ロシアのワグネル/プリゴジンの乱を見て、社長解職のクーデター成功事例を振り返る

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

ロシアのワグネル/プリゴジンの乱は一晩で鎮静化させられていました。ちなみに、「乱」は鎮静化された場合で、「変」はクーデターが成功した場合です(ex.本能寺の変)。

ワグネル/プリゴジンの乱のニュースを見ながら、これが会社で起きたらどうなるかと考えていました。そこで、過去の社長解職のクーデター成功事例を振り返ってみようと思います。

2つの三越事件

三越岡田事件

社長解職のクーデターとして最も有名なのは、1982年の三越岡田事件でしょう。

1972年に三越の社長に就任し「岡田天皇」とまで呼ばれた岡田代表取締役社長(当時)が、三越を私物化し、贋物が多数を占める古代ペルシア秘宝展を開催したことをきっかけに、三井グループの二木会から退陣を勧告された後、1982年の取締役会で専務取締役からの緊急動議で社長を解任(当時。現在なら解職)され、非常勤取締役に降格されたケースです。岡田氏は、その後、特別背任罪で懲役3年の実刑判決に処せられました。

このケースでは、代表取締役社長から解任することを岡田氏を除く16人中14人が賛成した後に、岡田氏が抵抗したため、社外取締役の提案により再決議し16人全員が解任に賛成しました。

当時から社外取締役によるガバナンスが効いていたことがわかります。

詳細は、この本に書かれています。

三越伊勢丹大西社長辞任

三越では、2008年に伊勢丹と経営統合し三越伊勢丹ホールディングスになった後にも、クーデターが起きています。

2009年に社長に就任した大西氏が、2017年3月4日の経営会議の後に石塚会長(当時)に別室に呼び出され、「私も引くので、あなたも辞めてくれ」と名前と日付を書くだけの辞表を差し出されて辞任を求められたケースがありました。3月7日の取締役会で3月末での社長退任が決議されました。

機関決定がないままに中間決算発表時に地方郊外店の閉鎖などを表明し、また2019年3月の営業利益目標を2年後ろ倒しにしたことなどが理由であると報じられています(2017年7月10日日経ビジネス)。

クーデターと取締役の監視監督義務

取締役の監視監督義務

2つの三越事件からわかるのは、社長の解職や退任を求めるクーデターを成功させるためには、取締役会で解職決議、退任決議を可決するために役員間の根回しをきっちりとしておくということです。

当たり前のように思えますが、根回しの鍵を握るのがナンバー2と社外取締役です。

クーデターが起きる状況は、社長が暴走している、社長が不正を働いているなど、その適格性が疑わしい場合です。

しかし、社長が暴走できる、不正を働くことができるのは、その前提として、社長の地位に長い間就いていて、役員の意思決定や人事などへの影響力が大きいということもあります。

この場合、突然に誰か一人の取締役が取締役会で緊急動議で社長解職などと声を挙げても、誰も味方になる取締役はいないでしょう。むしろ、ワグネル/プリゴジンのように粛清されてしまう可能性もあります。

だからといって、社長が好き勝手やっていることをそのまま見すごすことは、取締役相互の監視監督義務の観点から許されません

万が一、社長が好き勝手やった結果として会社に損害を与えることになれば、社長が好き勝手にやっていたことを止めなかった取締役は監視監督義務違反を理由に代表訴訟されてしまいます。

そのためには、取締役らが社長の影響力や人事権の濫用を恐れずに済む環境づくり、つまり、監視監督義務に基づいて解職を求めることが当たり前と言える正当理由(誤解を恐れずに言えば大義名分)を見つけることが必要です。

そんな大義名分で社長に辞任を迫ったのが富士通や日産などのケースです。

富士通事件

代表取締役社長が反社会的勢力との関係が疑われること場合にも、他の取締役は監視監督義務に基づく行動をとる必要があります。。

取締役会での解職決議を避け、役員らが監視監督義務に基づいて代表取締役社長に辞任を求め、2010年9月25日に、富士通の野副社長(当時)が辞任したケースがあります。

これは、代表取締役社長である野副氏と反社会的勢力との関係が疑われたのではなく、野副氏が親しくている者(ファンド)と反社会的勢力との関係が疑わしいレベルであっても、取締役・監査役らが監視監督義務を果たした例です。

野副氏は、その後、辞任の要求は不法行為であると主張して損害賠償を請求して争いましたが、認められませんでした(第一審;東京地裁2012年4月11日、控訴審;東京高裁2012年11月29日、上告審;最高裁2014年7月9日)。

日産ゴーン事件

取締役相互の監視監督義務が機能した最近の代表的なケースは、日産自動車の西川社長(当時)らがゴーン会長(当時)を追放したケースです。

日産自動車ではカルロス・ゴーン氏らが特別背任、有価証券報告書虚偽記載などをしていたことについて内部通報があったことをきっかけに社内調査し、その結果、2018年11月19日にゴーン氏は有価証券報告書虚偽記載(金商法違反)の被疑事実で逮捕されたこともあり、日産自動車の取締役会は11月22日にはゴーン氏を代表取締役会長から解職しました。ゴーン氏は金商法違反と特別背任で起訴された後、保釈中に海外に逃亡しています。

