メガネスーパーが生活保護者にメガネを福祉販売したことに伴う自治体への医療扶助申請で合計約900万円の過大請求。防止できなかった原因はガバナンス体制の機能不全。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

メガネスーパー(ビジョナリーHD)は、2023年9月5日、生活保護者に対して眼鏡を福祉販売した後、自治体に眼鏡代金等を請求する医療扶助申請において、2013年以降の10年間で合計約900万円の過大請求があったとする調査報告書を公表しました。

調査報告書の要約版はこちら、全文版はこちらから入手できます。

全文版では、発覚の経緯、過大請求の5つのパターン、パターンごとの請求額とその内訳、すべてのパターンに共通する発生原因、個別パターンごとの背景と発生原因などが詳細に説明されています。非常に丁寧な事実調査である印象を受けました。

すべてのパターンに共通する発生原因として示された内容

調査報告書要約版では、発生原因として、

  1. 福祉販売の正しい方法につき、社員に対する研修、教育がなされていなかったこと。
  2. 福祉販売のマニュアルは過去複数回作成されていたものの、全店舗に対する周知が徹底されず、その後の更新もなされていなかったこと。
  3. 正しい福祉販売がなされるための POS システムの整備等のハード面のシステム化がなされていなかったこと。
  4. 上記1~3のために、販売オペレーションが各店舗任せになり、正しい福祉販売の方法を知らない従業員により誤った販売方法がなされ、それが経験的に伝達されてきてしまったこと。
  5. 上記1〜4の事態が生じた根本原因は、上述のとおり、当社のメガネ販売全体に対する福祉販売の件数の比率が 0.33%~0.86%、同売上の比率が 0.45%~0.80%にとどまるため、会社として、福祉販売に対する注意の程度が低く、正しい販売方法の教育、マニュアル化、システム化の必要性について十分な認識がなかったこと。

の5点を挙げています。全文版では発生原因はより詳細に7点に整理されています。

この5点は、メガネスーパー特集の事情ではなく、他社でも不正・不祥事の発生原因となりうる事情です。不正・不祥事を予防するためにガバナンス体制を整備する、整備した後に機能させる際に参考になると思います。

経営者のリスクに対する感覚、アンテナ

ガバナンス体制を整備し、機能させるには、大前提として、取締役など経営陣がガバナンス体制の整備の必要性を理解し認識していなければなりません。取締役がガバナンス体制を整備する必要性を認識していなければ、社内に実のあるガバナンス体制が整備されることはないからです。

これは、上場会社でコーポレートガバナンスの整備が義務づけられている、大会社の取締役・取締役会がガバナンス体制の構築を義務づけられているという形式論の話しではありません。

想定できる不正・不祥事があるから、その発生を予防するためには対策を講じることが必要であるとのリスク感覚を抱くべき、さらには、これは不正、不祥事に繋がるのではないかとリスクを察知できる経営者の資質の話しです。

メガネスーパーの過大請求の発生原因の5は、ここに該当するものです。

メガネスーパーでは、福祉販売において過大請求などの不正が発生するとの意識が欠如していたが故に、それを予防するための体制が整備されていませんでした。

ガバナンス体制の整備

メガネスーパーでは、福祉助成金の入力、消費税の非課税処理をする POS システムの整備等のハード面のシステム化がなされていまでした。

POSシステムの整備等のハード面のシステム化は、通常予想されるミスを防止できる程度のシステム化が必要です。

不正会計を予防することができなかった会計システムに関し、取締役のガバナンス体制の整備に関する責任が問われたリソー教育事件判決(東京地裁2018年3月29日)では、取締役がガバナンス体制として整備すべきシステムの程度が問題になりました。

福祉販売にあたって福祉助成金の入力、消費税の非課税処理をしないことは通常予想されるミスということができるので、そのミスを防止できる程度のシステムを採用していなかったことは、取締役の責任に発展するかもしれません。

