東京オリンピック・パラリンピックでの談合事件に関し、電通グループが調査報告書を公表。不正・不祥事を予防するために必要なコーポレートガバナンス体制の内容を整理する。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

東京オリンピック・パラリンピックでの談合事件に関して、電通グループが調査検証委員会による調査報告書を公表しました。

ちなみに、調査委員会の河合弁護士は、私の司法研修所時代の教官です。

今日は、調査報告書を参考に、不正・不祥事を予防するために必要なコーポレートガバナンス体制の内容を整理します。

電通グループが談合に至った理由

調査報告書では、電通グループが談合するに至った原因分析として、問題点を3つ挙げています。

  1. 過剰なまでに“クライアント・ファースト”を偏重する組織風土
  2. コンプライアンスリスクに対する感度の鈍さ
  3. 手続の公正性・透明性への配慮を著しく欠いていたこと

過剰なまでのクライアント・ファーストの偏重ともいうべき組織の姿勢、組織風土について、調査報告書では、

ともすると、結果が全てを正当化するような思考に陥りがちであり、仕事に携わる者の視野を狭め、あるいは近視眼的になってしまうリスクを内包している。本事案の問題の根底には、このように成果や目的の遂行を重視するあまりリスクへの配慮が疎かになる

電通、調査検証委員会調査報告書p5

と表現しています。

要するに、結果(売上)がすべてで、そのためには何をやってもいいと考えていた、と読むことができます。

コンプライアンスがまったく浸透していなかったのでしょう。

実際、調査報告書では、コンプライアンスリスクに対する感度の鈍さに関し、

  • 東京オリンピック・パラリンピック談合事件と同時期の2017年12月当時に報じられていたJR東海リニアモーターカーを巡る談合事件を電通グループにも当てはまる問題として捉えていなかったこと
  • 電通グループが関与したオリンピック・パラリンピックのエンブレム選定手続での不正の問題、2,015年2月に発生した過重労働による労働災害問題などを局所的に捉えていたこと

を挙げ、コンプライアンス全般に対する意識の改善に結びつけることができていなかったと指摘しています。

社内外の手続の公正性・透明性への配慮を著しく欠いていたことも同様です。

結局はコーポレートガバナンスの問題

調査報告書では、過剰なまでのクライアント・ファーストの偏重ともいうべき組織風土が醸成された要因として、事業特性を含め、経営陣の姿勢など11個の要因を掲げています。

事業特性を除く10個の要因を整理して一言でまとめると、コーポレートガバナンスが機能していなかったと言うことができます。

電通グループの事業の特性は、顧客とのコミュニケーションを重視し、顧客や見込み顧客との間で強固な関係を築くことに重点を置いてビジネスを獲得する「リレーション営業」にある、と調査報告書では指摘されています。

リレーション営業という事業の特性があるからこそ、

  • コミュニケーションや強固な関係から生じる顧客との癒着に起因する不正・不祥事
  • ビジネスを獲得する過程で生じる不正・不祥事

を予防するために、ガバナンス体制を整備し、機能させることが不可欠です。

コーポレートガバナンス体制の整備、機能に求められるポイント

不正・不祥事を予防するためのコーポレートガバナンス体制の整備、機能には、どのような内容が必要でしょうか?

電通グループの調査報告書には再発防止策の提言として諸々記載がありますが、ここでは、電通グループに限らず、一般的なコーポレートガバナンス体制についての説明をします。

不正・不祥事を予防するコーポレートガバナンス体制に求められるのは、

  • 人的なガバナンス
  • 組織的なガバナンス
  • 物理的なガバナンス
  • 技術的なガバナンス

の4つに分類できます。

人的なガバナンス

人的なガバナンスとは、不正・不祥事に対する役員・従業員一人ひとりの意識を向上させる教育です。

具体的には

  • 経営陣・管理職の意識改革
  • 日頃からの従業員教育・研修による意識の向上
  • 問題が発生したときのマメな注意喚起や情報共有
  • 従業員相互のコミュニケーションの活性化
  • モノを言える社内風土の確立

などが必要です。

従業員教育・研修といって、平板なコンプライアンス研修のビデオやeラーニング教材に取り組んでいる会社は多いです。

しかし、他社や社内他部署で発生した不正・不祥事を自分の担当業務に置き換えることができなければ、従業員を教育・研修したことにはなりません

従業員教育・研修も本来はオーダーメイドで行われるべきだと思います。

人的なガバナンスで特に重要なのは管理職の意識改革だと思います。

コンプライアンス意識の向上でよく指摘されるのは、役員と従業員の意識の向上です。しかし、会社の規模が大きくなればなるほど、不正・不祥事は管理職の意識によるところが大きいです。

