パナソニックのヘアドライヤー広告を「性能を誤認させる表示」として差止請求したダイソンが敗訴。ライバル企業の広告を止める方法を考える。

こんにちは。
弁護士の浅見隆行です。

パナソニックが販売しているヘアドライヤーの広告についてダイソンが差止を求めて裁判をしていた件で、4月27日、ダイソンの請求が棄却されました。

パナソニックのヘアドライヤーの広告の説明が消費者を誤解させるとして、ライバル社の家電大手ダイソンが不正競争防止法に基づいて広告の差し止めを求めた訴訟の判決が27日、東京地裁(杉浦正樹裁判長)であった。判決は、効果を検証したダイソン側の実験は「信用性に疑義がある」と述べ、請求を棄却した。

2023.4.27朝日新聞デジタル

ライバル企業が出している広告を差し止めようとする訴訟は珍しいので、今回は、このケースをもとにライバル企業の広告を止める方法について考えます。

パナソニックのヘアドライヤー広告とダイソンの主張

広告に表示されている商品の品質

ダイソンが差し止めしようとしたのは、パナソニックのヘアドライヤー「ナノケア EH―NA0G」の広告でした。

独自の微粒子イオン技術「ナノイー」による効果について

  • 「水分発生量 従来の18倍」
  • 「高浸透ナノイーで髪へのうるおい1・9倍」
  • 「ヘアカラーの色落ちを抑えます」
  • 「枝毛を低減」

などと品質に関わる性能を表現しています。

ダイソンは「消費者を誤認させる表示」と主張

これに対して、ダイソンは、

パナソニックのナノイー技術に関する一部の広告表示が消費者に誤解を与えるものである

ダイソンは控訴へ パナソニック勝利のヘアドライヤー広告訴訟で

などと主張して、広告の差し止めを求めました。

ダイソンが主張している法律上の根拠は不正競争防止法です。

商品若しくは役務若しくはその広告若しくは取引に用いる書類若しくは通信にその商品の原産地、品質、内容、製造方法、用途若しくは数量若しくはその役務の質、内容、用途若しくは数量について誤認させるような表示をし、又はその表示をした商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供し、若しくはその表示をして役務を提供する行為

不正競争防止法2条1項20号

景品表示法ではない

商品の品質に関する表示というと「景品表示法の優良誤認表示ではないの?」と思われる方もいるかもしれません。

景品表示法は、消費者庁や都道府県が措置命令や課徴金などの行政処分を課したり、刑事罰を科すためのルールです。適格消費者団体からの差止請求は定めていますが、企業からの差止は定めていません。

そのため、ライバル企業の広告を差し止める場合には、景品表示法は根拠にはならず、不正競争防止法が根拠になります。

なお、不正競争防止法と景品表示法の違いについては、こちらの記事でも説明しています。

ライバル企業の広告をどうやって止めるのか?

差止請求が認められるためには

ダイソンはパナソニックのヘアドライヤーの広告の表示を差し止めようとしました。

この差止請求が認められるためには、

  1. 商品の広告の品質や内容などに関わる表示が、消費者を誤認させるような表示であること(不正競争行為であること)
  2. その表示によって、自社の営業上の利益が侵害されている、または侵害されるおそれがあること

の2つの要件を充たすことが必要です。

そこで、ダイソンも、この2点を主張しました。

ドライヤーも販売するダイソンは、独自に東洋大の研究者に委託して効果を検証した結果、大幅に下回る数値が出たなどと主張。消費者に性能を誤認させる広告は「不正競争行為」にあたり、このまま放置されると「ダイソンの営業上の利益を侵害される恐れがある」として差し止めを求めた。

2023.4.27朝日新聞デジタル

品質に関わる表示が「消費者を誤認させるような表示」ではなかった

ダイソンの主張が認められるためには、パナソニックのヘアドライヤーの広告表示が「消費者を誤認させるような表示」であることが必要です。

しかし、今回の判決は、パナソニックのヘアドライヤーの広告表示が「消費者を誤認させるような表示」ではなかった(1つめの要件を充たさない)として、ダイソンの請求を棄却しました。

