執行役員(当時)によるパワハラで、クラボウと元執行役員に約55万円の損害賠償。上司による注意、指導の限度を今一度確認する。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

2023年12月22日、大阪地裁は、クラボウの情報機器システム部部長だった執行役員(2021年6月29日に就任、9月30日に執行役員退任・情報機器システム部部長解嘱)が、2021年2月から9月にかけて、部下の従業員(当時)にパワハラとなる言動をしていたことを理由に、法人であるクラボウと元執行役員に対し、55万円の損害賠償を命じました。

上司である役員が部下の従業員に対して注意・指導することはその役職上当然できますが、注意・指導といえども裁量には限界があります。その限界を超えたこと認めた裁判例です。

なお、部下は執行役員の言動を内部通報したうえ2021年9月に退社し、転職しました。

クラボウ元執行役員の言動

MBSの報道によると、クラボウ元執行役員の部下に対する言動は以下のようなものでした。

  1. 「アホ」「ボケ」「辞めさせたるぞ」「今期赤字ならどうなるかわかっているやろな」などと日常的に発言
  2. 顧客とのWEB会議終了後に原告が座っていた椅子の脚を蹴る
  3. 原告が新入社員を指導していた際、WEB会議システムを通じて新入社員の目の前で「こいつらは無能な管理職だ。こんな奴らに教育されてかわいそうだ」などと発言
  4. 電話が出るのが遅かった際に「自分からかかってきた電話は3コール以内に出ろ」と叱責

裁判所が、違法なパワハラと認定したのは1〜3です。4は「注意や指導のための言動として、社会通念上許容されるものというべき」と違法性を否定しました。

上司による注意・指導の限界とパワーハラスメント

パワーハラスメントは、

  1. 職場において行われる
  2. 優越的な関係を背景とした言動であって、
  3. 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、
  4. 労働者の就業環境が害されるもの

と定義されています(労働施策総合推進法第30条の2)。

取締役・執行役員など上司による注意・指導が「業務上必要かつ相当な範囲」内なら適法なものですし、「業務上必要かつ相当な範囲」を超えれば違法なパワーハラスメントです。

クラボウのケースでは、裁判所は「電話は3コール以内に出ろ」だけが社会通念上許容されると判断しています。

この発言だけが「業務上必要かつ相当な範囲」内と評価され、その他の言動は「業務上必要かつ相当な範囲」外と評価された、と理解できます。

では、具体的にどの程度の注意・指導が「業務上必要かつ相当な範囲」の内・外なのでしょうか

これが争われた裁判例の一つが、東芝府中工場事件です。

東芝府中工場事件(東京地八王子支判1990年2月1日)

事案の概要

東芝府中工場事件は、次のような事案です。

東芝府中工場の製造長Yは、部下のXに対して次のような注意・指導をしました。

  1. Xが使用した機具を危険な状態で放置したまま退社したので、Yは安全衛生の観点から注意し反省文の提出を求めた。
  2. Xが危険な方法で機具を使用していたので、Yは現場で再三注意したものの、改善しなかったので反省文の提出を求めた。
  3. Xは電話で年休申請を行おうとしたが、Yは、年休申請は上司に対し直接行うものと考えており、Xに対し反省書の提出を求めた。なお、他の社員も電話で行っていた。
  4. Xが終業時間前に早々と作業を切り上げ片付けを行うことがあったが、YはXの勤務態度が他の社員に対して悪い影響を与える恐れがあるとし、 Xに片付けを再現させ、その時間等を計るなど求めた。

Xは、Yの指導監督権の濫用によって心因反応を起こし欠勤したことを理由に、欠勤中の賃金と慰謝料を請求しました。

裁判所は、会社と製造長Yが連帯して15万円の損害賠償を命じました。

裁判所の判断

裁判所は、15万円の損害賠償を認める前提として、まず、一般論として、

「(上司には)その所属の従業員を指導し監督する権限があるのであるから、その指導監督のため、必要に応じて従業員を叱責したりすること・・それ自体は違法性を有するものではない。しかしながら、(上司の)行為が右権限の範囲を逸脱したり合理性がないなど、裁量権の濫用にわたる場合は、そのような行為が違法性を有するものと解すべき」

「製造長は部下である従業員に対し、個々の従業員の個性、能力等に応じて、適切な指導監督を行うべきであるから、ある従業員に対して他の従業員と別異に取り扱うことがあることは当然のことである。しかし、別異に取り扱うことが合理性のない場合には、別異の取り扱いは違法性をもつものと解される。」

との基準を示しました。

パワーハラスメントの基準である「業務上必要かつ相当な範囲」を「裁量権」と表現しています。

その上で、Yによる1と2は合理性があると判断しましたが、3と4は目的は合理性があるが、執拗に反省文の提出を求めたり、後片付けの再現行為は、「一連の指導に対するXの誠意の感じられない対応に誘引された苛立ちに因るものと解されるが、いささか感情に走りすぎた」として裁量権の濫用を認めたのです。

注意・指導の目的の合理性は認めつつも、「苛立ちに因るもの」「いささか感情に走り過ぎた」との上司の主観を理由に裁量権を濫用していると判断しました。

裁判所は、裁量権の濫用を判断するにあたって、注意・指導が第三者にどう見えるかといった客観的な部分だけではなく、上司の主観にも着目している点が特徴的です。

挑発的な従業員の責任

なお、東芝府中工場事件の上司が苛立ち、感情に走った原因は、部下のXの言動にあるようです。

判例は、

  • 「Xは労働者として仕事に対し真摯な態度で臨んでいるとは言いがたい」
  • 「叱責に対して真面目な応答をしなかった」
  • 「Yの言動を取り違えて応答するなどの不誠実な態度も見られ」
  • 「Yの過度の叱責や執拗な追及をX自ら招いた面もあることが否定できない」

と、部下Xの問題点も指摘したうえで、損害賠償の額を15万円に減額しています。

Xは弁護士への報酬なども支払っているでしょうから、おそらく、Xは赤字だろうと思います。裁判所は、挑発的な態度をとっていた従業員には利益を与えないと考えたのではないでしょうか。

上司による注意・指導の限界

最近では、注意・指導される部下の方が「不快だ」と感じると、なんでも「ハラスメント」と主張するケースが目立っています。

今一度過去の裁判例を理解しなおし、

  • 役員を含む上司は指導監督のために必要に応じて叱責できる
  • 部下の個性、能力に応じて別異に取り扱うことができる(全員を平等に扱わなくてもいい)
  • ただし、裁量権の濫用や合理性が認められる「方法」で注意・指導すること
  • 注意・指導の目的など「主観面」にも合理性があること(感情優先に走らないこと)

を意識していただければと思います。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。