こんにちは。弁護士の浅見隆行です。
パナソニックグループの間接業務やITを担うパナソニック オペレーショナルエクセレンスは2026年10月23日、人事情報システムの導入プロジェクトのメンバーが、従業員などの個人情報を外部の生成AIサービスにアップロードしていたと公表しました。
対象は、従業員約7万5千人、1978年以降に退職した元従業員約17万8千人と、その家族を合わせて約33万人分です。社員番号、住所、電話番号、メールアドレスや、緊急連絡先として登録されていた家族の氏名などが含まれています。
アップロード先は「当社が利用を禁止している外部の生成AIサービス」でした。
フィットネス・健康事業のRIZAPも2026年9月3日、健康経営・保険者事業部の従業員が、特定保健指導管理システムのデータを集計する作業中に、個人で使っている外部の生成AIサービスに対象者のデータを誤ってアップロードしたと公表しています。
保険証記号番号や氏名、生年月日のほか、高血圧症や糖尿病などの疾患情報も含まれていました。
どちらも、まとまった量のデータを集計したり整えたりする作業の途中で、会社が認めていないAIに入力しています。
1か月半の間に、同じ形の事案が2つ続いたことになります。何度取り上げても足りないテーマなので、今回も考えてみます。
禁止していたAIに、なぜ入力できたのか
公表文から分かるのは、ルール違反によるアップロードであったこと、発覚後に本人がチャット履歴と「業務用PC内の対象データ」を削除したこと、AIの学習に使う機能は無効になっていたことまでです。
どのサービスを、どの端末から、何のために使ったのかは書かれていません。
詳細は分からないことを前提に、33万人分のデータを禁止されたAIに入力できた経路を考えると、可能性は3つあります。
第1に、業務用PCから外部の生成AIサービスへのアクセスを、そもそも遮断していなかった可能性です。社内ルールで利用を禁止し、研修で周知していても、技術的には誰でもつながる状態だったことになります。
第2に、社内のネットワークでは遮断していたものの、そこを通らずにつないだ可能性です。
会社が貸与している業務用のノートPCやタブレット、スマートフォンは、外出先や自宅で使うことを前提にしています。携帯電話の回線や自宅の回線、テザリングでつなげば、社内のネットワークを経由せずに、外部のAIに直接アクセスできてしまうことがあります。
遮断の設定を社内のネットワークの側だけで行っている会社では、業務用の端末であっても、持ち出した先では遮断が及ばないことになります。
第3に、業務用PCのデータを私物のノートPCやタブレット、スマートフォンに移し、そこから入力した可能性です。この場合、会社が業務用PCをどれだけ管理していても防げません。
どれに当たるかで、会社の落ち度の中身は変わります。第1なら、禁止を通知しただけで技術的な対策を講じていなかったことが問題になります。第2・第3なら、遮断はしていたものの、端末と回線の管理に抜け道が残っていたことになります。
ただ、この抜け道を完全に塞ぐのは、現実には難しいものです。
業務用の端末には、どこからつないでも会社の遮断の設定を通るようにする仕組みを入れることができます。ただ、すべての端末に入れて運用し続けるには費用と手間がかかり、新しいAIサービスが出るたびに遮断の対象を更新し続けなければなりません。
通信が遅い、つながらないと仕事にならない、という声に押されて、例外の端末を認めてしまうこともあります。
私物の端末となると、会社は中身を管理できません。データを持ち出す手段も、USBメモリ、メールの転送、私物のクラウドストレージと数多くあります。すべてを塞ごうとすれば、普段の仕事で必要なデータのやり取りまでできなくなります。
技術的な対策をどれだけ重ねても、最後は使う人の判断に頼る部分が残ります。情報システム部門の担当者ほど、この悩みは身に染みているはずです。
社内ルールで禁止し、研修で周知したからといって、外部のAIに入力されていないとは限りません。
自社の業務用PCから外部の生成AIにつながるのか、つながらないとしたら、どの端末と回線を使えばつながってしまうのかを、情報システム部門に実際に試してもらうと、社内ルールで禁止していても入力できてしまう経路が分かります。
禁止と分かっていても使ってしまう現場の事情
いずれのケースでも、禁止されていることは本人も分かっていたはずです。扱っているのが大量の個人情報だということも分かっていたはずです。
ましてやRIZAPの場合は、特定保健指導を委託した団体や企業から預かった個人情報で、疾患情報という要配慮個人情報まで含まれていました。
それでも入力した理由は、どちらの会社も公表していません。ここからは、2つの事案がどちらも大量のデータを処理する場面で起きたことから、現場で起こりうることを想像してみます。
パナソニックは人事情報システムの導入、RIZAPは特定保健指導のデータの集計と、作業の中身は違います。それでも、大量のデータを扱う作業は、項目の並びを合わせる、表記揺れを直す、重複を探す、数字を集計する、といった手間のかかる作業の連続です。件数が数万、数十万になれば、手作業ではとても追いつきません。
