TOYO TIRE (旧東洋ゴム工業)株主代表訴訟の判決文を読み解く。不正・不祥事が発生した後の危機管理(クライシスマネジメント)や危機管理広報の際に、取締役はどのタイミングで、どのような経営判断をすべきか、に大きな影響を与える内容。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

2024年1月26日に、大阪地方裁判所は、TOYO TIRE (旧東洋ゴム工業)の免震積層ゴムの不正に関する株主代表訴訟で、不正発生当時の取締役らの損害賠償責任を認める判決を言い渡しました(https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/843/092843_hanrei.pdf)。

判決文を読むと、不正・不祥事が明らかになった後の危機管理(いわゆるクライシスマネジメント)や危機管理広報の際に、取締役はどのタイミングで、どのような経営判断をすべきか、に大きく影響する内容になっています。

危機管理と危機管理広報のいずれの観点からも見逃せない裁判例と言ってもいいでしょう。

TOYO TIRE 株主代表訴訟判決の概要

TOYO TIRE の株主代表訴訟では、TOYO TIRE が完全子会社の東洋ゴム化工品を通じて製造・販売していた免震積層ゴムの一部(高減衰ゴム)が国交省の大臣認定の評価基準に達していない、技術的根拠のない性能評価基準の申請により大臣認定を得ていたにもかかわらず、2014年9月に出荷を停止しなかったことが出荷を判断すべき注意義務違反に関わる任務懈怠違反、かつ、国交省への報告・一般への公表をしなかったことが取締役としての任務懈怠違反ではないかが争われました。

裁判所は、いずれの任務懈怠違反(善管注意義務違反)を認めて、以下の内容で損害賠償を認めました。

  • 非タイヤ部門のトップの取締役と技術部門最高責任者の取締役には、出荷を判断すべき注意義務違反に係る任務懈怠違反として、改修工事費と人件費合計1億3828万8810円
  • この2人を含む4人の取締役には、国交省への報告と一般への公表に係る任務懈怠違反により会社の信用を低下させたとして金2000万円

取締役、株主のいずれも控訴しなかったため、この内容で確定しています。

以下では、製品の法令違反や品質・性能等の基準に満たないことが明らかになった後の出荷停止に関する取締役の経営判断と、世の中への公表(危機管理広報)に関する取締役の経営判断の2つにわけて解説します。

争点が2つあるので、とても長いです。

出荷停止に関する経営判断

TOYO TIRE 株主代表訴訟判決は、出荷停止に関する取締役の経営判断ついては、以下のように判断しました。

本件出荷品のように、当該製品について、法令や法令に係る技術的基準に適合するものとする大臣認定によって、備えるべき品質や性能等についての一定の基準が定められ、かかる基準に適合していることを前提に当該製品が販売されている場合には、そのような法令等に反する製品を販売することは許されず、当該製品が前記の基準を備えていないときは、取締役には、出荷停止によって当該会社に生じる直接的な損失の存在を考慮しても、当該製品の出荷の停止を判断することが求められているというべきである。

このような判断は、取締役にとって、限られた情報の下で時には迅速に行う必要のある性質のものであるから、当時得られた情報の下では出荷停止の判断に至らなかったものの、事後的にみると前記の備えるべき品質や性能等についての基準に適合していなかったときに、当該取締役が当然に善管注意義務違反に係る責任を負うということはできず、事後的にみると前記の基準に適合していなかったときにおいても、当該取締役の地位や担当職務等を踏まえ、前記の基準に適合すると認識ないし評価した取締役の当時の当該認識ないし評価に至る過程が合理的なものである場合には、かかる認識ないし評価を前提に、当該判断の当否について検討すべきである。

当該会社が大規模で分業された組織形態となっている場合には、取締役が各種の業務を分担する各部署で検討された結果を信頼してその判断をすることは、取締役に求められる役割という観点からみても合理的なものということができ、そのような場合には、当該取締役の地位及び担当職務、その有する知識及び経験、当該案件との関わりの程度や当該案件に関して認識していた事情等を踏まえ、下部組織から提供された事実関係やその分析及び検討の結果に依拠して判断することに躊躇を覚えさせるような特段の事情のない限り、前記の基準に適合するとの認識ないし評価に至る過程は合理的なものということができる。

