日産自動車の株主総会で前社長が業績悪化について説明せず紛糾。株主総会だからといって議長の議事進行権、取締役の説明義務に拘泥するのではなく危機管理広報の意識が必要だった。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

出張続きで少し間が空いてしまいました。今回は、日産自動車の株主総会を取り上げます。

日産自動車の定時株主総会

日産自動車は2025年6月24日、定時株主総会を開催しました。

前年比446人増の1071人の株主が出席し、開催時間も前年比1時間19分延の3時間06分に及んだようです。

その要因になったのは、2025年3月期決算で6709億円という過去3番目に大きな最終赤字を計上し、株主に対する剰余金配当が無配となったことについて、株主から内田誠前代表取締役社長らの経営責任に関する説明を求める声と、そうした状況にもかかわらず退任する役員らに対する報酬が高額であること(例えば、内田誠前社長には総額3億9000万円。うち退職慰労金は1億7500万円)への批判が集まったからです。

議長の議事進行権、取締役の説明義務

日産自動車の株主総会では、内田前社長の経営責任を批判し、説明を求める声が集まったようです。

そうであるにもかかわらず、内田前社長からの説明がなかったことが批判されています。

まず法的に言えば、株主が指名したからと言って内田前社長が回答・説明する義務はありません。

株主総会において誰に回答させるかは、株主総会の議長の議事進行権に委ねられます。議長の専権です。

そうしないと、かつての総会屋のような株主が現れたときに、株主総会の議事進行の主導権を株主に奪われてしまい、総会の議事整理ができなくなってしまうからです。

そのため、株主が内田前社長を指名したとしても、議長を務めたエスピノーサ社長が自ら回答したり、他の取締役を回答者として指名し説明させたとしても、法的には間違いではありません。

会社提案の議案もすべて承認可決されました。

株主が株主総会決議の取消訴訟を提起したとしても負けることはないでしょう。

株主総会決議の取消訴訟について詳しくは、私が会社法の大家の一人である近藤光男先生らと執筆した「判例法理 株主総会決議取消訴訟」(中央経済社・2024年2月刊)をご覧下さい(宣伝してみました)。

複数の実務家・学者によって、過去の株主総会決議の取消訴訟に関する判決を分析・論評した書籍です。

株主総会にも危機管理広報の視点

法的には以上のとおりではあるのですが、しかし、今回の日産自動車の株主総会は、昨年のホンダとの提携解消や事業整理に関する報道、社会人野球の日産自動車の復活もあり、株主だけでなく、潜在株主である投資家、取引先(協力会社)、消費者(特に日産自動車を愛する顧客)、世の中の人たち、従業員などステークホルダー全体からも注目されていました。

それだけに、株主総会で回答者から語られる言葉は、出席株主以外にも届くことを意識した内容であるべきでした。

回答内容次第では、「経営者が刷新された日産自動車には期待ができる。まだまだ頑張れ」などの激励の声や期待も生まれたかもしれません。

株主総会での説明内容によって、日産自動車のブランド価値や信用などの企業価値が復活・向上したかもしれなかったのです。

ところが、現実には、エスピノーサ社長が謝罪しただけで、経営悪化の当事者である内田前社長が経営責任について説明することはありませんでした。

また、工場を閉鎖する一方で、役員が高額な報酬を得ることについて合理的な説明もありませんでした。

その結果、株主総会後のメディアの報道やSNSでの反応はことごとく日産自動車に対して批判的な内容ばかりになってしまいました。

これでは、新生・日産自動車に期待する株主・投資家、取引先・顧客、世の中の人たち、従業員は現れません。現れないどころか、既存の株主、顧客、従業員は心が離れていくでしょう。

SNSでは「これまで日産に乗っていたけれど、次の買い換えからは変える」という声もありました。

ここ10年くらい「開かれた総会」などと称し、また直近では「株主との対話」が要請され、かつての総会屋対策を念頭に必要最小限度の説明しかしない総会運営から変化していたはずなのに、その真意や狙いについてまでは、まだ会社が理解していないのかもしれません。

株主総会であったとしても、ステークホルダーの期待に応えられるよう(もちろん、不当な要請は拒絶する)、危機管理広報の意識を持つ必要があるのです。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。

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