取締役が経営判断するときに考慮すべきCSR、ESGとは何なのか? コンプライアンス、CSR、ESG、SDGsの関係を基本に戻って確認する

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

味の素が、2023年5月19日に、サステナビリティ・リンク・ボンド(SLB)の発行を公表しました。

環境課題(地球温暖化等)、社会課題(教育・福祉等)等の解決に資する事業の資金を調達するために発行されるESG債の一種です。

このケースに代表されるように、近年、上場会社の取締役によるESGを意識した経営判断が目立ちます。

その一方で、従来から求められているコンプライアンス、企業の社会的責任(CSR)、ESG、SDGs・・と次々と現れる概念をよく理解できていないまま、振り回されている経営陣も少なくありません。

なぜ、新しい概念が相次いで現れるのでしょうか?相互の関係はどうなっているのでしょうか?

結論から言えば、CSRもESGもSDGsもコンプライアンスの派生です。コンプライアンスの内容を細分化しているので、次々に現れているように見えるだけです。

今日は、このことを解説しようと思います。

コンプライアンスと企業の社会的責任(CSR)の関係

まず原点となるコンプライアンスの意味から確認していきましょう。

法令遵守と誤解している方もまだまだたくさんいます。しかし、コンプライアンスの本来的な意味は、法令遵守だけではなく、期待や要請に応えることです。

when someone obeys a rule, agreement, or demand 

ロングマン現代英英辞典

誰からの期待や要請なのかと言えば、株主・投資家、取引先・お客さま、社会・世の中の人たち、従業員という4つです。

このうちの社会・世の中の人たちからの期待や要請に応えるのが、企業の社会的責任(CSR)です。

別の見方をすると、企業の社会的責任(CSR)は企業が社会・世の中に存在することを許されている理由という言い方もできると思います。私がセミナーで解説するときには、この言い方をよく使います。

食品会社を例にして説明しましょう。

まず、社会・世の中の人たちが求めているのは、安心・安全な食の提供です。安心・安全な食を提供できなければ、それ自体で食品会社として失格です。

社会・世の中の人たちが求めているのは、それだけではありません。食を提供するには、その前提で食を生産しなければなりません。

生産の際に二度と草も生えないほど土地を枯渇させる、フードロスが多い、たくさんの温室効果ガスを排出するなど環境破壊や環境負荷が大きければ、世の中の人たちは「そこまで環境へのマイナスの影響が大きいなら食の生産をしなくていい」「環境への負荷を減らして欲しい」と期待、要請するでしょう。

こうした期待、要請に反して環境破壊や環境負荷が大きいままに食の生産したときには、社会・世の中の人たちが究極に「あなたの会社はこの世の中に存在しなくていい」と言い出します。工場周辺で行われる住民運動やデモなどが典型です。

食品会社は生産の過程で環境破壊や環境負荷をできるだけ小さくすることが求められるのです。これが、企業の社会的責任(CSR)ということです。

味の素が発行する債券のリリースでも、そのことが噛み砕かれています。CSRをよく理解している印象を受けます。

当社の事業は、健全なフードシステム、つまり安定した食資源と、それを支える豊かな地球環境の上に成り立っています。そこで、2030年までに、サステナビリティの推進に向けて、温室効果ガス(以下GHG)の排出削減・プラスチック廃棄物削減・フードロス低減・サステナブル調達を通じた「環境負荷の50%削減」およびおいしい減塩・たんぱく質の摂取・職場の栄養改善を通じた「10億人の健康寿命を延伸」を両立して実現することが必要であると考えています。さらに、2050年には、GHG排出量をネットゼロとするカーボンニュートラルを目指します。本社債は、環境・社会の重要課題の解決に向けた当社の姿勢を示すものであり、今後、サステナビリティへの取り組みをさらに推進していきます。

味の素㈱、サステナビリティ・リンク・ボンドを発行

企業の社会的責任(CSR)とESG、SDGsの関係

社会・世の中の人たちが企業の社会的責任として要請、期待していることの一つが環境破壊、環境負荷を小さくすることです。これは、ESGのE(environment)です。

同様に、社会・世の中の人たちが企業に要請、期待していることが、ESGのSである社会(Social)への影響、不正・不祥事の発生を予防する体制づくり(ESGのG=Governance)です。

ここまでの説明から、ESGは企業の社会的責任(CSR)の一つで、さらにはコンプライアンスの一つであることがおわかりいただけると思います。

SDGsも同様に考えれば良いと思います。

SDGsでは持続可能な17の国際目標を掲げています。これは、CSR、ESGにおけるSocialな部分を細分化したものと理解できます。

本来は国際目標であって法律上の義務ではないですが、企業が社会・世の中の人たちから17個の期待、要請を受けていると捉えてみれば、この17個の期待、要請に応えることはSDGsに適うと同時に企業の社会的責任を果たし、ESGを充たすことになります。

コンプライアンス、CSR、ESG、SDGsと取締役の善管注意義務との関係

取締役は、株主から会社の経営を委ねられた者(善良な管理者)として、株主を意識(注意)しながら企業価値を最大化する義務を負っています。これを善管注意義務といいます。

企業価値の最大化は売上、利益の最大化であると同時に、企業の存在価値、ブランド価値、信用・信頼の向上まで含んでいると理解できます。

企業の存在価値、ブランド価値、信用・信頼の向上の部分が、コンプライアンス、企業の社会的責任、CSR、ESG、SDGsに関わる部分です。

コンプライアンス、CSR、ESG、SDGsを意識すると売上や利益の最大化の脚を引っ張ると誤解している方もまだまだいます。

しかし、売上や利益の最大化を図ることと、コンプライアンス、CSR、ESG、SDGsの追求は決して矛盾するものではありません。

むしろ、コンプライアンスなどを追求しなければ、企業の存在価値、ブランド価値、信用・信頼が低下することになるので、長期的には売上や利益の低下を招きます。

難しいですが、ぜひ両立を目指して欲しいと思います。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。