ニデックが中間配当・自己株式の有償取得で288億円の分配可能額規制違反。原因は「担当役職員の知識不足・認識不足」だけではないはず。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

ニデック株式会社(旧日本電産。愛知県にある株式会社ニデックとは無関係)が、

  • 2022年10月24日の取締役会で決議した1株あたり35円の中間配当全額約201億円
  • 2022年9月1日から2023年3月31日までに実施した自己株式の有償取得のうち約87億円

が会社法の分配可能額規制(財源規制)に違反していたことについて、外部調査委員会の調査報告書を2023年6月16日に公表しました。

ニデックは2023年6月2日に分配可能額規制違反が判明し、外部調査委員会を設置していました。

分配可能額規制違反に違反した原因について、調査報告書は、役職員の知識不足・認識不足などを挙げています。でも、本当の原因は、内部統制にあるのではないか?という疑問です。

ニデックの調査報告書が挙げた原因

ニデックの調査報告書は、分配可能額規制に違反した原因として、以下の点を挙げています。

  1. 担当役職員における知識、認識及び確認の不足
  2. 担当部署における確認体制の不備、担当者交代時の情報共有不足
  3. 財務部と経理部の連携不足
  4. 分配可能額に対する社内の関心の低さ
  5. 取締役による慎重な確認の不足
  6. PwC京都監査法人による指摘がなかった

本当に知識、認識が不足していたの?という疑問

調査報告書では1の知識不足、認識不足の点について、

特に、本件自己株式取得に関する業務を担当していた財務部のリスクマネジメントグループ長は、自己株式の取得に分配可能額規制が適用されることを認識していなかった。また、財務部の部長(部門長)や担当執行役員においても、自己株式の取得に分配可能額規制が適用されることを認識しておらず、結果として、本件自己株式の取得枠に相当する自己株式を取得した場合に分配可能額がマイナスとなるか否かについての確認が一切なされないまま、本件自己株式取得の枠の設定が行われていた。

調査報告書9ページ

と記載されています。

これを読んだとき「本当か?」と疑問に感じました。

というのも、資本充実・維持の原則の観点から、配当や自己株式の有償取得での分配可能額規制は、基本中の基本だからです。

思わず、「そんなマイナーは知識だったかな?」と複数の会社法の基本書を確認してしまいましたが、どの基本書でもきちんと項目を立てて分配可能規制について解説されていました。

調査報告書では

ニデック社では、財務部及び経理部の担当役職員に対して自己株式取得又は配当に係る業務についての研修や勉強会等は特段実施されておらず、分配可能額規制に関する知識の習得が役職員個人の対応に依存していたことも、上記のような知識不足・理解不足を招いた原因であるといえる。

とも記載されていました。

仮に知識の習得を個人任せにしていたとしても、財務・経理部門が一人に依存しているならともかく、財務部と経理部に部署が分かれ、それなりに人数がいるであろう組織で全員が知識・認識不足ということがありうるのでしょうか。

内部統制が機能していなかったことこそ本当の原因

調査報告書が挙げている2〜5の項目は、要するに、社内の内部統制が機能していなかったことを示しています。

機能していなかった原因の一つとして、

財務部では、自己株式の取得に分配可能額規制の適用があること(自己株式を取得するにあたり分配可能額を確認する必要があること)について、本件自己株式取得が決定された当時の担当者の前任及びその前の担当者は認識していたものの、この点を記載した業務マニュアル等は作成されていなかった

(中略)

経理部においては、退職等による担当者の交代が頻繁に生じていたという事情に鑑みると、分配可能額チェックリストを機械的に運用するに止まらず、分配可能額規制そのものの理解を具体的に記載した業務マニュアル等が作成されて然るべきであったものと考えられる。

と指摘されています。

しかし、中間配当と自己株式の有償取得は、財務部と経理部の担当者、その上司・管理職、各部の担当執行役員、両部署の統括執行役員、取締役会と複数のプロセスを経て決議され、実行されるはずです。

その過程で誰気がつかなかったのは、業務マニュアルやチェックリストがあったかどうかが原因ではありません。マニュアルやチェックリストがあるかどうかにかかわらず、「試しに検算してみよう」と思う人すらいなかったというなら、内部統制の怠慢です。

私も株主総会の招集通知案のチェックを依頼されることも多々ありますが、マニュアルやリストなどなくても、自己株取得や減資の場合などは数字があっているかどうかくらいは確認します。

調査報告書には記載されていませんが、「中間配当をする/自己株式の有償取得する」など経営者が方針・方向性を決めたときには、その後の正式な社内手続の過程で、誰も確認したり異議を唱える気さえ起きなくなる社内風土や組織の問題があるのでしょうかね・・。

内部統制整備義務違反についての取締役の責任という観点からも気になります。

分配可能額規制に違反したときの責任

分配可能額規制に違反した中間配当や自己株式の有償取得を取締役会で決議したときには、業務執行取締役、取締役会議案提案取締役、議案に賛成した取締役は、会社に対し、連帯して、当該金銭等の交付を受けた者が交付を受けた金銭等の帳簿価額に相当する金銭を支払う義務を負います(会社法462条柱書・1項1号ロ・6号ロ、会社計算規則159条2号イハ・8号イハ、161条)。

リソー教育事件

各取締役が分配可能額規制違反の責任を免れるためには、「職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明」することが必要です(会社法462条2項)。責任があることが原則で、証明できたときに例外的に免責(証明に失敗すれば責任あり)、です。

では、「注意を怠らなかった」と証明するためには、どの程度の証明が必要でしょうか?

