ビッグモーターが保険金不正請求に関する調査報告書全文と役員の経営責任を公表。なぜ防止できなかったのか?コーポレートガバナンスの課題と取締役の責任について。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

ビッグモーターが保険金不正請求に関して、2023年7月18日、特別調査委員会の調査報告書の全文、2022年11月以降に調査した8427件・21億1236万3979円のうち不正請求した額が1275件・4995万2936円であること(7月18日時点)、代表取締役社長が1年間の報酬全額を自主返上するなどの経営責任を公表しました。

7月5日に調査報告書の概要だけを公表した後、調査報告書を入手した東洋経済や日刊自動車新聞が続報し、さらに他社も後追い記事を出し、世の中の人たちからの批判が高まってきたのを受けた格好です。

ついには、去年の12月に金融庁が動いたのに続き、7月18日には国交省がヒアリングをすることも表明しました。

1年近くに渡ってビッグモーターの保険金不正請求の問題を追って記事を書き続けていた東洋経済の中村記者の執念が実ったとも言えます。中村記者には面識はありませんが、見事と言うほかありません。

今日は、なぜビッグモーターは不正請求を防止できなかったのか、コーポレートガバナンスの課題と取締役の責任について、です。

保険金不正請求の問題に対するコンプライアンス、危機管理の意識の欠如

ビッグモーターによる保険金不正請求の手口については、日刊自動車新聞をはじめ各種メディアで報じられているとおりです。あえてここでは触れません。

調査報告書を読んで驚いたのは、保険金不正請求の問題を損害保険会社3社から指摘された後に、ビッグモーターの対応や問題への向き合い方の不誠実さです。

調査報告書によると、特別調査委員会が設置された経緯について以下のように説明されています。

  • 2022年6月6日、損害保険会社3社が連名で「自動車修理に関する実態確認のお願い」と要請文書を提出
  • ビッグモーターは、現場レベルの経験不足、技術拙劣等を原因とするものと報告して事態の早期収拾を図ろうとしたが、損害保険会社3社は納得せず
  • ビッグモーターは、2022年8月上旬から10月下旬、4店舗をサンプリング調査を実施。10月24日から11月にかけて損害保険会社3社に報告するも、損害保険会社3社は調査の客観性・透明性を欠く、網羅性も欠けるとして再調査を要請
  • 2023年1月30日、特別調査委員会を設置

この経緯からは、損害保険会社が納得しないが故に少しずつ調査の範囲、方法を広げていったという、損害保険会社から問題を指摘された当初からビッグモーターには保険金不正請求の全容を解明する意思が存在しなかったことが伺えます。

ビッグモーターは上場していないとはいえ、中古車販売買取大手として知名度が高い存在であるにもかかわらず、かつ、取引先である損害保険会社や顧客に対して迷惑を掛けているにもかかわらず、ビッグモーターの姿勢は、コンプライアンスや危機管理に対する役員の意識が低すぎると言わざるを得ません。

保険金の不正請求がなぜ防げなかったのか?

コンプライアンスや危機管理に対する役員の意識の低さは、保険金の不正請求を予防できなかった理由にもなっています。

調査報告書で指摘された内容

調査報告書では、保険金不正請求が発生した原因として

  1. 不合理な目標値設定
    車両修理案件1件あたりの工賃と部品粗利という営業努力では上下できない部分について「@(アット)」という目標値を設定していた
  2. 内部統制体制の不備とコンプライアンス意識の鈍磨
    ・コンプライアンス担当取締役すら存在しないなど体制が整備されていない
    損害保険会社から要請されている保険金の不正請求の内容と対応について、特別調査委員会から指摘されるまで、社長、副社長も知らなかった
    ・日頃から就業規則を無視した降格処分が頻発されていた
    ・結果、経営陣・従業員全体のコンプライアンス意識が鈍磨していた
  3. 経営陣に盲従し、忖度する歪な企業風土
    ・経営陣の一存で降格処分が頻発されていたので、経営陣の指示に盲従、忖度する歪な企業風土が醸成された
    ・工場長らは、設定された「@」の数値は経営陣の意向と捉えていた
  4. 現場の声を拾い上げようとする意識の欠如
    従業員172名が保険金不正請求に関与していると答えているのに、経営陣がまったく気づいていない
  5. 人材の育成不足
    工場設置数は急増するも見合う人材が育成されていなかったことが、保険金不正請求の継続・拡大の一因

が指摘されています。

経営陣が人事権を濫用しているが故に社内の誰も物が言えなくなってしまうのは、経営陣が暴走するケースではよく見られれます。去年問題になったTOKAIホールディングスのケースもそうでした。

現在、指名報酬委員会を自主的に設置する上場会社が増えてきたのも、人事権が経営陣に集中することを予防するためです。

一方で、現場で不正が起きてしまう、あるいは役員が実現不能な不合理な経営目標を立ててしまう、現場に耳を傾けないのは、役員側のコンプライアンスやコーポレートガバナンスに対する意識や姿勢の問題です。

実際の原因は・・

調査報告書で指摘されている内容の真偽はさておき、本当に社長、副社長らが現場で発生している保険金不正請求の原因について把握していなかった、保険金を不正請求することは違法であるとの意識を浸透させられていなかった、保険金の不正請求を予防するためにコンプライアンス担当役員や内部監査部門などの体制を整備していなかったのであれば、取締役は違法・不正を予防するための内部統制体制/コーポレートガバナンスを整備も機能もさせられていなかったことになります。

