をもとに算出されるため、あくまでそのB/Sが作成された一時点での評価にすぎません。

また、PBRはB/Sの数字をもとに算出されるため、その算定の元になっているのは帳簿価格であって、時価ではありません。

簿価よりも時価が上がっている資産があればあるほど、PBRの数字は実態と乖離していきます。

PBRの数字だけを頼りに、その会社の価値を判断することは机上の空論になりやすい、とも言えます。

もっといえば、中長期的な施策で事業の建て直しや再編を行おうとしている会社の場合には、一時的に財務状況が悪化し「PBR1倍割れ」になったからといって、それだけで企業価値が低い、企業価値が下がったと判断することは、「実態を何も見ていない判断」であり、誤りです。

会社の立場からすれば、中長期的な目線で経営しているとき、さらには会社が伝統ある会社である会社であればあるほど、PBRは非常に相性が悪い評価軸といってもいいかもしれません。

そのため、東証が「PBR1倍割れ」の改善を求めれば求めるほど、中長期的な目線で経営判断している上場会社は「会社の評価のスタンスが違うから上場やめます」と非上場化に舵を切りたくなるのです。

東証の立場の矛盾

東証はコーポレートガバナンスコードでは「中長期的な企業価値向上に向けた経営者による的確な意思決定」を求め、かつ、サステナビリティとして中長期的な目線を要求し、他方で、ROEやPBRをはじめ各種の評価方法で短期的な企業価値をも求めています。

もちろん、中長期的に企業価値が高くあり続け、短期でも企業価値が高いのが理想的です。

会社が創業~上場したばかりという成長のフェーズになるなら、それは実現可能かもしれません。

しかし、成長が鈍化して安定のフェーズに移行したときや、会社が事業再構築のフェーズに入ったときは、中長期の企業価値と短期の企業価値を両立することは、非現実的な印象を受けます。

都合の良いところばかりをつぎはぎしたようにしか思えません。

あまり無理を要求し続けると、もしかしたら、今後、非上場化を判断する上場会社が相次ぐ可能性は捨てきれないのではないでしょうか。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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