ジャニーズ事務所所属タレントのCM起用を見直す各社の対応は、正しいのだろうか?ビジネスと企業の社会的責任、人権の問題を整理する。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

故・ジャニー喜多川氏による性加害問題をきっかけに、複数の企業が、ジャニーズ事務所との契約を終了させ、所属タレントのCMへの起用を見直す方針を明らかにしています。一方で、契約を継続すると交渉している企業もあります。

SNSを見ていると、コンプライアンスの観点からCMへの起用見直しは当たり前だという声もあれば、当事者のジャニー喜多川氏は死んでいるのに今さら?という疑問を呈する声もあります。

どちらの言い分も理屈が通っていると思います。

この問題は「取引先がコンプライアンス違反をしていたことが明らかになったとき、その取引先との契約を継続することが許されるか?」という観点から整理すると、他の事象にも応用できると思います。

ジャニーズ事務所との取引の継続の是非については、以前一度書きましたが、以前とは違った角度から再度整理してみます。

コンプライアンス違反をした取引先との契約の継続・終了を判断する要素

取引先がコンプライアンス違反をしていたことが明らかになったとき、その取引先との契約を継続するか、契約を終了させるかを判断するにあたっては、

  1. 自社の方針に照らして取引先との契約継続が許されるか
  2. 契約を継続することが取引先のコンプライアンス違反の助長になるか

などの要素を組み合わせて考えることがいいように思います。

もちろん、取引先とこれまで築き上げてきた両社の信頼関係なども考慮すべき要素だろうと思います。

自社の行動指針

人権に関する行動指針

1つめの要素は、自社の行動指針に照らして取引の継続が許されるか、です。

今回のジャニーズ事務所のケースでは、自社の行動指針の中でも「人権に関する行動指針」に照らして取引を継続するかを判断することになるでしょう。

現在、多くの会社が、企業の社会的責任(CSR)やESGの一貫として、人権侵害しないこと、人権侵害を助長しないことなどを「人権に関する行動指針」等として取り入れています。

例えば、中国による人権侵害や強制労働が行われている新疆ウイグル自治区に関与する製品を取り扱わないとする各社の判断は、こうした指針に基づくものです。

2022年9月に経産省が人権尊重ガイドラインを公表したことも、会社が「人権に関する行動指針」などを導入し、その指針に基づいた経営判断をすることを後押ししています。

現時点では、「人権に関する行動指針」に照らし、児童に対する性加害問題を起こしたジャニーズ事務所との取引を継続しないとの意思決定は納得しやすいです。

例えば、アサヒグループホールディングスは、9月8日に、人権尊重の観点から、ジャニーズ事務所とのCM契約を終了させ、今後も所属タレントを起用しないことを公表しました。

また、コーセーは、9月15日、ジャニーズ事務所への対応について人権尊重の方針とガバナンス体制の観点から詳細に見解を表明しています(以下は、当時サイトに掲載されたスクリーンショット)。

また、人権に関する行動指針の根拠は、企業の社会的責任(CSR)、ESGなので、人権侵害をする取引先との取引を終了させるとの意思決定は、世の中からの人権尊重に対する期待に応えるものといえ、世の中から自社の顧客からの信頼は得られやすい、と思います。

ただ、率直な印象として、人権に関する行動指針を理由に契約を終了させるなら、週刊文春との訴訟で故・ジャニー喜多川氏による性加害が認定された当時に、契約を終了させておくべきだったと思います。今さら感は否めません。

ネスレ日本は、当時から現在に至るまで、性加害疑惑を理由にジャニーズ事務所とは契約しません。日和見ではない対応は、人権に対する姿勢が一貫しているように見えます。

取引停止の判断を悩ます事情

ジャニーズ事務所との取引を継続するか、終了させるかの判断が悩ましいのは、

  1. 報道されている性加害問題がどこまで真実なのか
  2. 性加害問題が故・ジャニー喜多川氏によって起こされた過去の事象であることと
  3. 芸能人・タレントは個人事業主であり、ジャニーズ事務所はマネジメントをしているだけはないか

という部分です。

過去の裁判例の存在もあり、一定数の被害者の方がいることは間違いないとは思います。

とはいえ、加害者である故・ジャニー喜多川氏が死亡しているので、一方当事者だけが主張している内容を鵜呑みにしてよいかは疑問がなくはないです。

性加害問題についての事実認定に対する信用性については以前に投稿しましたので、そちらをご覧下さい。

性加害問題が故・ジャニー喜多川氏によって起こされた過去の事象であることは、「取引先によるコンプライアンス違反の助長になるか」にも関わる要素だと思いますので、以下で整理します。

取引先によるコンプライアンス違反の助長になるか

2つめの要素は、取引を継続することが取引先によるコンプライアンス違反の助長になるか、という点です。

これは、取引先のコンプライアンス違反が組織的なものであるのか、あるいは個人に起因するものなのかによって判断がわかれます。

組織的なコンプライアンス違反の場合

取引先が組織的にコンプライアンス違反をしているのに、取引を継続したときには、取引先は「コンプライアンス違反をしても売上も利益も下がらない」ことになるので、コンプライアンス違反をしたことについて反省する機会がなくなります。真摯に反省する必要性もなくなってしまいます。

