企業危機管理の弁護士は、何をやっているのか

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。
今日は、私が行っている仕事の中身についてご説明しようと思います。

裁判所には滅多に行かない

自分の職業が弁護士ということを明かすと、必ずのように「裁判所行くの?」「『異議あり』とかやるの?」だとか訊かれます。

結論から言うと、裁判所には滅多に行きません。
裁判所は紛争を解決するための場所です。
企業であれば、取引先や消費者、従業員などと紛争が生じて、それを解決するために裁判所に行くことが多いです。

これに対して、私が取り組んでいるのは、企業危機管理の分野です。

企業危機管理には、大きく2つの内容があります。
1つは、企業で不正・不祥事が発生しないように予防する仕事、もう1つは、企業で不正・不祥事が発生してからの事後対応をする仕事、です。
そのため、個々の紛争解決とはあまり縁がないので、裁判所に行くことがほとんどないのです。
もちろん、顧問先の企業で個別の紛争が発生したときには裁判所に行くことはあります。

企業危機管理の仕事内容

ここからは、企業危機管理で私が行っている仕事の内容について説明していきます。
上に書いたように、企業危機管理は、不正・不祥事の予防と、不正・不祥事の事後対応の大きく2つに分かれます。

不正・不祥事の予防

まず、不正・不祥事の予防ですが、これもまた、大きく二つに分かれます。
1つは「企業の組織・体制づくり」などの仕事、もう1つは、作った組織・体制、規程・マニュアルを役員・従業員に「周知・浸透」させる仕事、です。

組織・体制づくり

「組織・体制づくり」というのは、いわゆるガバナンスと呼ばれる部分です。社内規程や業務のマニュアルの作成のほか、社内に内部監査室や内部通報窓口を作り、運用することは、こちらの部分です。

私の場合は、社内で作成された組織・体制案、社内規程やマニュアルの改訂案をチェックすることが多いです。
社内では十分にもまれたはずの改訂案であったとしても、法律と危機管理の専門家の目から見たときには、組織や手続に漏れがあったり、他社で発生した不正や不祥事がその改訂案では防げなかったり(そもそも想定されていなかったり)するので、「こういう条項案を入れたらどうでしょうか?」や「ここの表現は不明瞭なので、このように修正しましょう」などの地味な作業を行っています。

周知・浸透

「周知・浸透」というと、作成した社内規程やマニュアルを社内LANや掲示板に掲載して終わりと誤解している企業も多く見られます。
それは「周知」は充たしていますが、「浸透」は充たしていません。
「浸透」というのは、役員・従業員に社内規程やマニュアルを作成した目的や意味を理解してもらうことです。要するに、役員・従業員に対する研修やeラーニングの実施です。

私の場合は、役員・従業員に対する研修や、eラーニングの教材作成が非常に多いです。研修は年間50~60件近く行っています(コロナ禍の期間中はだいぶ減りましたが、2022年からは回復傾向にあります)。

上場会社向けのコーポレートガバナンス・コードの中には、役員トレーニングが必要と定められています。
そのため、最近では、上場会社やそのグループ会社の新任役員向けの研修、2年目以降の役員も含めた研修、不正・不祥事を起こしてしまった企業の役員向けの再出発のための研修などが増えています。

弁護士が行う研修というと、法律をダラダラと読み上げて解説して終わりとイメージされる方が非常に多いと思います。
しかし、それではあまりにつまらないので、私の場合は、具体的な事例を紹介しながら、法律の解説を加えて、さらには、その裏側にある考え方や対処の仕方についても説明しています。

不正・不祥事の事後対応

次に、不正・不祥事の事後対応です。
要するに、緊急事態の対処です。

事後対応の大まかな流れは次の5点に集約できます。

  1. 事実・原因の社内調査
  2. 会社としての対応の決定
  3. 必要に応じた処分
  4. 対外的な対応(謝罪、賠償、広報、行政対応など)
  5. 再発防止策の策定・実施

