2025年6月1日から職場における熱中症対策が義務化。熱中症対策には取締役の責任(安全配慮義務、安全配慮体制構築義務)が生じる。体制整備、手順作成に必要な程度・水準は。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

職場における熱中症対策の義務化

労安衛規則改正以前から熱中症対策は課題

厚生労働省が労安衛規則を改正し、2025年6月1日より、「職場における熱中症対策」が一定の条件下で義務化されました。

このブログでも過去に安全配慮義務・安全配慮体制構築といった取締役の責任の観点から熱中症対策が必要であることを何度か指摘してきました。

これが法制化された形です。

厚労省による情報発信

熱中症対策義務化のポイントは、厚労省が作成した「職場における熱中症対策の強化について」と題するパンフレットや、リーフレットにまとめられています。

また、厚労省、環境省、気象庁、消防庁が出している情報も、厚労省がまとめサイトを作成しているので、そこで確認ができます。

熱中症対策に関する一般的な情報提供はこれらのサイトに委ね、このブログ記事では取締役の責任という観点からまとめたいと思います。

熱中症対策義務の内容

熱中症対策義務化として企業に課された義務内容は、大きく分けると以下の2点です。

  • 体制整備と関係者への周知
  • 手順の作成と関係者への周知

どちらにも共通しているのが、体制整備、手順作成に留まらず、関係者への周知まで義務づけていることです。

取締役の安全配慮義務、安全配慮体制構築義務との関係

今回の労安衛規則改正以前から、会社・取締役は、従業員が業務によって生命・身体を損なわないようにする安全配慮義務を負っています。

安全配慮義務という言葉だけを見ると、漠然と配慮していればよい義務のように誤解されがちです。

しかし、判例では、会社は安全配慮義務を負い、取締役・取締役会は生命・身体を損なわない「体制」を構築すべき義務を負うとされています(日本海庄や事件。第一審;京都地判2010年5月25日、控訴審;大阪高判2011年5月25日、上告審;最判2013年9月24日)。

この前提があるうえで、今回、労安衛規則改正により熱中症対策が義務化されました。

すなわち、熱中症対策のための体制整備、手順作成、それらの関係者への周知は、取締役の安全配慮義務、安全配慮体制構築義務の内容に含まれるのです。人事部任せにして済む問題ではなく、取締役・取締役会が自らの責任として行わなければならないのです。

言い方を変えれば、仮に熱中症対策のための体制整備、手順作成、それらの関係者への周知のいずれかが不十分で、従業員が熱中症になり生命・身体を害したときには、会社だけでなく取締役・取締役会がその従業員に対して賠償責任を負う、ということです。

熱中症対策として求められる体制整備、手順作成、関係者への周知の程度・水準

熱中症対策のための体制整備、手順作成、関係者への周知は、ただなんとなくやればいいわけではありません。

山形バドミントン事件判決

市立中学1年生がバドミントン部の部活動中に熱中症になり脳梗塞を発症したことについて市の損害賠償責任が認められたケース(第1審;大阪地判2016年5月24日、控訴審;大阪高判2016年12月22日)では、

  • 日本体育協会の熱中症予防指針が、気温を把握した上で運動の中止等の配慮するように求めていたこと
  • 中学校長は、体育館内に温度計を設置し、顧問教諭が気温に応じた対応をとることができるようにすべき注意義務があった
  • 事故当時、体育館内の気温は、運動は原則中止とされる環境に近かったこと
  • 事故が起きた体育館内には温度計が設置されていなかったため、顧問教諭が気温に応じた対応をとることができなかったこと

などを理由に、市の責任を認めました。

この裁判例を参考にすれば、国(厚労省)や都道府県などが熱中症対策のための方針を定めているときには、企業、取締役・取締役会はその方針とおりの対策を講じる義務を負っている、と理解することができます。

詳しくは、以前に書いたブログを参考にしてください。

厚労省が求める熱中症対策の体制整備、手順作成、関係者への周知の例

今回の労安衛規則改正に伴い作成したパンフレットの2ページで、厚労省は「職場における熱中症予防基本対策要綱に基づく取り組み」を紹介しています(以下、スクショにて引用)。

「職場における熱中症予防基本対策要綱」には、「熱中症予防対策」がより詳細に定められています。

先に紹介した山形バドミントン事件判決を参考すれば、厚労省が「職場における熱中症予防基本対策要綱」にて例示した内容に基づく熱中症対策に取り組むことが、会社、取締役・取締役会にとっての最低限の体制整備と関係者への周知であると言えましょう。

また、「熱中症予防基本対策要綱」には、「救急措置」として「緊急連絡網の作成及び周知」についても定められています。これは、「手順の作成」の一内容とも言えます。

体制整備、手順作成、関係者への周知のコツ

体制整備、手順作成をする際によくあるのは、人事・総務・法務などの部門が机上の空論で体制整備、手順作成をするケースです。

整備した体制や作成した手順が机上の空論かどうかは、それらを整備・作成した後に、具体的な仮想事例を前提に、「誰が」という個人レベルで社内の人を思い浮かべながらシミュレーションをすることで確認してください。

私がいろんな会社から危機管理体制についての整備について相談を受けたり、社内で作成した規程案やマニュアル案のチェックを依頼されたときに必ず行ってもらうのが、このシミュレーション作業です。

シミュレーションをしてみたら自社にあてはめてみたら該当者がいない、判断する人や判断基準が定まっていない、該当者や該当部門はあるけれどその人たちに連絡するルートやタイミングが体制・手順から抜け落ちている、部門は決まっているけれど誰がやるのかまでは絞れていないなど、気づかなかった部分がたくさん見つかります。

熱中症についても色んな事例を仮想してシミュレーションすると体制整備、手順作成が十分な内容であるかを確認できると思います。

また、安全配慮義務、安全配慮体制構築義務の観点から考えたときに必要なのは熱中症対策だけではありません。

毎年のようにゲリラ豪雨や台風での帰宅困難者が現れます。

そうした帰宅困難な自体による健康危害が生じないようにすることも、会社、取締役・取締役会の安全配慮義務、安全配慮体制構築義務です。

それらの自然災害への対策も怠らないようにして下さい。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。

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