そのため、取引先が組織的なコンプライアンス違反しているときに、取引を継続することは、取引先によるコンプライアンス違反の助長ということになってしまいます。

また、そうした取引先と取引を継続する会社にとっても、取引を継続する経営判断は、取引先によるコンプライアンス違反を容認したことのと同じことになってしまいます。

取引先がコンプライアンスに対する姿勢を改め、コンプライアンス違反に対して厳しい姿勢で臨み、かつ再発を防止するためのガバナンス体制を再構築するまでは、取引を終了しておくのが筋でしょう。

個人に起因するコンプライアンス違反の場合

取引先で起きたコンプライアンス違反が個人に起因するものである場合、取引先全体が悪いわけではありません。

この場合には、取引を継続しても、取引先によるコンプライアンス違反を助長する、あるいは取引先によるコンプライアンス違反を容認したことにはなりません。

ただし、取引先によるコンプライアンス違反が起きたことは事実なので、取引先が違反に対して真摯に向き合っているのか、再発防止を徹底しているのかは、取引を継続させるか否かの判断に影響させるべきでしょう。

ジャニーズ事務所の場合

今回のジャニーズ事務所の場合、性加害を行ったのは、故・ジャニー喜多川氏です。

過去の出来事であり、現在進行形でコンプライアンス違反が行われているわけではありません。現在のジャニーズ事務所の体制と切り離して取引を継続するという意思決定も成り立ちます。

しかし、故・ジャニー喜多川氏は、創業者である事務所の社長であるので、一個人が起こしたコンプライアンス違反とは、会社、取引先、社会に与えるインパクトが違います。

また、ジャニーズ事務所は、故・ジャニー喜多川氏の生前から、過去の裁判で性加害の事実があったことが認定されているのに、調査報告書によると、現在まで、何ら予防策を講じていませんでした。

そうすると、ジャニーズ事務所は、トップが行っている人権侵害を組織として止めることができなかったという意味で、組織的なコンプライアンス違反をしていた、少なくとも人権侵害を消極的とはいえ容認していた、と同視することができます。

また、再発防止策を講じないことは、ジャニー喜多川氏が亡くなったとはいえ、第2、第3のジャニー喜多川氏のような人物が現れ、類似の性加害問題が起きる可能性を残します。

そのため、たとえ過去の事象とはいえ、現時点では、ジャニーズ事務所が故・ジャニー喜多川氏による性加害問題に真摯に向き合い、また再発防止のためのガバナンス体制を再構築したことが確認できるまでは、取引を終了させるのは筋が通っています。

例えば、P&Gがジャニーズ事務所とのCM契約を終了させないけれども、再発防止策の提出を求めているのは、今後のガバナンス体制を見極めることに狙いがあると理解することができます。

※2023/09/16追記

ジャニーズ事務所は、9月13日に、一応の再発防止策を公表しました。9月中にさらに具体的な再発防止策を公表するとのことです。

公表された再発防止策が完了するまでは契約を一時停止する企業が多いのではないかと思います。

芸能人・タレントの特殊性

会社対会社の取引なら、上記のとおり、人権侵害をする取引先であるか、コンプライアンス違反の助長になるか、取引先が再発防止に向けたガバナンス体制の再構築をしているかなどの事情だけで取引の契約の是非を判断できます。

しかし、CM契約の継続、終了の判断を悩ます特殊事情の一つは、CMに起用しているのは芸能人・タレントという個人事業主であることです。

ジャニーズ事務所はあくまでマネジメントをしているだけで、事業を行うのは、CMに登場する芸能人、タレントです。

そうだとすると、ジャニーズ事務所のマネジメントを介さない形で、芸能人、タレントという個人事業主との契約を継続するという判断も成り立ちます。

例えば、アフラック生命保険は、ジャニーズ事務所とのCM契約は終了させるけれども、起用しているタレントとの契約を検討しています。

もちろん、ジャニーズ事務所の所属している芸能人、タレントも、故・ジャニー喜多川氏による性加害問題を認識していたのに黙認していたのだから、性加害問題を助長・容認していたとして、ジャニーズ事務所と同視することもできないわけではありません。

時限的な取引停止

企業の社会的責任(CSR)、ESG、人権に関する行動指針に照らすと、ジャニーズ事務所とのCM契約を終了させるとの意思決定は筋が通っています。

ただし、故・ジャニー喜多川氏による過去の性加害問題であるので、ジャニーズ事務所が故・ジャニー喜多川氏による性加害問題に真摯に向き合い、また再発防止のためのガバナンス体制を再構築したことが確認できるまでは、取引を終了させるという時限的な取引停止になるのではないでしょうか。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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