判決文64ページ以下

上記のとおり、出荷停止に関する経営判断について、裁判所は3つのポイントに分けて判断しています。

「出荷の停止を判断することが求められる」

裁判所が判断した1つめのポイントは、製造・販売している製品が、法令、品質・性能についての基準を備えていないときには、取締役は、出荷停止によって会社に直接的損害が生じたとしても、出荷の停止を判断することが求められる、ということです。

出荷停止をすれば会社の売上・利益は当然下がります。

しかし、裁判所が言いたいのは、法令や基準に満たない製品を製造・販売することは許されず、売上・利益を犠牲にしてでも、出荷停止を優先しなければならない、その方が企業価値を向上させる経営判断である、ということです。

判決文は「求められる」と優しい言い回しにしていますが、最終的に任務懈怠違反を認めているので、出荷を停止しなければならない法的義務を負っている、と理解すべきです。

裁判所が「求められる」との言い回しにしたのは、ダスキン事件高裁判決(大阪地判2006年6月9日)が「混入(※ミスタードーナツの大肉まんに日本では認可されていない添加物TBHQを使用していた)が判明した時点で、直ちにその販売を中止し在庫を廃棄すると共に、その事実を消費者に公表するなどして販売済みの商品の回収に努めるべき社会的な責任があった」と判断したことを意識して、取締役の善管注意義務であると同時に企業の社会的責任でもあるというニュアンスを出したかったのではないかなと思います。

ダスキン事件判決については、以前にも何度か解説しています。

出荷を停止するかしないかの判断の当否

2つめのポイントは、出荷を停止するかしないかの判断の当否の判断基準です。

裁判所は、当時得られた情報の下では出荷停止の判断はしなかったけれども、後になって、品質・性能等の基準に適合していなかったことが明らかになったとしても、それだけで当然に、取締役は善管注意義務違反にはなるものではない、としています。

例えば、「品質・性能等の基準に満たないのではないか?」との内部通報があったので、通報を受けて時間の限られた中で簡易な社内調査した限りでは、品質・性能等の基準に満たないと内部通報を裏付ける確証が見当たらなかった。しかし、時間をかけて詳細な調査を継続していたら、品質・性能等の基準に満たないことが明らかになったとしましょう。

このような場合に、内部通報を受けた時点ですぐに出荷を停止する判断をしなかったとしても、それだけでは当然に、取締役の善管注意義務違反(任務懈怠違反)にはならない、ということです。

裁判所は、「当該取締役の地位や担当職務等を踏まえ、前記の基準に適合すると認識ないし評価した取締役の当時の当該認識ないし評価に至る過程が合理的なものである場合には、かかる認識ないし評価を前提に、当該判断の当否について検討すべき」としています。

先の例でいえば、取締役が製造部門や研究開発部門の責任者であるか、人事部門や財務部門の責任者であるかなどによって、入手(認識)できる情報量や情報に対する理解度(評価)のプロセスが違うので、出荷を停止すべきかどうかを適切に判断できるか否かは違います。

また、内部通報やその後の調査への関与度合い、例えば、通報者から直接裏付ける資料を提供されたか、それとも取締役会や経営会議で通報があったと共有されただけか、簡易調査の結果の報告を共有されただけかによって、各取締役は認識や評価に至ったプロセスが異なるので、出荷を停止すべきかどうかを適切に判断できるか否かは違います。

こうした出荷を停止すべきかどうかを適切に判断できる情報を得られる(認識できる)地位や職務だったか、情報を入手した後に適切に評価できる地位や職務だったかによって、要は、各取締役によって、出荷を停止しないとの経営判断が善管注意義務違反になるかどうかは異なってくる、ということを裁判所は言っています。

