従業員が金銭を不正に着服してしまうのはなぜなのか。役員にも責任があるのか。

大手企業で、従業員が会社のお金を不正に着服する事案が相次いでいます。

3月3日には、楽天モバイルの元従業員が詐欺の被疑事実で逮捕されました。

楽天モバイル株式会社(以下「当社」)の元従業員および社外の複数の関係者が詐欺の容疑で、本日、警視庁に逮捕されました。

元従業員および社外の複数の関係者は共謀のうえ、当社が委託した資材の保管や運送に係わる業務において費用を水増しし、当社に請求することで不正に利益を得ていました。

2023年3月3日付楽天モバイルリリース

4月10日には、クボタの子会社の元従業員が業務上横領の被疑事実で逮捕されました。

大手機械メーカー「クボタ」の大阪にある子会社で経理を担当していた元社員が会社の資金1億6000万円を着服したとして業務上横領の疑いで逮捕されました

2023年4月10日 NHK NEWS WEB

今回は、従業員が金銭を着服する事案が発生してしまう原因や、それに対する役員の責任を分析します。

従業員が金銭を不正に着服する原因

なぜ従業員は懲戒解雇でクビになるリスクや刑事罰を受けるリスクを冒してまで会社の金銭を不正に着服してしまうのでしょうか?

過去の事例を分析すると、従業員が金銭を不正に着服する原因は、2つの角度から整理できるように思います。

  1. 従業員個人の金銭に対する欲求が高い(従業員側の原因)
  2. 会社が不正に着服されることを想定した組織・体制を作っていない(会社側の原因)

1.金銭に対する欲求が高い

ひとつ目は、そのままです。お金が欲しい人の目の前に大金があったために、手をつけてしまったケースです。

お金が欲しいというのも、いくつかパターンがあります。

1.1競馬やパチンコ、キャバクラ通い、ブランド物購入などで遊ぶ金が欲しいパターン

冒頭に挙げた楽天モバイルやクボタの事例がこのパターンです。

警視庁は、19~21年に楽天モバイルが日本ロジ社に支払った業務委託費約300億円のうち、約100億円が水増し請求だったとみている。水増し分のうち約50億円は、●●被告の妻が代表を務める会社などを通じて●●被告に還流し、不動産や高級車、ブランド品の購入費などに充てられていたという。

2023年4月5日 読売新聞オンライン

会社の小切手を勝手に利用して現金を受け取り、その後、帳簿の改ざんをしていたとみられるということです。
大半を競馬に使ったとみられ、警察の調べに対して容疑を認めているということです。

2023年4月10日 NHK NEWS WEB

1.2投資にハマったパターン

マクドナルドの社員が、2019年、7億円を業務上横領したケースは、投資に充てたパターンです。その後、懲役9年の実刑判決を言い渡されています。

新宿署によると、●●容疑者は10月上旬ごろ、額面3千万円の小切手1通を作成し、銀行で換金して横領した疑いがある。昨年7月に入社し、預金の管理などを担当していた。調べに「FX投資や借金返済に充てた」と供述しているという。

2019年10月25日 朝日新聞デジタル

医療用人工知能の開発をするエルピクセルの元取締役は、投資の資金ほしさのために33億5000万円を業務上横領したことで、懲役11年の実刑判決を言い渡されています。

医療用人工知能(AI)の開発を手がける「エルピクセル」(東京・千代田)の資金計約33億5千万円を着服したとして、業務上横領罪に問われた同社元役員、●●被告(46)の判決公判が16日、東京地裁であった。●●裁判長は「外国為替証拠金(FX)取引の資金ほしさに横領を繰り返した」として懲役11年(求刑懲役15年)を言い渡した

2021年11月16日 日経新聞

1.3「推し」に使うパターン

最近の傾向としては、アイドルグッズの購入に使うパターンもあります。

元主査の男(38)(6月に懲戒免職)は、上下水道課の会計担当だった2017~18年度に約1250万円を、病院の会計担当だった19~22年度には約1億5540万円を横領した疑いが持たれている。21年度の横領額は約8690万円で、全体の約半分を占めていた