最近では、不正・不祥事が起きるとどこの企業も危機管理委員会や第三者委員会を立ち上げて調査報告書を作成するようになりました。

不正・不祥事に正面から向き合う姿勢は評価できますが、正直、「委員会を組織してそこに調査を任せておけば良いだろう」「原因分析、処分案や再発防止策も委員会が言うことを尊重しよう」というような、役員たちが不正・不祥事を他人事として扱っている印象を強く受けます。
長年の粉飾決算やメーカーでの不正検査など組織を挙げての不正や不祥事である場合には、大きな法律事務所や監査法人に委員会として調査してもらうことは重要です。
しかし、本来は、自浄努力で調査して、会社としての対応方針の決定、処分、対外的な対応まで決定することが役員の責任でしょ、と思っています。そこまで大規模なものではないものの場合は尚更、自分たちで責任をもって対応すべきです。

私の場合は個人事務所なので、委員会のメンバーとして調査をすることはまずありません。しかし、大規模ではない不正や不祥事の場合やグループ会社で起きた不正や不祥事の場合に、監査役や社内監査室などと一緒になって資料の精査、関係者からのヒアリングなどの社内調査をして、会社に対して調査報告書や処分案・再発防止策案を提出することは年に数件あります。

さらに、私の場合、一般的な弁護士と違って最も得意としているのが、危機管理広報です。要するに、謝罪やリリース、記者会見などの対応です。
法律論だけで紋切り型で対応するのではなく、企業がいかにして信頼を回復するか、信用を維持するかなどの観点から、謝罪の文言やリリース文案の修正などを行っています。
ケースによっては、不正・不祥事の発生直後にリリースを出さなければいけないほどの緊急事態に直面することもあります。そうしたとき出すリリースはどのような内容にすべきなのかなどもアドバイスしています(時には代わりにドラフトもします)。
記者会見まで行うときには、リリースの作成に加えて、想定問答集の作成のお手伝い、ポジションノートの作成、会見場作成のアドバイスなどをすることもあります。

取り扱っている法律は多岐に亘る

企業法務に関わる弁護士の場合、多くが、会社法や金融商品取引法、租税法、労働関係法など、重点的に取り扱う法律分野(≠専門分野)を持っています。
もちろん、企業危機管理の場合も企業法務ですから、離婚や相続などの家族法を取り扱うことは滅多になく、取り扱う法律の多くは会社法や金融商品取引法などです。

しかし、取り扱う法律分野はこれに限定されていません。

例えば、各種ハラスメントが規制の対象となり企業がハラスメント対応をしなければならないとなれば労働法全般を取扱います。

役員・従業員による情報漏えいが話題になり企業が情報セキュリティの見直しをしなければならないとなれば個人情報保護法や不正競争防止法を取り扱います。

広告宣伝における表示規制やおとり広告、ステルスマーケティングが話題となり企業が表示規制への対応をしなければならないとなれば景品表示法や薬機法を取り扱います。

下請とのトラブルが問題になれば下請法や独占禁止法を取り扱います。

BtoCの企業で消費者への勧誘方法が問題になれば消費者契約法や特定商取引法を取り扱います。

商品開発や技術開発で他社の技術など知的財産の侵害をしないような危機管理をすることになれば著作権や特許権、商標権、不正競争防止法など知的財産権を取り扱います。

正直、自分でも得意分野は何なのだろうと思うくらい、関わる法律が多岐に亘ります。強いて言えば、ここに書いた法律の分野がどれも得意とも言えます。

危機管理で重要なのは戦略

企業危機管理をする上で最も重要なのは戦略を立てることです。

戦略といっても難しいことではありません。
目的を定めて、目的に合った手段を考えるということです。

クラウゼヴィッツの戦争論に書かれている考え方で、企業危機管理の分野では私が師事した中島茂弁護士が昭和60年代に戦略法務として提唱した考え方です。

最近の各社の危機管理を見ていると、戦略ではなく戦術にしか目が行っていないように思います(戦略と戦術の区別はクラウゼヴィッツの戦争論に詳しく書いてあります)。

このnoteでは、戦術よりも戦略について詳しく書いていきたいと思います。

 

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。