大規模で分業された組織形態の特殊性

3つめは、いわゆる信頼の原則について言及した部分です。

大規模で分業された組織形態である場合には、取締役は、自分の直属の部下ではない他部署・担当部署からの報告を受けて、会社が置かれた状況を認識し、製品の出荷を停止するかどうかを判断しなければなりません。

この場合に、取締役は他部署や担当部署から報告された内容をどこまで信じていいかについて、裁判所は、「下部組織から提供された事実関係やその分析及び検討の結果に依拠して判断することに躊躇を覚えさせるような特段の事情のない限り、前記の基準に適合するとの認識ないし評価に至る過程は合理的」と判断しました。

取締役の立場からしたら、たとえ他部署や担当部署からの報告であっても、この事実関係ではまだ不明や情報不足な点がある、他部署や担当部署の分析や検討の結果が合点がいかない点がある、取締役自身の知識や経験に照らしてこれはおかしいのではないかと思う点があるときには、その内容を信頼したまま出荷を停止するかの経営判断をしてはいけない、ということです。

他方で、そうした点がなければ内容を信頼して判断することが許される、ということでもあります。

最近は、社内調査だけではなく、第三者委員会が調査する事例が増えています。

第三者委員会が作成した調査報告書を信頼していいかについても、同じことが言えます。

この点は以前に記事にしたので、参考にしてください。

世の中の人たちへの公表(危機管理広報)に関する経営判断

TOYO TIRE 株主代表訴訟判決は、世の中の人たちへの公表(危機管理広報)については、以下の様に判断しました。

かかる製品を販売する企業の取締役としては、出荷済みの製品が大臣評価基準に適合しないものであった場合には、可及的速やかに国交省に報告するとともに、一般に向けてかかる事実を公表することが求められるというべきである。

大臣評価基準に係る基準違反の内容、それによる影響の程度、改修の方法及び可否等の事情が明らかでないまま不正確ないし不確実な報告・公表をした場合、かえって不必要な混乱を招くなど当該製品や当該製品を用いる建物の安全性に対する信頼を損ねるおそれもあるものの、そのような調査に要するとして長期にわたって報告・公表をしないことは通常は相当ではなく、また、基準違反の内容やそれによる影響の程度等によっては、調査の途中においても速やかに何らかの報告・公表をすべき場合もあると考えられる。

かかる製品を販売する企業の取締役の国交省への報告及び一般への公表に係る注意義務については、その地位及び担当職務を前提に、大臣評価基準への適合性についての調査の進捗状況及び内容、基準違反の内容やそれによる影響の程度、当該取締役が認識した事情等の具体的な事実関係等を踏まえて、当該時点における報告・公表に係る具体的な注意義務の有無について判断されることになると解される。

判決文82ページ以下

危機管理広報についても、裁判所は、3つのポイントに分けて判断しています。

可及的速やかに公表する

1つめのポイントは、可及的速やかに公表することです。

当たり前のように思えますが、裁判所が「国交省に報告するとともに、一般に向けてかかる事実を公表することが求められる」とした部分が大切なポイントです。

往々にして、不正が明らかになったとき企業は「監督官庁への報告義務があるから報告しないといけない」という判断になりがちです。

上場会社なら、これに加えて、「金商法や東証から開示が求められているから開示をしなければならない」という判断もしがちです。

しかし、これは単に法令上の報告義務に基づく報告や金商法や東証からの要請に基づいて株主・投資家向けの開示を行ったにすぎず、世の中の人たちに向けた危機管理広報としては何もしていません。