使途については、「アイドルグッズの購入やインターネットゲームの課金に充てた」と説明

2022年8月2日 読売新聞オンライン

2.会社が着服されることを想定した組織・体制を整えていない

従業員が金銭を不正に着服する原因の2つめは、会社が着服されることを想定した組織・体制を作っていないケースです。

2.1権限を持っている者が不正をすることを想定していないパターン

権限を持っている者が必ず不正をするわけではありません。
しかし、現実問題として、一番不正をしやすいポジションにいるので、不正に手を染めてしまう人が現れやすいです。

日本マクドナルドの事例では、「財務税務IR部統括マネージャー」として、小切手の作成や取引先への送金を担当していた者が横領しました。

日本食品化工の事例では、経理部門管理職が保管していた現金や小切手、キャッシュカードを無断で持ち出すなどして横領しました。

経理部門管理職として在籍していた2012年1月から2022年8月まで、社内に設置された金庫内に保管されていた現金を無断で持ち出す方法により、並びに管理職として管理していた小切手及びキャッシュカードを用いて、普通預金及び当座預金から自ら無断で現金を引き出す方法により、308百万円を着服した

2022年10月31日付「当社元社員による不正行為事案の発生について」

2.2長期間異動しないので他からの牽制が効かないパターン

権限を持っている者が長期間異動していない場合には、他からの牽制が効かないので、なおさら不正が起きがちです。

グローリーの子会社では、経理担当者が13年間にわたって総額21億円を超える横領をしていました。

通貨処理機大手のグローリー(兵庫県姫路市)は14日、子会社のコインロッカー事業を手がける「グローリーサービス」(大阪市)で経理担当だった元従業員が約13年間にわたり、総額約21億5500万円を横領していたと発表した。

 グローリーによると、元従業員は09~22年にかけて、社内金庫から現金を抜き取ったり、会社名義の銀行口座から自分の口座に送金したりして横領していた。元従業員は「競馬の馬券購入に使った」などと話し、約7000万円を返金した。

2022年3月15日付 読売新聞オンライン

役員の責任

従業員が不正に着服する業務上横領事件が発生したとき、それを予防できなかった取締役、監査役には責任はあるでしょうか。
これは内部統制、ガバナンスと呼ばれる問題です。

内部統制、ガバナンスの整備義務

会社法は、取締役、取締役会に、こうした不正を予防するように内部統制を整備することを義務づけています(業務適正確保体制整備義務といいます)。
そのため、何も体制を整備していなければ、取締役、取締役会は義務を果たしていないことになります。

従業員の業務上横領によって会社に損害が発生したときに、監査役や株主が取締役を訴えることがあれば、取締役、取締役会はその損害を賠償する義務を負います。

もっとも、現在、何ら体制を整備していない会社というのは稀です。
業務上横領が問題になったどの会社も金銭や印鑑、カードなどの管理体制、管理権限などは一応整えていたはずです。
そのため、整備していないことを理由に取締役の責任が認められることはほぼありません。

内部統制、ガバナンスの程度は十分なのか

現在では、取締役に責任があるかどうかは、一応の体制は整えられているとの前提で、その体制は十分な内容を整えていたのか、機能していたのかによって判断されることがほとんどです。

これが問題になったのが日本システム技術事件という最高裁判例(2009年7月9日)です。
事案の概要は次のとおりでした。

  1. 事業部長(※営業部門)は部下の営業職に取引先との契約書を偽造することを指示し、部下は契約書を偽造した(契約書に使用する印鑑から偽造した)。
  2. 事業部は偽造した契約書に基づいて売上があがったことにしてビジネスマネージメント課を通じて財務部門で処理。財務部門はその数字をもとに決算処理して開示。
  3. 契約書の偽造が発覚したので、売上等決算の数字が下方修正された。
  4. 株主は、これを予防できなかったことを理由に、取締役に損害賠償請求した。

