日本証券業協会が11月から顧客情報の持ち出しを禁ずるルール改正案を公表。秘密保持契約、競業禁止契約、不正競争防止法など現行の情報管理に関するルールでは不都合な部分があることを再確認する。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

日証協が、2023年6月20日、証券会社の役職員が転職する際に顧客情報を持ち出すことを禁止するルール案(2023年11月1日施行予定)を公表しました。

今回は、従来の就業規則や情報管理規程、秘密保持契約・競業禁止契約、不正競争防止法・個人情報保護法では顧客情報の持ち出しは規制しきれないのか(なぜ顧客情報の持ち出しをルールに追加する必要があるのか)について解説します。

日本証券業協会の新しいルール案の概要

日証協の案によると、証券会社の役職員の禁止行為に追加を予定しているのは以下の5つです。

  1. 退職時に顧客情報を返却・消去しない
  2. 顧客情報の不正取得
  3. 返却・消去しなかった顧客情報と不正取得した顧客情報の使用禁止
  4. 他者から提供を受けた顧客情報が、返却・消去しなかった顧客情報と不正取得した顧客情報であると知ったうえで使用することの禁止
  5. 顧客情報の漏えい

「職務上知り得た秘密の漏えい」を禁止する従来のルールに禁止行為を追加するものです。

金融商品仲介業者の外務員又は個人金融商品仲介業者も同じです。

従来の顧客情報の持ち出し禁止に関するルール

証券会社を含め事業会社の多くは、以前から、転職時に顧客情報を持ち出すこと、漏えいすることや転職後に顧客情報を利用した営業活動を行うことを禁止していました。

その方法は、

  • 就業規則、情報管理規程など社内規程に定める
  • 従業員と秘密保持契約、競業禁止契約(競業避止義務契約)を結ぶ
  • 不正競争防止法で差し止める、損害賠償請求する

などが一般的です。

しかし、これらの方法には以下のような課題もあり、実際には顧客情報が持ち出されているのに見逃されているケースも少なくありません。

就業規則・社内規程の課題

就業規則は労使契約における労働条件を規律するためのルール(普通契約約款)なので、労使関係があることが前提です。退職者には就業規則の効力は及びません。

情報管理規程など社内規程も退職者には効力が及びません

そのため、就業規則で顧客情報の持ち出しを禁止しても、退職者には、就業規則違反、社内規程違反で責任追及が難しいという問題がありました。

就業規則違反、社内規程違反で懲戒処分することはできても、退職者に損害賠償請求することはできません。

最近でも、退職を申し出た従業員が、他社へ転職する直前の時期に、社内システムの仮想デスクトップ上領域に保存していたフォルダ及びBoxに保存していたExcelファイルを、社外のクラウドストレージの自身のアカウントにアップロードした行為について、就業規則所定の「職務上知り得た被告会社及び取引関係先の機密情報、会社の文書、帳簿、電子データ等を不正に目的外に利用する行為」「任務違背行為」に該当する、社内ルール違反に違反するとして懲戒処分の有効性を認めたケースならあります(東京地裁2022年12月26日)。

秘密保持契約、競業禁止契約(競業避止義務契約)の課題

従業員と退職後にも守秘義務を負わせる内容の秘密保持契約や競業禁止契約(競業避止義務契約)を結んだにもかかわらず、退職後に顧客情報を持ち出していることが確認できた場合や退職者が顧客情報を利用して転職先で営業活動をしていることが明らかになった。

これらの場合に、顧客情報を持ち出された会社が、秘密保持契約違反、競業禁止契約(競業避止義務契約)違反で退職者に損害賠償請求や差止請求することは、頻繁にあります。

しかし、退職者が持ち出された顧客情報を転職先の会社など第三者に提供したか、転職先で顧客情報を利用して営業活動しているかは、調査することすら難しいのが現実です。

また、秘密保持契約や競業禁止契約を結んだ場合でも、裁判所が「秘密」とする対象や「競業禁止」の内容が一般的・抽象的であることなどを理由に守秘義務の範囲を限定したり、秘密保持契約、競業禁止契約の有効性を否定することがあります。

以下のような裁判例があります。

就業規則、機密保持契約の「機密」が限定解釈された裁判例

自動車の外装リペア事業と内装リペア事業をフランチャイズ展開していた会社では、就業規則に機密事項を退職後に利用しないことを定め、在職中及び退職時に機密保持契約を締結していました。にもかかわらず、退職者が自ら外装リペア事業と内装リペア事業を行ったため、会社が損害賠償請求、差止を求めたケースがあります。

しかし、裁判所は、「秘密」となる対象(機密事項)には、在籍していた会社以外の者からも容易に得られるような知識又は情報は、これに含まれないと限定解釈し、退職者による事業が秘密保持義務に違反しないことを認めました(東京高判2009年5月27日)。