経営陣が明言していないのに管理職が忖度して部下に不正を指示する、部下が不正をしていても管理職が見て見ぬ振りをする、部下が問題点を指摘しても管理職がもみ消す、部下が問題点を指摘することができない現場の雰囲気を醸成するなど、その多くは、管理職に原因があります。

管理職が日頃の言動を変えない限り人的なガバナンスは達成できません。

組織的なガバナンス

組織的なガバナンスとは、不正・不祥事を予防するために社内組織、ルールを整備、機能させることです。

具体的には

  • 経営方針の明確化
  • 総務部・法務部・内部監査部門をはじめとする管理監督部門の設置・権限の強化
  • 内部通報制度などの不正・不祥事を防ぐための社内制度の設置・積極的な運用
  • 社内規程・手続などルールの整備・運用
  • 積極的な人事異動
  • 人事評価制度の見直し
  • 懲戒制度の積極的な活用

などです。

管理監督部門や内部通報制度を設置し、社内規程・手続を整備しても、形骸化していては意味がありません。

管理監督部門が積極的に動くこと、あるいはコンプライアンスに違反する言動に対しては人事評価を大きくマイナスにする、積極的に懲戒処分にするなどして、「わが社はコンプライアンス違反には厳しく取り組むことにした」というメッセージを出すことが不可欠です。

メッセージを出せなければ、従業員が「コンプライアンス教育などとは言っているけれど、結局、形だけでしょう。売上を出さないと人事評価が下がるから、売上のためには何でもあり」と誤解するだけです。

物理的なガバナンス

物理的なガバナンスとは、不正・不祥事の温床を断ちきることです。

具体的には、

  • 情報の遮断
  • アクセス権限の制限

など、です。

会社は「営利」社団法人なので、売上や利益に繋がる情報を社内外からできるだけ多く収集しようと動くことは理解できます。

しかし、電通グループのようにオリンピック・パラリンピック関連の組織に従業員が出向した場合、出向している間は、電通グループの従業員の立場があると同時に、オリンピック・パラリンピック関連の組織のメンバーという公的な立場に就くことになります。

公的な立場に就いた場合には、公平・中立性の観点から、その立場で得た情報を一企業のために使用、漏えい、開示してはいけないことは当然です。また、電通グループも、出向した従業員から情報を取得しようとしてはいけないことも当然です。

そのためには、情報に触れないようにしなければならないですし、また出向した従業員に連絡を取ることもしてはいけません。

これは出向ではない場合でも同様です。

民間企業同士の取引の場合でも契約を獲得するために接待などすることはありうるでしょう。しかし、その場合でも、モラルを保った接待をする、過度の接待はしないなど一定の線引きをすることは必要です。

接待される側の立場からの公的なルールとして、国家公務員倫理法・倫理規程があります。それと同趣旨の規程を、民間企業でも接待などを自制するための社内ルールとして整備することが望ましいです。

技術的なガバナンス

技術的なガバナンスとは、システムやAIを利用して、不正・不祥事を予防することです。

具体的には

  • 不正を発見するモニタリングシステムの導入・運用

などがあります。

メールで社内外と不正・不祥事に関わるやり取りをしていないかなどをモニタリングする、大量のデータ漏えいなどが起きていないかをモニタリングするなどです。

不正・不祥事に関する何の兆候もないときにモニタリングすると「検閲」「従業員のプライバシー制限」ではないかとの問題もないわけではありませんが、少なくとも、会社のシステムを利用して社内外で行うやり取りは業務に関する不正・不祥事を予防するためとして、合理的な方法でやる限り問題はありません。

まとめ

コーポレートガバナンス体制はひととおりマニュアル的に整備しても不正・不祥事を予防することはできません。

コンプライアンス教育をしても役員・従業員の意識が向上しなければ意味がありません。内部監査部門や内部通報制度を設置しても、コンプライアンス違反をしてでも結果を残した従業員の人事評価が高いのでは、誰もコンプライアンスを守ろうとしません。

コンプライアンスを守ることが会社の本音としてあるなら、オーダーメイドで、その本音に応じた体制を整備し、機能させましょう。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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