コンプライアンス違反の5パターン

こんにちは。
弁護士の浅見隆行です。

近ツーが自治体から委託されたコールセンター業務で16億円の過大請求をした件について、昨日、「コンプライアンス意識の欠如」と正面から認めないと信頼回復はできない、という内容の投稿をしました。

さて、「コンプライアンス違反」と一口に言っても、その内容は、様々です。

コンプライアンス違反をした本人の内面(心)に応じてザックリ分けると5つのパターン、細かく分けると6つのパターンに整理できると思います。
どこのコンプライアンスの本にも載っていない、私なりの分類です。

なお、ここでいう「コンプライアンス」とは、法律に違反することだけではなく、株主・投資家、取引先・消費者、世の中の人たち(社会)、従業員の期待・要望に応えることと広く理解します。
これが英語の本来の意味だからです。

【compliance】
when someone obeys a rule, agreement, or demand

ロングマン現代英英辞典

最近は、コンプライアンスに関連して「コンダクト・リスク」という用語も使用されるようになってきました。

1.コンプライアンス違反であることを認識しているパターン

1つ目は、自分の言動がコンプライアンス違反であるとわかっているのに違反するパターンです。

役員や従業員が会社のお金を自分の懐に入れてしまう特別背任や業務上横領などが典型です。

社長が会社を私物化しているケースや営業担当者が取引先から個人的にキックバックをもらうケースなどが、よく問題になっています。

「ついうっかり横領してしまった」なんてことは普通はありません。

取引先に協力してもらったり、書類や印鑑を偽造したり、手を兼ね品を変え、会社のお金に手をつけていることがバレないように工夫を重ねて横領します。

端から違法(コンプライアンス違反)と、わかってやっている。
自分を制御できていない。
悪質性は相当高いと言ってよいパターンです。

2.コンプライアンス違反であることが頭によぎったが、悪い結果は生じないから許されるだろうと思って違反してしまったパターン

2つ目は、コンプライアンス違反をしても悪い結果が生じないから許されるだろうと勝手にコンプライアンス違反の基準を変えてしまったパターンです。

例えば、こんなケースです。
2000年に起きた雪印集団食中毒事件をアレンジしたものです。

食品工場で低脂肪乳を製造中にラインが一時的に止まった。一時的に停止している間にパイプの中で乳から黄色ブドウ球菌が発生している可能性があるので、本来は洗うべきだ。でも、止まっていた時間が短かったから黄色ブドウ球菌が発生している可能性は低いので、洗わなくても大丈夫だろう。そう思って操業を再開したら、案の定、黄色ブドウ球菌が発生していて、結果的に、低脂肪乳を飲んだ消費者が集団で食中毒になってしまった。

「これぐらい大丈夫」と勝手に判断して法律やルールに違反してしまう。
コンプライアンス違反ではとても多く、よくあるケースです。

コンプライアンスに違反していることは自覚しているので、1とやっていることは同じです。自制していないので、悪質性は高いです。

近ツーの過大請求案件は、担当者がオペレーターの人数を減らすことは自治体との委託契約どおりではないことはわかったうえで、コールセンター業務に影響はないと考えて人数を減らして再委託しました。
まさにこのパターンです。

3.コンプライアンス違反をするつもりはなかったけれど、不注意で違反してしまったパターン

3つ目は不注意で違反してしまったパターンです。

これは、何に注意を払うべきだったかによって、

  1. ちょっと意識すればコンプライアンス違反かもしれないと頭に浮かんだはずのに、脳裏をよぎらなかった(コンプライアンスのことを想像も予想もしなかった)ためにコンプライアンス違反となってしまったパターン
  2. コンプライアンス違反が起きるかもしれないと予想はしたのに、その時点で、特に対策を講じずにコンプライアンス違反になってしまったパターン

と、更に2つのパターンに分けることができます。

3-1.コンプライアンスのことが脳裏をよぎらなかったパターン

まず、コンプライアンスのことを想像も予想もしないでコンプライアンス違反になるパターンも非常に多いです。

3-1-1.本人の倫理観が低い

そもそも本人の倫理観が低いケースが典型です。

倫理観が低すぎて、コンプライアンスについて欠片も思いが至らない。

これはもうどうしようもありません。

本人の倫理観を高めるために、会社が子育てするつもりで本人を教育していくしかありません。繰り返し倫理観を教えていくのです。

倫理観は多様性を理由に逃れることはできません。

思想そのものを変えさせるのではなく、仕事をしていく上で必要な倫理観を身につけさせるものです。
何度繰り返しても本人に仕事に必要な倫理観が身につかないなら、そのときは縁の切れ目かもしれません。

3-1-2.売上・利益はコンプライアンス違反を正当化しない

それ以外に、仕事の売上のノルマや〆切期限などが迫っていて、コンプライアンスのことを考える心の余裕がなかったというケースも結構あります。

しかし、売上目標やノルマを達成するためにコンプライアンス違反をすることは、コンプライアンス違反を正当化する理由にはなりません

かつて、ゼネコンの間組(現、安藤ハザマ)が茨城県三和町長に政治資金規制法に違反する1400万円の贈賄をしたことにより工事を受注し利益をあげたことについて、株主らが代表訴訟を提起して取締役に損害賠償を請求した事件がありました。

