こんにちは。弁護士の浅見隆行です。
沖縄北部のテーマパーク「ジャングリア沖縄」の運営会社の親会社、ジャパンエンターテイメントホールディングスは2026年9月25日、那覇市内で定時株主総会を開きました。
開業後初めての通期決算となる2026年6月期の最終赤字は173億円、運営会社も約89億円の最終赤字だったと報じられています。
開業から1年間の来場者は、スパ施設の利用者を含めて約100万人でした。採算の前提とされていた年間150万人を大きく下回ったと報じられています。
総会には、事業計画を主導したマーケティング会社「刀」の森岡毅CEOが出席し、想定を下回った実績について謝罪しました。
経営陣は、来場者数の目標と損益分岐点を引き下げた再建計画を示し、沖縄振興開発金融公庫から30億円規模のつなぎ融資を受ける方向で調整していると説明したとされています。
株主に配られた説明資料は、総会後に回収されたとも報じられています。
株主からは、計画を主導した刀の責任を問う声が上がりました。
ただ、責任を問われるのは計画を作った側だけではありません。
開業から総会までの1年余り、取締役の責任という観点から見ると、親会社の取締役会で計画とのずれがどう議論されていたのかが、この事案でもっとも重要な問題です。
計画とのずれは開業から半年で数字に表れていた
ジャングリア沖縄は2025年7月に開業しました。開業直後は来場者が押し寄せたものの、開業から半年間の来場者はパーク単体で55万人にとどまったと報じられています。
年間150万人の計画に照らせば、半年の時点で計画の7割余りのペースです。
テーマパークは、入場者数が毎日出る事業です。親会社の取締役会にも、来場者数と売上の推移は月次で報告されていたと推察できます。取締役は、計画とのずれを毎月、数字で見ていたはずです。
実際、運営会社が手を打っていなかったわけではありません。
2025年8月中旬には混雑を和らげるための午後チケットを導入し、10月からは平日の閉園時間を午後5時に早めるなど、運営の見直しを重ねてきた、と報じられています。
しかし、これらは来場者の体験を良くするための運営面の改善です。
年間150万人という前提そのものや、その前提で組んだ資金計画を見直した形跡や、業績見込みの下方修正は、外から見る限り、今回の株主総会まで表に出てきません。
2026年7月には森岡CEO自身が取材に対し、開業1年目に受けた批判について「想定したシナリオの中でも相当まずいなという意識は持っています」と語ったと報じられています。
事業を始めることを決めたときだけが経営判断ではありません。
毎月の数字を見ながら、計画どおり続けるのか、前提を修正するのかを決めることも、その都度、経営判断です。
計画から大きく外れた数字が出続けているのに前提を変えなかったのであれば、損失の拡大を防止する軌道修正の時期を逃したことになります。
月次報告を前に黙っていたなら、監視義務の問題になる
取締役会は、計画を決める場であると同時に、決めた計画がそのとおりに進んでいるかを確かめる場でもあります。
取締役は、取締役会の構成員として、代表取締役や他の取締役の業務執行を監視する義務を負っています。
月次報告で計画とのずれが示されていたとすれば、他の取締役には「150万人の前提はもう成り立たない」「資金計画を今のうちに見直すべきだ」と指摘する機会が、毎月あった、ということです。
その場で厳しい指摘があり、議論の末に現行の計画で続けると決めたのであれば、それは経営判断の当否の問題です。
一方、報告を聞いても誰も何も言わなかったのであれば、話は経営判断の問題にとどまりません。他の取締役が監視義務を果たしていなかったという問題です。
言わなかったのではなく、言えなかったのだとすれば、なお深刻です。取締役同士が互いの業務執行を監視し合うという、取締役会のいちばん基本的な機能が働いていなかったことになるからです。
計画の生みの親に「数字が違う」と言いにくい事情
言いにくかった事情は想像できます。
この事業の計画を主導したのは、USJの再建で知られ、数学を使ったマーケティングで実績を重ねてきた森岡CEOです。刀は親会社の大株主でもあります。運営会社の加藤健史CEOも、森岡CEOとともにUSJの再建に携わった刀の創業メンバーと紹介されています。
計画を作った本人は、数字で計画を語ることを最も得意としています。その人を前に「その来場者数は楽観的すぎる」と口にするのは、普通の取締役会で社長に異を唱えるよりも言いにくいはずです。相手の専門分野で、相手の計算に異を唱えることになるからです。
出資者の立場から取締役会に加わっている人ほど、「専門家に任せておけばよい」と考えて口をつぐみやすくもなります。