裁判所は、「国交省に報告するとともに」に続けて「一般に向けてかかる事実を公表することが求められる」と言及しています。

判決文の言い回しで「Aとともに、B」という言い回しをしたときには、Aは最低限行い、本当に行うべきはBである、というニュアンスを出すことがあります。

今回の判決文もこのニュアンスで理解することができます。

国交省への報告は最低限行わなければいけないのだけれど、本当に行うべきは一般(世の中の人たち)に向けて事実を公表することである、と。

こうした報告義務や東証の開示と、危機管理広報の違いについては、以前に解説したので、そちらを参考にして下さい。

長期にわたって報告・公表をしないことは通常は相当ではな

2つめのポイントは、公表のタイミングや公表する内容について言及した部分です。

判決文を再掲します。

大臣評価基準に係る基準違反の内容、それによる影響の程度、改修の方法及び可否等の事情が明らかでないまま不正確ないし不確実な報告・公表をした場合、かえって不必要な混乱を招くなど当該製品や当該製品を用いる建物の安全性に対する信頼を損ねるおそれもあるものの、そのような調査に要するとして長期にわたって報告・公表をしないことは通常は相当ではなく、また、基準違反の内容やそれによる影響の程度等によっては、調査の途中においても速やかに何らかの報告・公表をすべき場合もあると考えられる。

危機管理広報の本質やあるべき実務をこれほど理解している判決文を、初めて見ました。

私が危機管理広報の研修・セミナーで20年以上前からずっと繰り返し言っている内容を反映してくれたような内容です。

今では中古本でしか入手できない拙著「危機管理広報の基本と実践」(中央経済社)や、「リスク広報最前線」を連載している雑誌「広報会議」を読んでくれました?と訊きたいくらいです。

危機管理広報の現場で、よくある間違いが、不正に関する内部通報を受けて社内調査を行い、全容解明には時間がかかりそうだけれども全容が解明されるまでは情報を一切発信しないという対応です。

何も情報を発信しないことは、世の中の人たちからすれば「隠蔽」「公表する気がない」と映ってしまいます。

企業の立場からすれば、不正確や不確実な事実がある場合に公表するとミスリードに繋がる、かえって混乱を招く、メディアからのツッコミが厳しくて広報が対応できないので公表できないなどの思いもあるでしょう。

しかし、不正確や不確実な事実があるときには、「ここまでは明らかになっている。ここから先はまだ調査中である」「憶測や推測で説明することはミスリードになるからできない」と言明して公表すれば良いのです。

そうすれば、ミスリードや混乱を防ぐことができ、メディアからのツッコミにも回答することができます。

また、調査に時間を要するときには、経過報告などと言って、進捗状況を明らかにするだけでも構いません。

この判決が出たことによって、今後の危機管理広報の実務に良い影響が出ることを期待します。

この判決文を意識していないで「時間がかかってもいいから全容解明してから公表すれば良い」などとアドバイスをする弁護士や危機管理広報コンサルタントなどがいたら、時代に対応できていないと思うべきです。

当該時点における報告・公表に係る具体的な注意義務の有無

3つめのポイントは、「当該時点における」報告・公表に係る具体的な注意義務の有無と言及している点です。

「当該時点における」が何を意味するかというと、監督官庁に報告せず、世の中の人たちにも公表しないことが、取締役の善管注意義務違反になるかどうかは、取締役の認識・評価次第で、時々刻々と変わるということです。

例えば、今日の認識・評価なら公表しなくても善管注意義務違反にはならないけれど、1週間経過後の認識・評価なら善管注意義務違反になるかもしれない(微妙)、1か月経過後の認識・評価なら公表しなかいことは善管注意義務違反になるなどと、その時機(タイミングという意味であえて「時機」と表現します)の認識・評価次第で、公表しない判断が善管注意義務違反になったりならなかったりするということです。

TOYO TIRE 株主代表訴訟判決では、「平成26年9月16日頃の報告・公表に係る義務違反について」と「平成26年10月23日頃の報告・公表に係る義務違反について」について項立てを分けて、平成26年9月16日頃には報告義務・公表義務は負っていないとしましたが、同年10月23日頃には報告義務・公表義務違反があると判断しました。

2つめのポイントだけを抑えると、馬鹿の一つ覚えのように「社内で不正が明らかになった。すぐ公表しなければならない」と硬直的な判断しかできなくなります。

きっとそういうアドバイスをする専門家もいるでしょう。

しかし、裁判所が指摘した3つめのポイントを踏まえると、公表するのはタイミング(時々刻々と変わる認識・評価)による、という柔軟な対応をしなければならないことがわかります。

危機管理広報は、マニュアル仕事ではできません。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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