アステラス製薬の従業員が中国の反スパイ法違反で懲役3年6か月の実刑判決。駐中するビジネスパーソンが産業スパイと誤解されないために気をつけるべきポイントと企業が講じるべき組織的対策は?

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

中国の裁判所は2025年7月16日、中国に駐在しているアステラス製薬の従業員(現地法人幹部)を反スパイ法違反(スパイ罪)で懲役3年6か月の実刑判決を言い渡しました。

アステラス製薬従業員のスパイ罪とは

中国の裁判所は、アステラス製薬の従業員が日本の情報機関(公安調査庁)の依頼を受けて中国国内の情報を伝え、報酬を得ていたことをスパイ活動として認定しました。

報道によると、従業員は、中国駐在歴は通算20年以上で、現地に進出する日本企業でつくる「中国日本商会」の副会長も務めていました。

それだけの役割を担っていたので、中国当局からマークされていたのかもしれません。

2023年3月に中国駐在の任期を終えて帰国する直前に北京市内で拘束されてから2年以上も拘束され続け、その間、中国当局から促された自白に応じた結果、懲役3年6か月まで量刑が軽減されたようです。

中国でスパイとして疑われないための対策

日中青年交流協会元理事長は懲役6年の実刑判決

2014年に中国が反スパイ法を施行してから、現在までに17人の日本人が拘束され、4人が実刑判決を受け、現在もなお7人が拘束されています。

2016年7月には、日中青年交流協会の元理事長帰国直前の北京空港で、男たちに無理やり車に押し込まれ、アイマスクを着けて北京市国家安全局の施設に連れて行かれ、そのまま7カ月間、「居住監視」の名目でカーテンを閉め切った部屋で監禁された後、2020年11月に懲役6年の実刑判決を受けたことがあります。

中国外務省高官から北朝鮮をめぐる情報を聞き、日本政府関係者に伝えたとしてスパイ罪に問われたのです。

詳細は、中央公論でご本人の口から語られています。

オーストラリアのジャーナリストは懲役2年11か月と国外退去の判決

2020年8月には、オーストラリアのジャーナリストがスパイ罪で拘束され6か月間、「居住監視」下に置かれた後、2023年10月に懲役2年11月と国外退去の判決を受け、身柄を解放されたこともあります。

2020年5月22日午前7時23分にSNSの微信(ウィーチャット)で、アメリカのブルームバーグ通信に勤める友人に政府文書の内容の要旨を8語で送信したところ、中国当局から当該政府文書の解禁時間は午前7時30分である(海外に共有したのが7分早い)として、スパイ罪に問われたのです。

中国に駐在して情報を収集することのリスク

こうした事実からわかるとおり、ビジネスパーソンが中国に駐在して現地で情報を収集すること自体がかなりのリスクを伴います。

では、ビジネスパーソンが産業スパイとして誤解されないために、個人として日頃から気をつけるベきこと、会社が組織として対策すべきことは何があるでしょうか。

私は中国法の専門家ではないので確実なことは言えませんが、過去のケースなどを見る限り、以下のような対策が立てられそうです。

箇条書きで列挙します。

また、日経新聞でも、日本企業の取り組みが紹介されています(会員限定記事)

個人レベルでの日常的注意点

情報収集・交流時の注意

  1. 公的に入手可能な情報に限定して収集する(政府統計、公式発表、公開ニュース等)
  2. 業務上のヒアリングや取材では、事前に質問項目を共有し、相手の同意を得る
  3. 関係者との会話や会合では、国家機密・経済安保に関連する話題を避ける(軍事、重要インフラ、新興戦略産業の詳細等)
  4. SNSやメッセージアプリでも、業務・技術に関する具体的な情報を送らない
    • SNSやメッセージアプリは検閲されていると覚悟してください

文書・データの扱い

  1. 現地でのUSBや外部HDDの使用は最小限にし、暗号化とパスワード保護を徹底
  2. 現地で作成・保存するファイルは社内サーバ経由で管理し、私物PCやスマホへの保存は避ける
  3. 廃棄文書は現地法令・社内規程に沿ってシュレッダーや溶解処理

出張・移動時の配慮

  1. 撮影は観光地や許可区域に限定し、港湾・工場・インフラ施設等は避ける
  2. 現地顧客・関係者との会食や非公式会合では、録音・写真撮影は慎重に
  3. 現地で配布される資料の出所・許可を確認し、「持ち出し不可」の資料は持ち帰らない

記録・透明性の確保

  1. 業務上の打合せや調査活動は日付・場所・相手・目的を記録し、社内で共有できる状態にしておく
  2. 不審な接触(身元不明の人物からの情報提供依頼等)があった場合、即座に社内コンプライアンス窓口に報告
    • アステラス製薬の従業員は公安調査庁に情報を提供したことがスパイ活動として認定されたので、公安調査庁からの依頼があっても個人として対応すべきではありません

日本企業が講じるべき組織的対策

渡航前教育・ガイドライン

  1. 反スパイ法・国家安全法の概要と適用事例を含む法令遵守研修を実施
  2. 想定されるリスクの高井行為(無許可の工場見学、現地関係者への過度な質問等)と回避方法を具体例で提示
  3. 緊急時の大使館・領事館・本社連絡ルートを明確化

情報管理体制

  1. 機密情報のアクセス権を最小化し、現地端末に重要データを残さないクラウド型環境を採用
    • クラウドそのものが監視されている可能性も捨てきれない
  2. 外部とのデータ授受は社内承認フローを必須化
  3. 出張者に貸与するデバイスは、持ち込み・持ち出しデータの自動ログ記録機能を搭載

危機対応計画

  1. 現地社員・駐在員が拘束・取り調べを受けた場合の初動マニュアルを整備
  2. 弁護士・現地法務事務所との緊急連絡契約を事前に締結
  3. 情報発信は本社広報・法務を通じて一元管理

現地法人・提携先の監督

  1. 現地法人においても同一レベルのコンプライアンス規程を適用
  2. 提携先やサプライヤーの情報収集活動をモニタリングし、不透明な情報源や調査依頼を拒否できる契約条項を設定

これだけの対策を実施したとしても反スパイ法を恣意的に運用されてしまえば、日本国内の常識は通用しません。

慎重に慎重を重ねるくらいの万全の対策をして、くれぐれも気をつけてください。

社内研修のための資料

上記の内容をパワーポイントにまとめましたのでPDF化してアップしておきます。

社内用の資料のたたき台として使ってください。

資料として使用する際の注意点も最終ページに入れてあります。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。

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