このケースはゴーン氏が違法行為を行っていたことが社内調査の結果明らかになったので、取締役間の根回しはしやすかっただろうと思います。

こうした事例を見ると、クーデターの正々堂々とした理由として社内通報や社内調査を利用することができる時代になった印象を受けます。

TOKAIホールディングス事件

取締役相互の監視監督義務が機能し、かつ、取締役間の根回しがうまく行ったケースとしては、2022年に明らかになったTOKAIホールディングスのケースがあります。

TOKAIホールディングスの鴇田代表取締役社長兼最高経営責任者(当時)が不適切な経費の使用を行っていたことが執行役員による内部通報により発覚したことをきっかけに、取締役間で根回しを行った末、2022年9月15日に取締役会で鴇田氏を代表取締役社長兼最高経営責任者から解職しました。

その後、TOKAIホールディングスは特別調査委員会を設置して全容を解明した後、鴇田氏に辞任を勧告したところ、鴇田氏は2023年3月31日に取締役を辞任しました。

執行役員が個人で調査し、信頼できる取締役から一人ずつ仲間を増やし、顧問弁護士ではない弁護士にも相談しながら、解職決議に向けて準備をすすめ、最終的に鴇田氏寄りの2人には情報を流さないまま、解職を決議したなど、取締役間の根回しの詳細が調査報告書に生々しく書かれていますので、ぜひ読んでみてください。

こちらは解職後に特別調査委員会を立ち上げたので、日産ゴーン事件とは順番が逆です。

調査報告書の内容については、日経ヒューマンキャピタル・オンラインで私が対談して解説していますので、そちらもよかったら目を通してください。

創業家トップに対するクーデター

ユニバーサルエンターテインメント事件

創業者である代表取締役会長(当時)が事実上解任されたケースとして、ユニバーサルエンターテインメントのケースがあります。

ユニバーサルエンターテインメントは、2017年5月23日の臨時取締役会で、創業者である岡田和生代表取締役会長(当時)で職務執行を停止する決議をし、6月29日の株主総会では岡田和生氏を取締役に選任しませんでした

筆頭株主である岡田ホールディングス合同会社の取締役兼筆頭株主でもあった岡田和生氏がユニバーサルエンターテインメントからの配当収入を美術品の購入などに充てていたことなどについて、長男でありホールディングスの第2位の株主である岡田知裕氏らが異議を唱えたため、岡田和生氏が2017年5月12日付でホールディングスの取締役から退任したことがきっかけだと報じられています(2017年6月28日ロイター)。

なお、岡田和生氏は、その後、ユニバーサルエンターテインメントの海外事業職掌担当取締役兼海外子会社代表者として貸し付け、手形を振り出しなどして損害を発生させたことについて株主代表訴訟を提起され、1億3600万香港㌦と約17万㌦(当時のレートで総額約20億3千万円)を認められています(東京地裁2021年11月25日)。

こちらは創業者に対するクーデターですが、長男ら創業家が関与し、筆頭株主である持株会社の支配力を長男ら創業家が握った点が特徴的です。

セイコーホールディングス・和光事件

創業者の子である代表取締役会長兼社長(当時)が解任されたケースとして、セイコーホールディングス(現、セイコーグループ)・和光のケースがあります。

セイコーホールディングスは、2010年4月30日の取締役会で社外取締役の緊急動議により、村野社長(当時)を解職することを決議し、同時に、服部真二副社長(当時)を代表取締役社長に就任することを決議。さらに、鵜浦取締役(当時)を解職する動議により、非常勤取締役に降格する決議をしました。

取締役会終了後ただちに100%子会社である和光の臨時株主総会を開催し、服部禮次郎代表取締役会長兼社長(当時)と鵜浦専務取締役を解任することも決議しました。

服部禮次郎代表取締役会長兼社長の秘書だった鵜浦氏が2007年にセイコーホールディングスの取締役に就任して以降に社内でのパワーハラスメントが問題となったため、労働組合の請求により、監査役会が外部調査委員会を設置し、パワーハラスメントの実態が明らかになったのがきっかけだったと報じられています。

このケースは、労働組合からの請求をきっかけに社外監査役が調査委員会を設置しパワーハラスメントの実態を明らかにし、社外取締役が取締役会で社長解任の緊急動議を出すなど、社外役員によるガバナンスが効いていたことがクーデターの成功要因です。

労働組合からパワーハラスメントの通報があったことをキチンと取り上げたこと(労働組合に通報するように働きかけたこと)もクーデターの成功要因だと思います。

まとめ

ここで取り上げたのが社長解職が成功したクーデターの一例でしかありません。上場会社や名のしれた会社でも他にも数多くあります。

2018年3月に起きた積水ハウスの会長を解職したクーデターは話題も多く注目されました。

今の時代、内部通報、社内調査・第三者委員会による調査はクーデターを成功させるきっかけになります。取締役間の根回しが難しい場合には、第三者委員会の設置に向けた動きをした方がクーデターは成功しやすいかもしれません。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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