国交省OBが空港施設株式会社の人事に介入していた問題が一応の決着。なぜ「ガバナンス」の問題なのか?

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

2023年3月30日以降、国交省OBが空港施設株式会社の役員人事などに介入していたことが「ガバナンス」の観点から問題視され、連日、報道されていました。

関係者によりますと、国土交通省の●●元事務次官(69)が、去年12月、空港施設を運営している東京・大田区の企業「空港施設」を訪れて社長や会長と面会し、国土交通省の幹部だったこの会社の副社長を次の役員人事で社長にするよう求めたということです。

2023.3.30NHK NEWS WEB

この人事介入問題は、空港施設が、5月29日に、国交省出身の取締役をゼロにすること(6月29日の定時株主総会と取締役会で決議する予定であること)を発表したことで、一応の決着を見せました。

この結論はそれでいいのですが、スッと入ってこない点もあります。

どのメディアも、国交省OBによる人事介入を「ガバナンス」の問題と報じていることです。

報道後に空港施設が「役員指名等ガバナンスに関する独立検証委員会」を設置していることから、空港施設も「ガバナンス」の問題と捉えているのでしょう。

国交省とその所管する事業分野にある民間企業の「独立性」の問題と捉えるならわかるのですが、「ガバナンス」の問題と言われると、どうもしっくりきません。

ということで、今日は、「ガバナンス」とは何なのか、なぜ「独立性」が「ガバナンス」の問題になるのかを今一度考えてみます。

「コーポレートガバナンス=内部統制」の本来の意味と現代的意味

元々、コーポレートガバナンス=内部統制という概念は、企業不祥事をどうやって予防するかという議論から生まれたものだったはずです。日本では大和銀行事件がきっかけです。

そのため、元々のコーポレートガバナンス=内部統制は、役員や従業員による不正・不祥事の発生を予防するために、どのような組織を整備し、どのように機能させるか、を意味しました。「守り」に重きがある概念でした。

ここに「取締役など経営陣は株主から委任されている者として、企業価値を最大化させるような意思決定、業務執行をしなければならない」との原則論を付け加えます。

その結果、現在のコーポレートガバナンス=内部統制は、株主から経営を任されている者として、どのように組織を整備し、機能させると企業価値を最大化できるか、まで意味が広がっています。「守り」以外に「攻め」も入った概念になっています。

いずれにせよ、会社組織の整備、機能のあり方を取締役がどう考えるかがコーポレートガバナンス=内部統制の意味です。

コーポレートガバナンス・コード

証券取引所が上場会社向けに出しているコーポレートガバナンス・コードは、後者のコーポレートガバナンス=内部統制の立場から会社組織の整備、機能のあり方を定めたものです。

  1. 株主から経営を任された者として、株主とどう向き合うべきか?
  2. 株主から経営を任された者として、会社組織の整備、機能をどうすべきか?

が定められています。

ちなみに、「1.株主とどう向き合うか?」を詳細に展開したものが、金融庁が出している「スチュワードシップ・コード」です。

「2.会社組織の整備、機能をどうすべきか?」を詳細に展開したものが、経産省が出している「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)」「指名委員会・報酬委員会及び後継者計画の活用に関する指針― コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン) 別冊 ―」です。

国交省OBによる人事介入問題

元々のコーポレートガバナンス=内部統制の意味でも、現在のコーポレートガバナンス=内部統制の意味でも、誰を役員に選任するかは重要な課題です。

社長など一部の役員に好き勝手を許してしまう役員ばかりで固めることになれば、社長などの一部の役員による不正・不祥事を防ぐことはできません。

また、適切な経営判断ができない役員を選ぶことになれば、株主のために企業価値を最大化する意思決定ができません。

社長などの暴走を防げる役員を選任する、適切な経営判断ができる役員を選任するという両方の観点から鍵を握るのは、

  • 役員候補者の資質などの適格性
  • 役員選任過程の透明性、公平・中立性、独立性

です。

ここで「独立性」の問題と「ガバナンス」の問題が交差します。そのため、「独立性」は「ガバナンス」の問題の一部と整理することができます。

資質などの適格性は言うまでもありません。社長などにモノを申すことができない者や、経営能力がない者が役員になっても、不正を予防することも企業価値を最大化することもできません。

また、役員選任の過程が不透明で、一部の利益関係者(ステークホルダー)に支配されているようであれば、役員就任後に株主ではなくステークホルダーのために意思決定をするようになり、会社や株主に利益をもたらしません。

今回、国交省OBが空港施設に対し「国交省OBである副社長を次の社長にするように」求めたことは、特に役員選任過程の透明性、公平・中立性、独立性に反するために、「ガバナンス」の問題として批判されることになったのです。

なお、国交省OBが副社長に就任した2021年6月の取締役候補者選任過程も透明性、公平・中立性、独立性の点から問題があることや、その他諸々の問題点が、「役員指名等ガバナンスに関する独立検証委員会」の調査報告書に詳しく書かれています。国交省OBと、大株主であるJAL、ANA出身の役員、プロパー役員たちの争いが生々しくて、読み物として面白いです。

調査報告書は、国交省をステークホルダーと捉えることについて、以下のように厳しく非難しています。

もし、 国交省出身者を取締役や執行役員として迎えることが、空港の設置・運営について多数の許認可権をもつ国交省航空局からの見返りを求めることにあるとすれば、そのような考え方は国家公務員法が公務員の天下りについて、あっせん規制・求職活動規制・働きかけ規制といった厳格な規制を設けた趣旨、すなわち予算や権限を背景とした地位の要求等を制限し行政の公平性、中立性を確保するという趣旨に反し、社会的不公正を招くものであり、上場会社として到底取り得る考え方ではない

(中略)

当社のビジネス上、許認可権をもつ国交省の出身者に対して役員ポストを用意することに疑問を持たないことは、上述したとおり、当社が社会的不公正に加担することになるコンダクト・リスクや、役員の出身母体である所轄官庁にポストを献上する(天下りの受け皿となる)代わりに特権を与えられている企業とみられるレピュテーション・リスクを招くおそれがある

「役員指名等ガバナンスに関する独立検証委員会」の調査報告書

まとめ

役員候補者を選任する場合に、その資質の適格性については厳しく判断すると思います。しかし、選任過程の透明性、公平・中立性、独立性については有耶無耶になっている会社も少なくないのではないでしょうか。

最近は、指名・報酬委員会を設ける会社も増えてきています。それでも、不正や不祥事を起こしている会社では、社長からの圧力や牽制がかかるなどして指名・報酬委員会が独立の組織として機能していない事例が目立ちます。

また、ステークホルダーを一切無視して役員候補者を選任することも、事業の継続性や安定性を考えると難しいです。

だからといって、指名・報酬委員会をまったくの独立した存在にすると、社内の内実をわかっていない人が候補者として選ばれるリスクも否定できません。

「ガバナンス」の理想と現実のギャップをどう埋めるかは方程式のように答えが出る物ではないので、試行錯誤を重ねるしかなさそうです。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。