トヨタ自動車の定款に「気候変動に関連した情報開示」を追加する株主提案には疑問

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

2023年6月の株主総会に向けた報道が増えてきています。

2023年5月27日の日経電子版では、トヨタ自動車の定款に「気候変動に関連した情報開示」を追加することを求める株主提案がされ、議決権行使助言会社のISSが賛成することが報じられていました。

株主や機関投資家が、会社に対して、企業の社会的責任(CSR)を果たすためにESGを意識した事業活動を行い、その内容を情報開示するように求めることはまだ納得感があります。

しかし、定款にわざわざそれを記載することは会社が本来なすべき業務から外れるものなので、行き過ぎた要求であるように思います。

今日は、この点についての話しです。

気候変動に関連した情報開示の動向

会社は事業活動を行うにあたり、企業の社会的責任(CSR)を果たすために環境(ESGのE)を意識すべきことは、今では一般的になっています。

2015年12月に気候変動に関わるパリ協定が採決されたことがきっかけの一つです(日本では2016年11月8日に発効しました)。

その後、金融安定理事会(FSB)が「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD; Task Force on Climate-related Financial Disclosures)」を設置。日本でも経済産業省が「気候関連財務情報開示に関するガイダンス(TCFD ガイダンス)」を2018年12月に公表し、気候変動に関連した情報開示(TCFD開示)がされるようになりました。

詳細な流れは、経産省とTCFDコンソーシアムのサイトで確認してください。

トヨタ自動車もTCFDに賛同し、報告書も作成しています。

トヨタ自動車に対する株主提案

トヨタは気候変動に関連した情報開示を前向きに取り組んでいるにもかかわらず、今回の株主提案がされたのです

機関投資家3社が求めてきた内容は、以下のとおりです。

「当会社は、直接及び業界団体を通じて行う当会社の対外発表を含む気候変動関連の渉外活動が、気候変動が当会社にもたらすリスクを減少させることにどのように寄与しているか、並びにパリ協定の目標及び 2050 年カーボンニュートラル実現という当会社の目標と整合しているかにつき事業年度毎に包括的に評価し、かつかかる評価結果を取り纏めた報告書(機密情報は省略することができる。)を合理的な費用にて作成する。報告書には、パリ協定の目標及び 2050 年カーボンニュートラル実現という当会社の目標と整合しない活動の概要及び是正策を記載するものとする。」

トヨタ自動車「株主提案に対する当社取締役会の意見について」

これに対し、トヨタは

当社取締役会は、その時々の環境に合わせ、柔軟かつ多様な経営判断を行い、必要に応じて機動的にそれを変更し、速やかに実行していくことが求められます。開示のあり方も適時に変化させていく必要があるため、会社の組織・運営の基本的事項を定める定款には本議案のような個別具体的な業務執行に関する事項は規定せず、現行の定款を維持したいと考えております。

トヨタ自動車「株主提案に対する当社取締役会の意見について」

と反対意見を表明しています。至極、当たり前の意見だと思います。

定款に定めるべき内容

本来、定款に定める内容は、会社の事業目的など(絶対的記載事項)、株式の譲渡制限(相対的記載事項)、定時株主総会の開催時期や会長、社長、専務、常務などの役職(任意的記載事項)など、会社の組織や運営の根幹に関する項目です。

会社組織や運営の根幹に関わるだけに、定款を変更するためには取締役会決議ではなく株主総会の特別決議が必要とされ、容易に変更できないようになっています。

他方で、経営理念や企業の行動指針など会社の目指す方向性や経営姿勢に関する項目、内部統制やコーポレートガバナンスに関する項目は、株主から会社の経営を委ね任されている取締役会で決議されています。

これらは絶対普遍なものではなく、会社の経営環境や社会の要請に応じて臨機応変に随時変更することが求められるからです。

気候変動に関連した情報開示は取締役会で決議すべき項目

CSR、ESGの観点からは、株主・投資家、社会・世の中の人たちに向けて、気候変動に関連した情報開示を行うことは重要であることは否定はしません。

しかし、気候変動に関連した情報開示を定款に定めるということは、気候変動に関連した情報開示を経営理念や行動指針、内部統制やコーポレートガバナンスよりも上位に位置づけることになります。

情報開示を生業とする会社であれば定款に定めてもおかしくありませんが、トヨタ自動車はあくまでも自動車メーカーです。気候変動に関連した情報開示をするために自動車を製造しているのではありません。自動車を製造することを中心に定款に定めるべきであり、気候変動に関連した情報開示が経営理念や行動指針より上に来るのは、優先順位が違います。

しかも、トヨタ自動車の場合、既に、ESGに関する方針が定まっており、そこに「気候変動政策に関する渉外活動の開示」として情報開示が含まれています。なおさら、定款に定める必要性がありません。

さらに気候変動政策は、地球環境の変化によって随時変更されることが想像できます。

現在はTCFD開示として任意に開示していますが、将来的に法律上の義務や上場会社に対する証券取引所が求める義務になるかもしれません。将来も任意の開示のままだとしても、TCFD開示が求めている4項目よりも開示しなければならない項目も増えるかもしれません。TCFD開示が4項目のままだとしても、原発事故や公害などの問題が発生したときには、記載を求められる内容や質が変化することも想定できます。

そうした変化には、定款ではなく取締役会が決議すべき項目に留めておく方が柔軟かつ多角的に対応できると思います。

なお、現在、アメリカでは「反ESG」の動きが出始めていますので、余計に定款に定めるのは好ましくないように思います。

まとめ

どんなに名の通った機関投資家からの株主提案であろうと、また社会的意義のある株主提案であろうと、それが、「営利」社団法人である会社の本来の優先順位を間違えた提案であるなら、反対すべきだろうと思います。

最近の女性役員の比率を強制する動きへの考え方も発想の根幹は同じです。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。