この事件で、裁判所は、以下のように判示しました。賄賂というコンプライアンス違反によって売上・利益を上げても、コンプライアンス違反の責任は消えないことを認めたのです。

本件贈賄行為により三和町から工事を受注することができた結果、間組が利益を得た事実があるとしても、右利益は、工事を施工したことによる利益であって、例えば賄賂が返還された場合のように、贈賄による損害を直接に填補する目的、機能を有するものではないから、損害の原因行為との間に法律上相当な因果関係があるとはいえず、損益相殺の対象とすることはできない

東京地裁1994年12月22日

この判例でいう損害とは、賄賂分のことです。

賄賂は違法な支出なので、会社に賄賂分の1400万円の損害が生じたということです。
そこで、株主が、取締役に1400万円を会社に賠償するように求め、裁判所はその請求を認めました。

3-2.コンプライアンス違反が起きる可能性を想像していたのに対策を講じなかったパターン

もう1つは、コンプライアンス違反が起きる可能性を想像できたのに、その時点で対策を講じなかったために、コンプライアンス違反が発生してしまったパターンです。

対策を講じるということは、会社では、社内規程などのルールやマニュアルを整備して、機能させるということです。

法律が改正されたのに社内規程やマニュアルをアップデートしなかった結果、法律に違反する事態が生じてしまった。
工場で新しい機械が導入されマニュアルは作ったのに操作についての勉強会を行わなかった結果、機械の操作中に事故が発生してしまった。
このような場合が典型です。

これはコンプライアンスの問題であると同時に、社内体制の整備やアップデートというガバナンスの整備、機能に関わる問題です。

4.法律や手続を間違えてコンプライアンス違反になってしまったパターン

4-1.日常的なミス

社内規程やルールは整備されている。
従業員は、守らないときにはコンプライアンス違反になることも理解していた。
しかし、社内規程やルールどおりに行おうとしたときにミスをして間違えてしまった。

日常の仕事のミスのほとんどがこれです。
コンプライアンス違反としては、最も悪質性が低いです。

4-2.社内規程やルールに問題がある場合

しかし、中には、同じような社内規程違反やルール違反が社内で繰り返し発生しているのに、社内で注意喚起が行われない。あるいは、社内規程やルールの見直しが行われない。このような場合もあります。

その結果、二度、三度と同じような社内規程違反やルール違反が起きるのであれば、これは社内規程やルールが複雑すぎる、わかりにくいなどの問題があります。

これはガバナンス(内部統制)がうまく整備されていないということです。コンプライアンス違反を防ぐためには、社内規程やルールを見直すことが必要です。

また、従業員がルールの存在がそもそも知られていなかった。ルールをアップデートしたことを知らないまま昔のルールで仕事をしてしまった。

これらもコンプライアンス違反です。
しかし、本当の原因は、ルールを周知・浸透させきれなかったこと、つまり内部統制(ガバナンス)が機能していなかったことにあります。

5.感覚が時代遅れで、コンプライアンス違反にならないと誤解していたパターン

5つめは、コンプライアンス違反である状況なのに、本人の感覚が時代遅れでコンプライアンス違反にならない(コンプライアンスの観点からも問題がなく許される)、と誤解しているパターンです。

5-1.ハラスメントが典型例

ハラスメントの事例に非常に多いパターンです。

男性が同僚の女性に「30歳は、22、23歳の子から見たら、おばさん」「男性社員の中で誰か1人と絶対結婚しないといけないとしたら、誰を選ぶ?」などと発言したケースが典型です。

このケースは、2015年に最高裁がセクハラであることを認め、男性に対する懲戒処分が有効であると判断しています(最高裁2015.2.16 海遊館事件)。

5-2.最近は企業の社会的責任、SDGs、多様性

最近では、企業の社会的責任(CSR)や男女の人権、ジェンダーなど多様性を意識していない言動もコンプライアンス違反として問題になっています。

2022年4月16日、吉野家ホールディングス執行役員兼吉野家の常務取締役(当時)が大学での社会人向け講座の講師を務め、若い女性向けのマーケティング戦略を説明しました。
その際の例え話が人権・ジェンダーの観点から問題とされ、2日後、解任されました。

同氏は人権・ジェンダー問題の観点から到底許容することの出来ない職務上著しく不適任な言動があったため、2022年4月18日付で同氏を当社執行役員および株式会社吉野家取締役から解任しました。

当社役員の解任に関するお知らせ

ここ数年、世の中の価値観が変化していくスピードは急です。

企業の社会的責任(CSR)、人権・ジェンダー・多様性に対する意識は5年前と比べても大きく変わっています。

価値観の変化に追いついていけないと、簡単にコンプライアンス違反になってしまいます。

まとめ

コンプライアンス違反となるケースを、違反者の主観面(心の内面)に注目して分類してみました。

大きく分けると1〜5の5パターン、細かく分けると、3がさらに2つに分かれるので6パターンになります。

役員・従業員のコンプライアンスに対する意識を向上させる際の参考にしていただければ幸いです。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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