積水ハウスが完成間近のマンションを解体。景観など周辺環境に配慮した経営判断と企業の社会的責任。国立市マンション訴訟との違いはどこに。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

積水ハウスが東京都国立市に建築していた10階建てのマンションを完成直前に解体することを2024年6月3日に決断し、6月4日に国立市に事業の廃止を届け出たことが明らかになりました。

積水ハウスは、2021年2月にマンション建設計画を発表した後、周辺住民の声に配慮して、2021年9月には11階建てから10階建てに変更したものの、2022年1月には更なる階数の低減には応じられないとの姿勢を示したまま、2023年1月から着工していただけに、完成直前での解体は急転直下の経営判断と言ってよいでしょう。

積水ハウスの経営判断としての合理性

いったん着工し完成間近な段階まで建築したにもかかわらず、急転直下の経営判断で解体することにした経営判断は合理的と言えるのでしょうか。

この件について、積水ハウスは「マンションの構造に問題はなく、法令違反もないが、景観など周辺環境への影響の検討が不十分だった」とのコメントを発表しています。

このコメントからは、積水ハウスは「景観など周辺環境への影響」を考慮した、すなわち、「企業の社会的責任(CSR)」を意識して事業の中止を判断した、と理解することができます。

取締役会は、売上・利益などの数字だけにとらわれず、企業の社会的責任にも配慮したうえで、企業価値の向上に資する経営判断をすることが求められています。

そうすると、たしかに「景観など周辺環境への影響」を考慮して解体を決断したことには合理性があるようにも思えます。

ただ、その一方で、着工前や着工時は11階から10階に階数を減らすだけとの結論を出していたのに、完成間近な段階まで至ってから解体と判断したことは、遅きに失すると言えないでしょうか。

それまでの建築にかかった費用、人件費、既に入居が決まっている入居者への保証・補填、解体費用など、多くの損失が発生します。

そのため、時間軸で考えたときに、違法建築でもないのに、完成間近なこの段階で解体する経営判断は合理性を欠くのではないかとの疑問も浮かびます。

1年ほど前にも取り上げましたが、「事業を撤退する経営判断は、取締役の善管注意義務違反になるか」といった角度から考えてみたいと思います。

事業を撤退しない(事業を継続する)意思決定が取締役の善管注意義務に違反するかが争われたケースとしては、以下の2つの裁判例があります。

高知地判2014年9月10日

1つめの裁判例は、破産した特例有限会社の会社債権者に対する責任(取締役の対第三者責任)が争われたケースです

裁判所は、取締役の責任の判断基準について、

債務超過の状態にある本件会社の取締役として、同社の事業を継続させるかどうか、同社の再建や清算などの可否も検討した上で、主たる会社債権者であった原告との取引を中止し、本件会社の事業を整理すべき注意義務(善管注意義務)に違反したかどうかが争点となるところ、このような会社の事業を整理(廃業)するかどうか、整理する場合の時期や方法などをどのようにするかといった判断を行うに当たっては、当該企業の経営者である取締役としては、当該企業の業種業態、損益や資金繰りの状況、赤字解消や債務の弁済の見込みなどを総合的に考慮判断し、事業の継続又は整理によるメリットとデメリットを慎重に比較検討し、企業経営者としての専門的、予測的、政策的な総合判断を行うことが要求されるというべきである。

と判示しました。

ツノダ事件判決(名古屋地判2017年2月10日)

もう1つは、不動産賃貸、自転車販売などを業とする株式会社ツノダの株主が、損益がプラスになる見込みのない自転車部門の営業を継続したことなどを理由に、取締役・監査役に対して損害賠償を請求する代表訴訟を提起した事件の裁判例です。

名古屋地裁は、取締役の責任の有無について、

  • 経営判断が善管注意義務違反に当たるかどうかについては、事後的・結果論的な評価によるのではなく、行為当時の状況に照らし、合理的な情報収集・調査・検討等が行われたか、及び、その状況と取締役に要求される能力水準に照らし不合理な判断がなされなかったか等を基準に判断すべきものである。
  • 複数の事業部門を有する会社において、ある事業部門で赤字が続いていたとしても、当該事業から撤退しないことが直ちに取締役の善管注意義務違反になるものではなく、当該事業が好転する可能性の有無及び程度,当該事業の会社における位置付けや事業全体に占める割合、当該事業から撤退することによって他の事業に及ぼす影響その他当該事業を撤退することによるメリット及びデメリット等を総合的に考慮して、当該事業を継続するという判断に不合理な点があったか否かを検討して、善管注意義務違反の有無を決するのが相当である

と判示しました。

2つの裁判例に共通しているポイントを積水ハウスにあてはめる

2つの裁判例が共通して求めているのは、事業の継続または事業の整理・撤退のメリット・デメリットの総合的考慮をすることです。

積水ハウスのケースに即して言えば、

  1. マンションを完成させ、マンション販売を継続することによって得られる売上・利益
  2. マンションを完成させ、「富士見通り」と呼ばれる駅前のとおりから見えていた富士山の眺望を見えなくさせたことによって、周辺地域からは「あのマンションのせいで、この通りから富士山が見えなくなった」と批判され続け、積水ハウスの評価が低下する
  3. マンションを完成間近の段階で解体することによって発生する、それまでの建築にかかった費用、人件費、既に入居が決まっている入居者への保証・補填、解体費用などの損害
  4. マンションを完成間近の段階で解体することによって取り戻せず積水ハウスの評価

