大正製薬がリポビタンシリーズに関する広告契約でお気持ち表明。契約で競合・競業を法的禁止できる範囲と、広報の目的。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

大正製薬が、2023年8月4日に、リポビタンDの広告宣伝に起用していた三浦知良選手(カズ)を「錠剤」の広告にも起用しようとしたところ、カズの広告出演を管理しているハットトリックがこれを拒否し、サントリーウエルネスの錠剤タイプの健康食品の広告宣伝に出演することへのお気持ちを表明するリリースを公表しました。

広告宣伝に限らず、企業が取引先との契約に競合・競業禁止条項を定めることはよくあります。

リリースによると、大正製薬は、他社への広告出演は禁止されていると訴訟で争った末に、契約書に「錠剤」が広告の対象として含まれていなかったことを理由に敗訴したようです。

今回は、競業禁止条項の効力、特に競業を禁止できる範囲について、過去の裁判例に照らして再確認します。また、大正製薬がこうしたお気持ちを表明するリリースを出した広報の目的についても推考します。

競業禁止条項によって競業を禁止できる範囲

過去の裁判例を見ると、裁判所は、競業を禁止できる範囲は限定的に解釈する傾向にあります。競業禁止と同趣旨の守秘義務・秘密保持義務についても同様です。

メットライフアリコ生命(アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー)事件(第一審;東京地判2012年1月13日、控訴審;東京高判2012年6月13日)

アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー(その後、メットライフアリコ)の執行役員(当時)が2009年6月30日に退職し、翌7月1日にマスミューチュアル生命保険に転職し取締役執行役員副社長になったため、アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニーが、退職後2年間、地域を問わず同業他社への転職を禁ずる競業避止義務に違反することを理由に、退職金約3037万円を支給しなかったケースがありました。

元執行役員が競業避止義務の無効性を主張し、退職金全額の支給を求めたところ、裁判所は、これを認めました。

控訴審は、競業禁止条項の効力について、

被用者等にこれを避止すべき義務を定める合意については、雇用者ないし委任者(以下「雇用者等」という。)の正当な利益の保護を目的とすること、被用者等の契約期間中の地位、競業が禁止される業務、期間、地域の範囲、雇用者等による代償措置の有無等の諸事情を考慮し、その合意が合理性を欠き、被用者等の上記自由を不当に害するものであると判断される場合には,公序良俗に反するものとして無効となる

との一般的な規範を示した上で、

  • 人脈、交渉術、業務上の視点、手法等程度のノウハウの流出を禁止とすることは、正当な目的とはいえない
  • 顧客情報の流出防止を、競合他社への転職を禁止することで達成しようとすることは、目的に対して、手段が過大である
  • 在籍時と同事業の営業に留まらず、生命保険会社への転職自体を禁止することは、それまで生命保険会社で勤務してきた退職者への転職制限として広範すぎる

として、競業避止義務を定めた条項を無効と判断しました。

競業を禁止できる範囲

この裁判例の中で実務的に参考になるのは、最後の「在籍時と同事業の営業に留まらず、生命保険会社への転職自体を禁止することは、それまで生命保険会社で勤務してきた退職者への転職制限として広範すぎる」とした部分です。

競業禁止の範囲を、その会社の業種で制限するのではなく、それでは広範すぎるとして、実際に担当していた業務の範囲でのみに限定する考えを示唆しました。

大正製薬とカズ(ハットトリック)の場合

メットライフアリコ生命事件は、会社と被用者である執行役員との契約での競業禁止条項の効力が問題になったケースです。

しかし、メットライフアリコ生命事件で示された考え方は、会社と取引先との契約での競業禁止条項の効力を考える際には参考になります。

どちらかといえば、資本主義社会では、取引先のほうが他のいろいろな会社と取引する余地が認められるべきです。例えば、独禁法は「不公正な取引方法」として、競争者との取引妨害、つまりはライバル会社との取引をさせないことを禁止しています(2011年6月9日にはDeNAが公正取引委員会から排除措置命令を受けたケースもあります)。

そうだとすると、会社と取引先との契約での競業禁止条項の効力は、メットライフアリコ生命の裁判例に比べて、より制限的に解釈されてもおかしくありません。

今回の大正製薬とハットトリックとの訴訟で、裁判所が契約には「錠剤」が含まれていなかったとして競合禁止義務に違反していないと判断したことも、過去の裁判例の延長として考えると合点がいく判断です(もちろん、それ以外にも代替措置や競合・競業禁止条項の期間なども裁判所は考慮したとは思いますが、裁判例がまだ公開されていないので何とも言えません)。

お気持ちを表明したリリースの広報としての目的

大正製薬は、裁判では負けたにもかかわらず、お気持ちを表明するリリースを公表しました。

リリースの内容を精査すると、単に裁判所の判断と他社への不服を述べるだけではなく、

  • 長期間起用したことで広告対象商品のイメージを作り上げてきたこと
  • 他社には出演しないことを前提として高額な契約金を支払ってきたこと

が裏切られた思いが全面に出ています。

要するに「義」です。

現在、コンプライアンスと言うときには単なる法令遵守ではなく、消費者・取引先、株主・投資家、世の中の人たち(社会)、従業員の期待、要請に応える本来の意味でのコンプライアンスが浸透しています。企業の社会的責任(CSR)が求められるのも、この一貫です。

法令には違反していない(裁判所では勝つ)かもしれないけれど、「義」を欠く、つまりは、本来の意味でのコンプライアンスに違反する、企業の社会的責任に違反する。大正製薬が表明したリリースは、そういうことを伝えたいのではないか、と推考できます。

大正製薬の経営理念を公式サイトで見ると、

  • 使命(ミッション)には「健康と美を願う生活者に納得していただける優れた医薬品・健康関連商品、情報及びサービスを、社会から支持される方法で創造・提供することにより、社会へ貢献する」とあり
  • 経営方針(ビジョン)には「得意先・取引先に対して、公正で合理的な関係を築き、これを維持する」とあり
  • 行動規準(バリュー)には「高い倫理観」「正直、勤勉、熱心」が挙げられています。

これらを見ると、今回のリリースは、これらの経営理念に基づいたものであると理解することもできます。

SNSを見ると賛否両論ありますが、最終的には、自分の価値観に合うか、合わないか、という人生観の問題かもしれません。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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