ウクライナ人を装い路上で道尋ねたところから始まった、精密機械メーカーの新製品に関する機密情報を狙ったロシアによる産業スパイ事件。情報を守るために必要な意識。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

今回は、「産業スパイ」について取り上げます。

「ウクライナ人」を名乗って、道を尋ねることから巧妙な手口

警視庁公安部は2026年1月20日、首都圏の精密機械メーカーの元社員と、在日ロシア通商代表部の元職員を不正競争防止法違反の疑いで書類送検しました。

この事件では、スパイはあまりにも自然で、古典的な手口で、ターゲットに接近しました。

きっかけは、ロシア人の元職員は2023年4月、メーカーの元社員に対し、路上で「道を教えてほしい」と声をかけたことです

その後、「お礼がしたい」と言葉巧みに食事に誘い出し、連絡を取り合うようになりました。

また、このロシア人元職員は身分を偽り、「自分はウクライナ人だ」と名乗っていました

2022年にロシアによる侵攻が始まったことにより、ウクライナに対して同情する気持ちが少なからずあることを利用し、相手の警戒心を解いた可能性があります。

二人は焼き肉店やファミリーレストランで10回以上も会食を重ね、信頼関係を築きました。

ロシア人元職員は、当初は会社案内などの一般的な資料を求めていましたが、徐々に関係が深まるにつれて、社外秘の研修資料や製品の取扱説明書、さらには開発中の新製品のアイデアなど、機密性の高い情報を要求するようになりました。

元社員は見返りとして計約70万円の現金を受け取り、証拠を残さないよう、次回の会う日時や場所は口頭や紙のメモでやり取りするという徹底ぶりでした。

類似案件ソフトバンクの事例に見る「飲み屋」のリスク

実はこの手口は、2018年に発生したソフトバンク統括部長に対するロシア人の産業スパイ事件にそっくりです。

ソフトバンクの事件の詳細は以前に紹介したことがあります。

ソフトバンクの事例は、当時の統括部長が、新橋の飲み屋街でロシア人に声をかけられたことがきっかけでした。

この事件でも、スパイは、統括部長と何度も飲食店で会って飲食代をおごったり、現金を渡したりして「協力者」へと仕立て上げていきました。

仕舞いには、統括部長が情報の提供を断ろうとした際、スパイは「あなたの住んでいるマンションを知っている」などと脅し文句を使い、心理的に追い詰めて犯行を継続させました。

このように、スパイはターゲットの家族構成や生活実態を把握した上で近づき、金銭的な報酬で心理的ハードルを下げ、最終的には法令違反となる情報を引き出す「ヒューミント(人を使った諜報活動)」という手法を使います。

「飲みニケーション」に潜む罠と情報管理の心得

これらの事例を、ビジネスパーソンは情報管理の教訓として学ぶ必要があります。

まず、「社外の人間に仕事の詳細を話さない」という基本の徹底です。

スパイは「外国人」とは限りません。日本人を装ったり、実際に日本人が協力者として使われたりするケースもあります。

また、2013年には、中国共産党幹部が身内にいる中国人が京都祇園にクラブを開店し、ホステスを通じて企業の技術情報を聞き出すという事件も起きています。

飲み屋で意気投合した相手や、道端で親切にした相手が良い人そうに見えても、「仕事の話」が出た瞬間に警戒スイッチを入れてください

特に以下の点に注意する必要があります。

  • 偶然を装った出会いに注意
    • 産業スパイは、道案内や、飲み屋で隣り合わせた客など、自然な出会いを装って近づいてきます。
  • 「情報交換」や「コンサル」という言葉に騙されない
    • 今回の事件でも、元社員は「コンサルティングのつもりだった」と供述しています。このように、スパイは「経営コンサルタント」や「情報系の仕事」といった肩書きで安心させようとします。
    • 日本の大学に留学し、新入社員として入社し、入社から数年(たいてい5年くらい)経ってから産業スパイの本性を現すケースも少なくありません。こちらも以前に複数のケースを解説しました。
  • 自分の身を守る
    • 一度金銭を受け取ったり、秘密を漏らしたりすると、それをネタに脅迫されるリスクがあります。「これくらいの額や情報なら・・・」という油断や隙が、取り返しのつかない事態を招きます。

出会う人すべてに警戒をしていると疑心暗鬼になってしまいますが、会社の大切な情報を守ることは、あなた自身のキャリアと人生を守ることでもあります。

「お酒の席だから」「親切な人だから」と気を緩めず、オンとオフを明確に切り分けて理性を常に保つよう意識してください。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。

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