システムの稼働日や報告の期限が決まっていれば、締切に追われながらの作業です。
そのとき、会社が認めているAIでは大きなファイルを読み込めない、件数が多いと処理が終わらない、出てきた結果の精度が低い、といった事情があれば、担当者が「普段使っているあのAIなら早く終わるのに」と考えても不思議ではありません。
ルールを破った担当者の判断が誤りだったことは確かです。ただ、本人の頭の中で優先されていたのは、締切までに仕事を終わらせることだった可能性が考えられます。外部のAIに入れることは、作業を早く終わらせるための工夫くらいに考えられていたのかもしれません。
ここから先は、パナソニックに限らない一般論です。
会社が認めたAIが使いにくいと現場が感じていれば、どの会社でも同じことが起こりえます。
使いにくいという声が出ているのに、使ってよいAIを見直さない会社もあるかもしれません。その場合、現場の担当者は、言っても変わらないと分かった時点で、何も言わずに外のAIを使うようになります。
禁止されたAIの利用は記録に残りにくいので、経営陣は「ルールは守られている」と思っています。そこへ、ある日突然、個人情報を外部のAIに入力していたという報告が上がってくることになります。
安さで選んだAIでは、効果は出ない
会社が業務用に認めるAIを選ぶとき、ライセンス費用の安さが決め手になることがあります。全従業員分の契約となれば、1人あたり月数千円の差でも、年間では大きな金額になるからです。
しかし、現場が「使えない」と感じるAIを配っても、使われなければ費用は無駄になります。それどころか、使えないAIを配ったことが、禁止されたAIへの抜け道を作る原因になります。
個人情報が漏えいしたときの対応の費用や、従業員や顧客からの信用の低下と比べれば、ライセンス費用の差はわずかです。
私自身も、いくつかの生成AIを試してきました。性能と満足度を比べた結果、今はClaudeとChatGPTの有料版に落ち着いています。費用はかかりますが、仕事で実際に使えるかどうかで選ぶと、結局はそこに行き着きました。
業務でAIを効果的に使いたいなら、価格表を比べる前に、現場の担当者が実際の業務で試した感想を聞くことが必要です。
一度選んだAIも、定期的に見直すことが必要です。生成AIの性能は、半年もすれば各社の順位が入れ替わるほどの速さで変わっています。導入した時点で最良だったAIが、1年後も最良とは限りません。
AIを禁止すれば、守る側が不利になる
今回のような事案が起きると、「やはり生成AIは危ない。業務での利用は全面的に禁止しよう」という判断に傾く会社が出てくるかもしれません。
それは誤りです。
AIを禁止すれば、要約や下書き、データの整理にAIを使うことで短くなっていた作業時間は元に戻ります。そのうえ、使いたい人は私物のスマートフォンで使い続けるので、会社から見えないところでの利用が増えることになりかねません。
情報セキュリティの面でも、AIの禁止は守る側を不利にします。
2026年9月下旬から相次いだ会員アプリやウェブサイトへの不正アクセスについて、JPCERT/CCは10月15日、攻撃者がAIを使って既知の脆弱性を探し、API経由で攻撃していたことを確認したと公表しました。
GMOサイバーセキュリティ byイエラエも2026年10月19日、日本企業を狙った攻撃元のサーバーで、AIが自律的に侵入テストを行う「ARTEX」というツールが使われていたことを確認したと報じられています。
ARTEXは、もともと自社のシステムに弱点がないかを確かめるために作られた侵入テストのツールです。攻撃者は、その道具を使って、他社のシステムの穴を探していました。
逆に言えば、守る側も同じようにAIを使って自社のシステムの穴を探せば、攻撃者より先に塞ぐことができます。
攻撃者がAIで何十社もの弱点を同時に調べているときに、守る側だけがAIを禁止するのは、竹槍で戦うのと同じです。
使ってよいAIを、使われるAIにする
禁止されたAIに入力させないためには、会社が認めたAIを、現場の担当者が普段の仕事で使えるものにしておくことが必要です。
その出発点として、情報システムを担当する役員に、次回の取締役会で、承認しているAIの利用状況を報告してもらうのが現実的です。
利用している従業員が何割いるのか、使っていない従業員はなぜ使わないのか、業務用PCから外部の生成AIにつながるかを実際に試したか、業務データを私物の端末に移せる状態になっていないか、を数字と事実で確認すると、社内ルールと実態のずれが見えてきます。
使わない理由を尋ねると、「ファイルを読み込めない」「回答が遅い」「精度が低い」といった不満が出てくるはずです。
こうした不満があるから、現場の担当者は禁止されたAIを使ってしまいます。不満を聞いたうえで、使ってよいAIを選び直すことが、禁止の通知を繰り返すよりも確実な再発防止策になる気がします。
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