在籍していた会社以外の者からも容易に得られる知識・情報なのかは立証や争い方が難しいと思います。

知識・情報だけあっても、それをビジネスに落とし込む、実際に実施できる形にするためには、相当程度ノウハウも必要だと思います。例えば、公開されている特許の内容を見たとしても、その特許を実施できるとは限らないのと同じです。

そのような隠れたノウハウが必要な場合には、それこそが「秘密」として保護したい情報だと思います。

同業他社への競業避止義務が無効とされた裁判例

生命保険会社を退職した者が同業の生命保険会社に転職したケースでは、在職中、生命保険会社のノウハウや顧客情報が流出するのを防止するために同業他社への競業避止義務を課していました。

しかし、裁判所は、

  • 人脈、交渉術、業務上の視点、手法等程度のノウハウの流出を禁止とすることは、正当な目的とはいえない
  • 顧客情報の流出防止を、競合他社への転職を禁止することで達成しようとすることは、目的に対して、手段が過大である
  • 在籍時と同事業の営業に留まらず、生命保険会社への転職自体を禁止することは、それまで生命保険会社で勤務してきた退職者への転職制限として広範すぎる

として、競業避止義務を定めた条項を無効と判断しました(メットライフアリコ生命事件。第一審;東京地判2012年1月13日、控訴審;東京高判2012年6月13日)

同業他社への転職を禁じている競業禁止契約が多いので、この判例は実務への影響は大きいと思います。

特に同業種で転職を繰り返している人は、同業他社への転職を禁じられると、次の転職先が見つからないことにもなりかねません。

この判例は、あくまでも転職禁止として制限できるのは同事業同業務への転職だけで、同業他社そのものへの転職は許されるとしています。

もっと注目されていい裁判例だと思います。

就業規則、誓約書の「機密」「業務上の秘密」が限定解釈された裁判例

廃プラスチックのリサイクル業を営んでいた会社から退職した者がその翌日に同業他社を設立し、ほかの2名の退職者も就職し、廃プラスチックのリサイクル業を営んだケースでは、就業規則で「機密」に関し、誓約書で「業務上の秘密」に関する守秘義務を課していました。

しかし、裁判所は、不正競争防止法上の「営業秘密」と同義に解する必要はないとしつつも、

  • 情報が,当該企業において明確な形で秘密として管理されていることが最低限必要
  • 未だ公然と知られていない情報であることは不可欠な要素である

として、秘密管理性及び非公知性の要件が必要としました(東京地判2012年3月13日)。

この裁判例は、就業規則や秘密保持契約・競業禁止契約に定める「秘密」というためには、秘密管理性と非公知性の二要件を必要とすることを示した点で、会社が保護できる範囲を狭めています。

これが先例になるかはわかりません。しかし、漠然と「退職後に「秘密」を自ら利用または第三者に開示、提供、漏えいしてはならない」などと定めると、このような要件が加重される余地があることを示した点では注目すべき裁判例です。

このような要件が加重されないためには、できる限り、秘密の内容を具体的に例示列挙しておくことが望ましいと思います。

不正競争防止法の課題

転職者が顧客情報を持ち出し、転職先で顧客情報を利用して営業活動をしている場合には、不正競争防止法を理由に損害賠償請求、差止請求することもできます。

不正競争防止法を理由に主張するためには、顧客情報が、有用性、非公知性、秘密管理性の3つの要件を充たして「営業秘密」に該当することが必要です。

しかし、3つの要件のうち秘密管理性の要件が認められるハードルが高いため、秘密管理性が認められずに「営業秘密」に該当しないと判断されるケースは少なくありません。

「営業秘密」の秘密管理性については、経産省の営業秘密管理指針に詳しく説明されています。

現行の日証協の規則

現行の日証協の規則でも「職務上知り得た秘密の漏えい」を禁止するルールは存在しています。

しかし、禁止していたのは「漏えい」なので第三者の存在が必要です。持ち出しただけの場合は含まれません。

顧客情報の不正持ち出しなど現行の規則では処分しきれない行為が増えてきたこともあり、今回の禁止行為を追加することになりました。

詳しくはワーキンググループの報告書に記載されています。

まとめ

証券会社以外の事業会社は、就業規則・情報管理規程などの社内ルール、秘密保持契約・競業禁止契約などの契約、不正競争防止法・個人情報保護法の三本柱で情報を保護していく必要があります。

しかし、従来の情報管理の方法には不便なところ、ハードルが高いところなども多々あります。

不便な部分、ハードルが高い部分を知ったうえで、適切な情報管理ができるように対処することが望ましいです。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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