結論から言うと、取締役は責任は免れました。その理由は、3つあります。

  1. 通常想定される架空売上の計上等の不正行為を防止し得る程度の管理体制は整えていた
  2. (印鑑を偽造してまでの契約書の偽造は)通常容易に想定し難い方法であった
  3. 本件以前に同様の手法による不正行為もなかったため、本件不正行為の発生を予見すべきであったという特別な事情も見当たらない

要は、体制は整備され、その内容も一定程度の水準に達しているから、取締役には責任がないという結論です。

日本システム技術事件の判例から学ぶべきこと

この日本システム技術事件の判例を参考にして、取締役は自社の内部統制の内容を見直してほしいと思います。
ここからは、どのように見直したらよいかを見ていきます。

「通常想定される不正行為を防止できる程度の管理体制」として必要なこと

この判例によれば、取締役、取締役会は、通常想定される不正行為を防止できる程度には管理体制を整備することが求められています。

従業員が金銭を不正に着服するのは、上記のとおり、いくつかのパターンに整理できます。
要するに、これらのパターンによる着服は「通常想定できる」不正です。
そのため、これらのパターンによる着服を「防止できる程度」の体制は整備しなければならないことになります。

例えば、浪費癖がある従業員、投資を行っている従業員は、金銭の管理をする立場に置いてはいけない、ということが言えます。

また、権限を持っている者が不正をすることを防ぐように、金銭の取扱いについてはダブルチェック体制にする、長期間同じ者が業務を担当しないように異動させることが必要である、ということも言えます。

「通常想定しがたい方法」とは

「通常」というのは、時々刻々アップデートされます。
新聞やニュースで新しい着服のパターンが報じられれば、その時点で、その新しいパターンも「通常予想できる不正」になります。
そうなれば、その時点で、新しいパターンの着服を防止できる程度の体制にアップデートしなければならないのです。

アイドルなどの「推し」に注ぐためにお金が欲しかったというニュースが報じられたら、「推し」がいるような趣味にハマっている者は金銭の取扱いからは外す、あるいは厳しく管理することが望ましいということです。

「本件以前に同様の手法による不正行為がなかった」

判例では、本件以前に同様の手法による不正行為がなかったことが、取締役の責任を免れる要素になっています。
裏を返せば、同様の手法での不正が再発したときには、取締役に内部統制上の責任がある、ということです。

これは、自分の会社で起きた過去の懲戒事例を参考にしてください。

過去に金銭を着服した懲戒事例があったなら、その手法を分析して、「このパターンは、今の組織・体制では防げるのか」を確認してください。
防げないようならアップデートが必要ということです。

2022年2月には、山形県新庄市で職員が下水道受益者負担金・分担金を横領したケースでは、過去に横領を起こした後に一度現金を取り扱う業務から外しましたが、所属部署の業務が忙しくなったことから再び現金を扱わせたら約4か月後には横領を開始しました。

このケースは、「通常想定される不正行為を防止できる程度」の管理体制を整備していなかった、あるいは「本件以前に同様の手法による不正行為」があった、と言ってよいでしょう。

市で起きたケースなので取締役の責任という問題は生じませんが、しかし、企業が参考にできるケースだと思います。

山形県新庄市の職員だった男(26)(詐欺容疑で逮捕、送検)が下水道受益者負担金・分担金を横領したとされる問題で、市は、この職員が過去に同様の問題を起こした後の一時期は現金を扱わせなかったが、所属部署の業務が多忙となり再び現金を扱わせていたことが、わかった。

この判断が裏目に出て、約4か月後から横領が始まったとされ、今月5日付で懲戒免職処分となった。総務課の担当者は「短い期間で判断する必要があったが、もっと吟味するべきだった」と悔やむ。

2022.2.18 読売新聞オンライン

まとめ

従業員が金銭を不正に着服する原因はある程度パターン化できます。

取締役、取締役会は、

  • お金に困っている従業員は、お金を取扱い・管理するポジションには置かない
  • 長期間同じ人物をお金を管理するポジションに居続けさせないなど

金銭の不正が起きないよう配慮をしてください。

なにもしなかったときには、いざ不正が起きたときに取締役の責任なってしまいます。

なお、取締役相互の監視監督については、別の記事に書いています。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。