などがメリット・デメリットとして考慮すべき要素ではないでしょうか。

多くのメディアが、Xに投稿された、マンションの建築前後を比較した下記の写真を引用して報じていました。

もしかしたら、積水ハウスは、建築計画の段階では、マンションによってこんなにも富士山が見えなくなってしまうとは想定していなかったのかもしれません(あくまで推測)。

しかし、いざ完成間近になったら、想定していた以上に、マンションによって富士山の半分以上が見えなくなってしまったことが判明した(上記Xの右の写真)。

マンションが完成間近になったからこそ、「あのマンションのせいで、この通りから富士山が見えなくなった」と今後批判され続けるのは間違いないと、積水ハウスは確信したのかもしれません。

「積水ハウスのせいで富士山が見えなくなった」と批判され続ければ、当然、この周辺地域での積水ハウスの評価も低下することになるでしょう。

そうしたことを考慮して、この段階で解体すると判断したのではないでしょうか。

そうだとすれば、合理的な経営判断といいやすいかもしれません。

※2024年6月12日追記

積水ハウスは6月11日、解体を判断した経緯を説明する下記内容のリリースを公表しました。

ブログで推察したとおり、完成が近づいてみたら想像していた以上に富士山が見えなくなったことが解体の判断に至った要因のようです。

本事業につきましては、計画当初より日本を代表する山である富士山の富士見通りからの眺望に対しても多くの声をいただき、地域住民の皆様及び国立市とも十分な協議を重ねてまいりました。その中で二回に渡る設計変更を行い、弊社としても地域の皆様に配慮した設計を目指しました。しかし、完成が近づき、建物の富士山に対する影響が現実的になり建物が実際の富士見通りからの富士山の眺望に与える影響を再認識し、改めて本社各部門を交えた広範囲な協議を行いました。その結果、現況は景観に著しい影響があると言わざるを得ず、富士見通りからの眺望を優先するという判断に至り、本事業の中止を自主的に決定いたしました。

https://www.sekisuihouse.co.jp/company/topics/library/2024/20240611/20240611r.pdf

国立市マンション訴訟との違いはどこに

事案の概要

積水ハウスの報道を見たときに、はじめに頭をよぎったのは、2000年代初頭に話題になった国立市での明和地所によるマンション建築を巡る周辺住民との訴訟です。

周辺住民はいくつかの訴訟を提起しましたが、最も注目されたのが、完成後のマンションの高さ20メートル(7階以上)は違法であると主張して撤去を求めた訴訟です。

最高裁判決2006年3月30日

一審の東京地判2002年12月18日は、法令上の違反はなく、建築自体は適法とした上で、以前から地域住民らの努力で景観形成を行っており、「景観利益」が存在するとして、大学通り側棟の20m以上の部分の撤去を認めました。

しかし、控訴審の東京高裁2004年10月27日は、撤去の請求を棄却しました。

最高裁は、

  • 良好な景観に近接する地域内に居住し、その恵沢を日常的に享受している者は、良好な景観が有する客観的な価値の侵害に対して密接な利害関係を有するものというべきであり、これらの者が有する良好な景観の恵沢を享受する利益(以下「景観利益」という。)は、法律上保護に値するものと解するのが相当である。
  • ある行為が景観利益に対する違法な侵害に当たるといえるためには、少なくとも、その侵害行為が刑罰法規や行政法規の規制に違反するものであったり、公序良俗違反や権利の濫用に該当するものであるなど、侵害行為の態様や程度の面において社会的に容認された行為としての相当性を欠くことが求められると解するのが相当である。
  • 本件建物の建築は、行為の態様その他の面において社会的に容認された行為としての相当性を欠くものとは認め難く、上告人らの景観利益を違法に侵害する行為に当たるということはできない。
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/819/032819_hanrei.pdf

と判示し、景観利益は法律上保護に値することを認めつつ、明和地所が建築したマンションは社会的に容認された行為として相当性を欠かないとして、違法性を否定し、撤去の請求を棄却しました。

明和地所が建築したマンションと積水ハウスが建築したマンションの違い

明和地所が建築したマンションは、「南北約1.2kmにわたり直線状に延びた「大学通り」と称される幅員の広い公道に沿って、約750mの範囲で街路樹と周囲の建物とが高さにおいて連続性を有し、調和がとれた良好な景観を呈している地域の南端にあって、建築基準法(平成14年法律第85号による改正前のもの)68条の2に基づく条例により建築物の高さが20m以下に制限されている地区内に地上14階建て(最高地点の高さ43.65m)の建物」ではあるものの、条例が施行される前に既に根切り工事をしている段階で、高さ制限の規制が及ばない建物でした。

これに対して、積水ハウスが建築したマンションは、景観条例を守ったもので適法なのかもしれませんが、当該マンションによって富士見通りから富士山のおよそ半分が見えなくなるのですから、明和地所マンションの最高裁判決がいう「侵害行為の態様や程度の面において社会的に容認された行為として相当性」の基準に照らし合わせると、「富士見通り」の名の付く通りから富士山の右側半分を見えなくさせてしまうので、景観への影響が大きく、社会的に容認された行為としての相当性を欠く、となりやすいかもしれません。

こうしたことも、完成間近のマンションを解体するとの経営判断に導いた要素かもしれません。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。

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