ビッグモーターが上場会社であれば株主代表訴訟が提起され、日本システム技術事件(以下の記事、ご参照)やリソー教育事件のように、取締役の内部統制の整備・機能に関する法的責任を追求されるところです。

しかし、ビッグモーターは上場しておらず、帝国データバンクによると、兼重社長が代表取締役をつとめるビッグアセット1社が全株式を保有しています。

そのため、コンプライアンスや危機管理に対する社内全体の意識が低く、内部統制が整備・機能しなかったことによって、会社に損害が発生したとしても、兼重社長が株主として問題視しない限り取締役の責任は問われません。取締役の解任すら行われません。

結局のところ、株主であり社長でもある兼重氏がコンプライアンス、コーポレートガバナンスに対する意識や企業の社会的責任(CSR)に対する意識を高めない限り、保険金不正請求をはじめとする違法・不正を予防するための体制は整備されず、機能させられない、かつ、事後的にも責任を問われない、ということです。

さらには、ビッグモーターがここまで大きくなった過程も、コンプライアンスやガバナンスを現場まで浸透させない一因になっています。

ビッグモーターは、2005年に当時上場していた中古車買取販売業のハナテンと業務提携し子会社化した後、2013年からハナテンの直営店名をビッグモーターに変更。2015年12月にTOBによりハナテンを完全子会社化・上場廃止した後、2016年3月にはハナテンのFC店舗もすべてビッグモーターに変更しました。

このように別会社を傘下に収めた、吸収したときには、社風・文化の違いからくる歪みや、不適切な売上目標などを課したときの歪みとして、コンプライアンスの無視、ガバナンスの無視も起きやすくなります。

ちなみに、ビッグモーターは、2023年2月28日時点では、同業であるガリバー(株式会社IDOM)の株式も5.67%保有し、大株主(4番手)となっています。

再発防止策と非上場会社におけるコーポレートガバナンスの課題

ビッグモーターの調査報告書では、上記の原因に対応して、再発防止策が縷々指摘されています。

ただ、指摘されているとおりに、社外取締役を入れようが、賞罰委員会に弁護士を入れようが、その体制を整備しようが、ビッグモーターが非上場会社で、かつ、兼重社長が代表するビッグアセット1社が株主であるが故に、結局は、兼重社長の意識次第で、内部統制が機能するかどうかが決まります。

これはビッグモーターに限らず、すべての非上場会社、特に創業家・経営陣が全株式を保有している会社には共通して当てはまるコーポレートガバナンスの課題です。

最終的にビッグモーターに改善が見られなかったときには、損害保険会社はどんなに売上が上がろうがビッグモーターとは取引をしない、世の中の人たちもビッグモーターでは中古車の販売買取をしないなど、ステイクホルダーが判断して行動するしかありません。

改善しないのに、今後も取引を継続する、中古車の販売買取を行うことは、コンプライアンス違反を助長、支援することになります。

非上場会社においては、企業の社会的責任(CSR)の鍵を握るのは「企業」ではなく「社会」だということです。

役員の処分の無意味さ

ビッグモーターは、代表取締役社長が役員報酬1年間分を自主返納するなど役員の処分も公表しました。

しかし、ビッグモーターは非上場会社で、兼重社長が代表取締役をつとめるビッグアセット1社がすべての株式を保有しています。

ということは、役員報酬を1年間分返上したとしても、ビッグモーターが役員報酬の返上によって浮いた利益を配当の形で株主であるビッグアセットに還元すれば、それはそのまま兼重社長の収入に等しくなります。

仮に自主返納された分は配当に回さなくても、ビッグモーターが得た利益から配当すれば、それは報酬の代わりになります。

そのため、代表取締役社長以外の取締役については処分としての意味はあるかもしれませんが、代表取締役社長には何のダメージもなく処分としては意味がない気がします。

処分をしても、世の中から「意味がある処分なの?」と見られてしまえば、社会の信頼を取り戻すことはできません。

※2023/07/25追記

2023年7月25日、ビッグモーターの兼重社長は記者会見を行いました。

その内容の概略は、

  • 保険金不正請求など現場で起きていることは調査報告書を見るまで社長は知らなかった
  • 現場の従業員を刑事告訴する
  • 兼重社長は辞任して会長に就任する

などです。

次から次へと新たな不正や不適切な業務内容がSNSやメディアで明らかになっているため、機を逸した今さら感のある記者会見というだけでなく、内容の面でも到底、信頼を回復するには至りませんでした。危機管理広報の失敗例の一つと言っていいでしょう。

1年前に東洋経済が連載を始めた頃、あるいは去年、損害保険会社各社から調査を求められた頃、遅くとも去年12月に金融庁が動き出した時点で記者会見を行い、社内調査も開始していれば、もう少し会社へのダメージは小さかったかもしれません。

危機管理広報を意識していなかったこと自体も、取締役の経営判断として裁量逸脱しています。上場会社なら株主代表訴訟の対象です(ビッグモーターは兼重氏が代表するビッグアセット1社が株主なので代表訴訟が起きませんが・・)。

この点でも危機管理への意識の低さが見られます。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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