また、販売オペレーションが「各店舗任せ」になっていたということは、福祉販売に関して組織的なガバナンス体制を整備していなかったことに他なりません。

ガバナンス体制の機能=周知+浸透

メガネスーパーでは福祉販売に関するマニュアルを過去複数回作成し、メールやイントラで社内に周知はしていましたが、それに留まっていました。

不正・不祥事を予防するためのマニュアルや社内規程を整備し、メールやイントラで社内に知らしめることは、メガネスーパーに限らず、多くの会社が取り組んでいると思います。

しかし、これではガバナンス体制を整備し、機能させていたとは言いがたいです。

ガバナンス体制を整備し、機能させていたといえるためには、予想できる不正・不祥事を防止できる程度の体制を整備し、そのうえで、その体制を周知し、かつ浸透させることまで必要です。

マニュアル整備の課題

マニュアルの整備は、一見すると、体制を整備したようにも思えます。しかし、その内容が不十分である場合には、体制を整備したと評価することはできません。

調査報告書全文版によると、メガネスーパーのマニュアルは、以下のような内容でした。

申請の流れ、POS 端末操作の方法等が簡易的に記載されていたにとどまり、福祉販売を取り扱う上での注意事項、特に実際の販売価格を超えて申請してはならないこと、自治体から配布される資料に沿った給付上限額の算出方法、福祉販売の対象とならない商品(視力測定等を含む)の説明などが欠落しており、正しい福祉販売の方法やオペレーションの流れを販売員が十分に理解できるような内容ではなかった

問題点は、2つあります。

1つは、福祉販売を取り扱う上での注意事項に関する諸々の内容が欠落していたこと、もう1つは、販売員が十分に理解できる内容ではなかったことです。

1つめの内容の欠落は、マニュアルを作成するにあたって、福祉販売において発生する不正やミスの想定が十分ではなかったということです。

これは、規定やマニュアルを整備する際に、どこの会社も起きうることです。他社で発生した不正、不祥事がメディアで報じられたときには、その都度、自社の規定やマニュアルを見直し、規定やマニュアルで触れているか、触れていないなら新規に作成する、触れていても予防できないならアップデートすることが必要です。

もう1つの十分に理解できる内容ではなかった点は、マニュアルの内容が難しすぎることです。

これは、規定やマニュアルを整備する際に、難しい言葉を使いすぎていることが原因です。

規定やマニュアルを整備するのは、どこの会社でも管理部門や外部の専門家です。管理部門や専門家は日頃から専門用語に馴染みがあり、またそのジャンルの知識があるので、難しい言葉を使っても意味を理解できます。

しかし、規定やマニュアルによる規制に従わなければならないのは、管理部門や専門家ではない現場の従業員であることがほとんどです。

この人たちは難しい言葉が使われたときには規定やマニュアルの内容を理解できないとして思考停止してしまいます。その結果、規定やマニュアルがあっても、全文を読まない、全文は読んだけれど理解できないからとして独自のやり方で行うことがあります。

規定やマニュアルを作成するとき、特にマニュアルを作成するときには、小学6年生や中学1年生レベルの読解力で読んでも誤解されない内容を心掛けてください。

社内メールやイントラだけでは浸透させたことにならない

規定やマニュアルを社内メールやイントラで社内に知らしめても、現場の従業員が意味内容を理解できていなければ規定やマニュアルを整備した意味がありません。

規定やマニュアルをわかりやすく作ることは前提で、その後に、規定やマニュアルの内容を理解してもらうための社内教育が別途必要です。

これも難しい言葉で社内教育をするのではなく噛み砕くことが必要です。

できれば理解度まで確認できるとなお良いでしょう。

最後に

コーポレートガバナンスが声高に叫ばれることによって、規定やマニュアルを整備する、組織を作り替えるなどは多くの会社が取り組んでいます。

しかし、実態は規定やマニュアルが増えただけ、組織のメンバーが他部署と兼任し、仕事の内容が増えただけという会社も少なくありません。

根本的に経営陣がガバナンス体制の必要性に対する意識、リスク感覚、アンテナを磨くこと、その上で、予想できる不正を防止できる程度の体制を整備し、日々アップデートすること、規定やマニュアルをわかりやすくして作成、浸透させてください。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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