この部分について、両社の主張内容は次のとおりでした。

  • ダイソンは「東洋大の研究者に委託して効果を検証した結果、大幅に下回る数値が出た」と主張して、実験結果を証拠として提出。
  • パナソニックは「ダイソンの実験は方法が不適切で、(広告でうたった性能の)正確性に合理的な疑問を差し挟むものではない」と反論して、ダイソンが出した実験方法と結果を争う。

東京地裁は、パナソニックの反論を認め、「いずれも実験方法が不適切」「実験結果には疑義がある」と判断しました。
つまり、実験は「誤認させる」との主張を裏付ける証拠にならないと判断して、ダイソンの差止請求を認めなかったのです。

本判決は、原告が提出した証拠は、いずれも実験方法が不適切であり、その実験結果には疑義があることを踏まえ、これらの実験結果をもって、当社の広告表示が消費者の誤解を招くものであると結論づけることはできないと判断しました。

ヘアードライヤー「ナノケアEH-NA0G」の広告表示差止訴訟における勝訴判決のお知らせ

ライバル企業の広告を止めるために必要なこと

この過程からは、もし皆さんの会社がライバル企業の広告を止めさせたいと思ったときには、

  • ライバル企業の広告に表示されている性能・品質が、実際の商品の性能・品質より勝っている(実際の商品は表示よりも劣っている)ことを独自に実験して、その実験結果を証拠として提出する
  • 独自の実験の方法や条件が適切であり、実験結果は信用できること

の2つが必要だ、とわかっていただけると思います。

実験結果を証拠として提出し、かつ、実験の方法や条件が適切なので結果が信用できると裁判所に認めてもらう。

そうすると、「実際の商品の性能・品質と、広告で表示されている性能・品質が違う。だから、この表示は消費者を誤認させる」との要件をみたすことになります

独自に大学や研究機関に実験してもらった結果という、なんとなく信頼できそうな雰囲気や権威性に基づく実験結果というだけでは、裁判所は「実験結果は信用できる」とは判断してくれません
実験の方法や条件が適切であると裁判所に認めてもらうことまで必要です。
ここは、企業や消費者の方が誤解しがちなところですので注意してください。

パナソニックの危機管理広報

今回のケースでは、パナソニックの危機管理広報も良かったように思います。

特に良かった点は、ダイソンが差止請求を提起した時点から一審判決が出た後まで、パナソニックが主張するポイントが一貫していたことです。

訴えが提起された時点のコメント

訴えが提起された時点でのコメントの内容は次のとおりでした。

ナノイーについては「20年におよぶ研究・開発の歴史の中で、有識者や学術論文などの第三者の知見を交えながら研究開発を進めてきた技術。研究開発に裏打ちされた合理的な根拠に基づいたデータを用い、かつ景品表示法や公益社団法人 全国家庭電気製品公正取引協議会が定めた『家庭電気製品製造業における表示に関する公正競争規約』に準拠した広告を行っています」

家電watch「ダイソンのドライヤー訴訟に、パナソニックが抗議」

訴訟が提起された時点でよく見かけるのは「訴状を見ていないのでコメントできない」という広報です。これだけは絶対に止めてください。

これは「どうぞ原告から取材した内容だけで記事を書いて良いですよ」との許可を記者に与えるに等しいからです。

企業同士の訴訟では、訴訟にいたる前に当事者同士で何らかの交渉をしているはずです。そうなれば、訴訟で相手が主張する内容についてはおおよそ見当が付くはずです。

そうだとすれば、その内容については「どうぞご自由に」ではなく、自社のスタンスをわかりやすく主張すべきです。

判決が出た後のコメント

判決が出た後のコメントの内容も、表現は違えど、要点はほぼ同じです。

ナノイー技術は当社の長きにわたる研究開発に裏打ちされた技術であり、その価値は実際にお使いいただいているお客様等に高く評価いただいております。当社は、これからも関連法規やガイドラインに準拠し、ヘアードライヤー「ナノケア」の商品価値を、お客様に正しくお伝えしてまいります。

ヘアードライヤー「ナノケアEH-NA0G」の広告表示差止訴訟における勝訴判決のお知らせ

勝訴したからといって余計なことをプラスαしていません。自社の立場を淡々と主張したことが、かえってこれまでの主張の信用性を増す結果に繋がっています。

今後

報道によると、ダイソンは控訴する意向だそうです。
高裁での判決がどうなるのかは、引き続き注目していきたいと思います。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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