前例として、不正会計により分配可能額規制に違反する剰余金配当をした代表取締役の責任が問われた事件があります(リソー教育事件判決(東京地裁2018年3月29日)

このケースは、

  • 2007年に不正会計が発生したことをきっかけにシステムを新しく設計・整備した
  • 取締役2名の指示・黙認のもと新システムでも対処できない手法で不正会計が行われた
  • 内部告発にも取締役が虚偽の報告をした
  • 代表取締役が不正会計の事実を知らないまま、分配可能額規制に違反する剰余金配当が行われた

という内容です。

裁判では、不正会計についての監視義務違反、内部統制整備義務違反、分配可能額規制違反の剰余金配当をしたことの責任の両方が争点となりました。

裁判所は、分配可能額規制違反の剰余金配当の責任については、上記の前提事実に加え、

  • もともと公認会計士や税理士の資格を有する3名の社外監査役を含む4名の監査役が監査業務に当たっていた
  • 財務諸表等について会計監査人による監査が行われていた
  • 2008年2月期以降、2007年の不正計上の再発防止委員会の委員を務め,新システムの設計にも助力した監査法人が新たな会計監査人となった
  • 新たな会計監査人である監査法人への監査業務の引継ぎは円滑に行われ、代表取締役は同監査法人から監査に問題があるなどの報告を受けたことがなかった
  • 売上高等を確認する機会として教室別の経営分析会議が開催されていたものの、会議で報告された売上高等の数値は改ざんされたものであった
  • 代表取締役は不正会計の指示・黙認をしていた取締役に財務会計を含む管理業務を任せ、新規事業の立ち上げに注力していた

という事情を加味して、

被告(代表取締役)が、監査役会や監査法人の監査を経た財務諸表等に基づいて作成された配当議案等に経理上の不正があることを発見することは困難であったというべきであり、被告には、本件剰余金の配当等が分配可能額を超えることについての注意義務違反はなかった

と判断しました。

代表取締役が剰余金配当が分配可能額規制に違反していると気がつきにくいケースだったのです。

それに比べたとき、ニデックの場合、どうでしょうか? 

担当者や役員による不正が介在したわけでもなく、内部統制が機能していませんでした。

調査報告書では「注意を怠らなかった」と認定していますが、裁判になったときには違った結論になることは十分にありうるケースなように思います。

PwC京都監査法人の責任

ニデックの場合、もう1つの問題は、PwC京都監査法人による監査が機能していなかったことも問題です。

調査報告書には、以下の2点が指摘されています。

  • 2022年9月に分配可能規制違反の自己株式の有償取得が実施されてから、約 8 か月間、会計監査人である PwC 京都監査法人が、第 1 四半期(2022 年 4 月~6 月)の四半期レビューをはじめとする各四半期レビュー及び会計監査を実施していたのに、分配可能額規制に違反していることの指摘がなかった
  • 本件自己株式取得等が計画又は実施された当時、ニデック社の担当者からPwC京都監査法人に対して分配可能額規制に関する照会等は行われていなかった

ニデック社の担当者から分配可能規制について照会が行われなくても、会計監査をすることを契約し報酬を得ているのですから、会計監査人なら気がつくべきではないかと思います。

なお、外部調査委員会による調査に対してPwC京都監査法人は

当委員会は、PwC 京都監査法人に対し、監査業務の過程でニデック社から同法人に提出されている資料の詳細や同法人と財務部又は経理部等の担当者とのやり取りの詳細、並びに、分配可能額規制に関する同法人の認識等についても質問したが、「会計監査人の監査の独立性」を理由に回答を得られなかった。

と、「会計監査人の監査の独立性」を理由に回答を拒絶したようです。

「会計監査人の監査の独立性」は会計監査に経営者の意向を反映して都合の良い監査を行わないことを意味するはずです。

不正会計があったときの調査への協力を拒否するための理由にはならないと思います。

まとめ

分配可能額規制に違反した中間配当と自己株式の有償取得については、ニデックの場合、担当者の知識不足・認識不足だけではなく、内部統制が機能していなかったことこそが真の原因だと思います。取締役、監査法人の責任も気になるところです。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。