山形県米沢市の中学生が部活からの帰宅途中に熱中症の疑いで死亡。従業員が熱中症になった場合だとしたら会社・取締役に責任はあるのか、を考える。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

2023年7月28日、山形県米沢市の中学生が部活からの帰宅途中に熱中症の疑いで搬送され死亡する痛ましい事故が発生しました。

この事例を会社に置き換えてみましょう。従業員が仕事帰りに熱中症で死亡したとき、会社・取締役に責任はあるのでしょうか。

従業員に対する安全配慮義務と安全配慮「体制」構築義務

会社・取締役は、従業員が業務によって生命・身体を損なわないようにする安全配慮義務を負っています。

この安全配慮義務は漠然と配慮していればよい義務だけに留まらず、生命・身体を損なわない「体制」を構築すべき義務と裁判例では考えられています(日本海庄や事件。第一審;京都地判2010年5月25日、控訴審;大阪高判2011年5月25日、上告審;最判2013年9月24日)。

「体制」の構築なので、これは、取締役・取締役会の内部統制整備義務に関わる問題です。

したがって、従業員が熱中症によって死亡したとき、障害を負ったときには、会社は法人として安全配慮義務違反としての責任を負い、同時に、取締役・取締役会は安全配慮義務違反と同時に安全配慮体制整備義務違反としての責任も負うということです。

要は、「汗をかいたら飲め」「なるべく日陰で過ごして熱中症に気をつけて」などと漠然とした注意喚起をしていても、熱中症を予防するための組織・環境、ルールなどを作っていなければ、責任を免れないということです。

会社、取締役に求められる安全配慮の程度・水準

では、熱中症を予防するための組織・環境、ルール作りは、どの程度・水準が求められているでしょうか。

大阪中学生バドミントン部事件

市立中学1年生がバドミントン部の部活動中に熱中症になり脳梗塞を発症したために、国家賠償法に基づいて市に損害賠償を請求し、認められたケース(第1審;大阪地判2016年5月24日、控訴審;大阪高判2016年12月22日)では、

  • 日本体育協会の熱中症予防指針が、気温を把握した上で運動の中止等の配慮するように求めていたこと
  • 中学校長は、体育館内に温度計を設置し、顧問教諭が気温に応じた対応をとることができるようにすべき注意義務があったこと
  • 事故当時、体育館内の気温は、運動は原則中止とされる環境に近かったこと
  • 事故が起きた体育館内には温度計が設置されていなかったため、顧問教諭が気温に応じた対応をとることができなかったこと

などを理由に、中学校長の安全配慮義務違反を認めています。

今回の山形県の中学生のケースで、部活前に暑さ指数の測定をしていなかったなどが報じられているのは、この裁判例を踏まえて安全配慮義務違反を問題にしているから、と理解することができます。

会社・取締役が負っている安全配慮義務・安全配慮体制構築義務の内容

大阪中学生バドミントン部事件を参考にすれば、会社・取締役も、

  • 職場における熱中症予防のために厚労省が出している指針に従って熱中症予防対策を講じるべき注意義務・体制の構築義務がある
  • 厚労省の指針や社内の規程に従っていないときには安全配慮義務違反、体制構築義務違反があった

と考えることができます。

危機管理の観点から言えば、少なくとも、今回の山形県の中学生のケースを見て、社内に熱中症予防に対する注意喚起をすることは必要です。

危機管理であると同時に、安全配慮義務に基づく注意喚起と言えます。

これは人事部に任せておけば良いのではなく、取締役・取締役会の責任で行うべきものです。

少なくとも、人事部に対して「山形県の中学生のケースを紹介しながら、社内に熱中症予防の注意喚起をするように」との具体的な指示をすることが取締役・取締役会に求められます。

職場における熱中症予防のための厚労省の指針

職場における熱中症予防のために、厚労省は、「職場における熱中症予防基本対策要綱」(令和3年4月 20 日付け基発 0420 第3号)との通達を発し、この通達に基づいて会社が基本的な熱中症予防対策を講ずるように、「働く人の今すぐ使える熱中症ガイド」「職場における熱中症予防情報」のウエブサイトを作り情報を発信しています。さらに、毎年、「STOP!熱中症 クールワークキャンペーン」実施要綱をも公表しています。

したがって、会社・取締役会は「職場における熱中症予防基本対策要綱」や「クールワークキャンペーン実施要綱」に従って、熱中症予防のための体制構築、具体的な対策をしなければならない義務を負っている、と理解することができます。

具体的に何をすべきかについて以前書きましたので、そちらを見てください。

厚労省が出している要綱の内容に照らして、自社では熱中症予防対策を何も行っていない、行っているけれども不十分であると認識したにもかかわらず、社内体制・仕組みをアップデートしなかった場合には、いざ熱中症予防が社内で発生したときに、会社・取締役は熱中症予防に対する安全配慮義務・安全配慮体制構築義務を果たしていなかった責任を負うことになるので、注意してください。

まとめ

取締役・取締役会は世間で起きている事故や不祥事を「大変だな」と眺めるのではなく、自社や自分自身の役割に置き換えて考える癖を付けてみてください。

それが危機管理ができる取締役・取締役会への第一歩です。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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