とはいえ、言いにくかったことは、監視義務を果たさなかったことの言い訳にはなりません。取締役の義務は、相手が誰であるかによって軽くなるものではないからです。
公的なお金で支えてもらえるという甘えがあったなら
この事業には公的なお金も入っています。
官民ファンドのクールジャパン機構は2022年、刀に80億円の出資を決めています。補助金も2024年度と2025年度で計約1億9200万円が出ていると報じられています。今回は政府系金融機関である沖縄振興開発金融公庫からのつなぎ融資も調整されています。
「資金が詰まっても、公的な支援で支えてもらえる」という意識が経営陣のどこかにあったとすれば、毎月の数字を見る目は甘くなります。数字が計画を下回っても、それが資金繰りの行き詰まりに直結するという危機感を持ちにくくなるからです。
これはあくまでも推察ですが、こうした事態は、地域振興を掲げて公的な支援を受ける大型事業では、起こりやすいことです。
本来は逆です。
公的なお金が入っている事業ほど、取締役会は数字に厳しくなければなりません。
赤字の穴埋めに公的なお金が使われれば、説明を求められる相手は株主だけでなく、地域の住民や納税者にまで広がるからです。
総会後に説明資料を回収したという対応からは、説明の相手がそこまで広がっていることを、経営陣が意識していなかったようにも見えます。
物を言う場面を、取締役の勇気に預けない
計画の生みの親に対して他の取締役が物を言うには、言い方と、言い出す場面の両方を工夫する必要があります。
ニデックと同じく、プライドを守る言い方を選ぶ
ニデックの事案にも、同じ問題がありました。
創業者の永守重信氏の強い業績プレッシャーのもとで不適切な会計処理が広がり、周りの役員がそれを止められなかったことが、第三者委員会の調査報告書で明らかになっています。
以前このブログで、創業家の影響力が強い会社でガバナンスを機能させるには、オーナーの権限を削るのではなく、オーナーのプライドと企業価値を結びつける言い方が現実的だと書きました。「社長がいなくなってもこの会社が続く方法を考えましょう」と持ちかける、というものです。
ジャングリアでも同じことが言えます。
「計画が間違っている」と正面から言えば、計画を作った本人は自分の能力を否定されたと受け取ります。
「森岡さんが作ったこの事業を10年、20年と続けるために、来場者の前提を今のうちに見直しておきましょう」と言えば、同じ指摘でも、相手の事業を守るための提案として聞いてもらいやすくなります。
言うべき場は、月次報告で計画とのずれが2、3か月続いた時点の取締役会です。
個別の耳打ちで済ませず、取締役会の場で発言し、議事録に残すことが必要です。議事録に残っていれば、後に監視義務を問われたとき、その取締役が指摘していた事実を示せます。
失敗した場合の扱いを、始める前に決めておく
ただ、言い方を工夫しても、最初の一言を発するのが個人である以上、言い出せない人は言い出せません。
そこで、言い出す場面そのものを、事業を始める前に決めておくことが必要です。
大型の新規事業を手がける会社でよく見かけるのが、成功した姿だけを思い描き、失敗した場合のことを考えないまま事業を始めることです。
「最初から失敗を前提にしてどうする」「弱気なことを言うな」という精神論が幅を利かせ、撤退や計画見直しの条件を議題にすること自体が、やる気のない態度とみなされます。そうした会社は少なくありません。
その空気の中で事業が始まると、計画を下回る数字が出ても、「まだ始まったばかりだ」「挽回できる」という声のほうが通りやすくなります。
見直しを言い出した人は、事業に水を差す人として扱われます。
これを避けるには、計画を承認する開業前の取締役会で、見直しの基準まで決めておくことです。
「来場者が3か月続けて計画の8割を下回ったら、計画の見直しを取締役会の議題にする」「手元資金が何か月分を切ったら、追加の資金調達か事業規模の縮小を検討する」といった基準です。
基準があれば、見直しは決められた手順として議題に上がります。取締役個人の勇気に頼る必要はありません。
計画の生みの親も、自分の計画を否定されたとは受け止めず、事前に合意した手順が動いただけだと受け止められます。
失敗した場合を考えておくことは、失敗を前提に事業を始めることとは違います。計画どおりにいかなかったときに取締役会が何をするかを、あらかじめ決めておくのです。
公的なお金が入る事業ならなおさら、取締役会は開業前にその基準を決めておく必要があります。
そうしておけば、事業を守れるだけでなく、取締役一人ひとりが監視義務を果たしていたことも、後から示せると思います。
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