女性取締役・管理職の推進と機関投資家の議決権行使とLGBTの関係に素朴な疑問。多様性の要請のために、役員候補者はLGBTの告白を強要されるのか?

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

女性取締役・女性管理職を推進する動きが目立っています。

今回は、女性取締役・女性管理職の推進をするときにLGBTの人たちはどんな扱いになるのか、素朴な疑問です。

女性の骨太方針2023

2023年6月13日には政府が「女性版骨太の方針2023」を決定しました。

東証プライム市場に上場している会社は、2025年を目処に女性役員を最低1人以上、2030年を目処に女性役員の割合を30%以上にしようとするものです。

ここで素朴な疑問があります。

LGBTの役員はどう扱われるのだろう?という点です。

多様性とLGBT理解増進法

2023年6月16日に「多様性」を背景として、LGBT理解増進法が成立しました。

LGBT理解増進法に関する自民党のQ&A(Q6)を見ると、20人~30人に1人はLGBTの人がいるようです。

そうすると、役員を改選する場合に一人くらいはLGBTの候補者が含まれていてもおかしくありません。

一定の割合で女性取締役を選任する目的が、取締役会での議論の「多様性」にあるなら、LGBTについての配慮は不可欠はなずです。

見た目が男性だけれどトランスジェンダーアイデンティティが女性な役員のカウント方法と多様性

役員全員の見た目が男性だけれども、そのうち1人はトランスジェンダーアイデンティティが女性である場合には、女性役員を最低1人以上には該当しないのでしょうか?

まず現実的ではありませんが、仮に見た目が男性である役員の30%以上のトランスジェンダーアイデンティティが女性である場合、これは女性取締役の割合が30%以上に該当しないのでしょうか?

トランスジェンダーアイデンティティが女性であれば、見た目が男性であっても、女性目線での意見を交わすことができるので、取締役会での議論の多様性は確保できます。

仮にトランスジェンダーアイデンティティが女性でも見た目が男性の場合には女性役員に該当しないとするなら、見た目や名前で男女を判断していることになり、LGBT理解増進法の趣旨に反します

わずか1か月の間にLGBT理解増進法と女性の骨太方針2023という矛盾する2つの政策を作ったことになります。

役員の見た目が女性だけれどトランスジェンダーアイデンティティが男性な役員のカウント方法と多様性

役員が1人を除けば全員が見た目もトランスジェンダーアイデンティティも男性で、1人だけ見た目が女性だけれどトランスジェンダーアイデンティティは男性である場合には、どうなるのでしょう?

トランスジェンダーアイデンティティが全員男性なら、取締役会での議論は全員男性目線での発想になり、議論の「多様性」は確保できなくなります。

仮にトランスジェンダーアイデンティティが全員男性でも、見た目だけ女性の役員がいればいいとするなら、「女性の骨太方針2023」が目指すものは何なのかがわからなくなります。

機関投資家の議決権行使基準と議決権行使助言会社とLGBT

最近では、国内外の機関投資家の議決権行使基準や議決権行使助言会社は「多様性」を理由に、女性取締役の割合が低い上場会社には株主総会で役員選任議案で反対票を投じることを公にしています。

これもLGBTの役員をどう位置づけて理解すればよいのかがわかりません。

上と同じで、見た目が全員男性でもトランスジェンダーアイデンティティが女性な役員がいれば「多様性」は確保でき、見た目が女性の役員がいたとしてもトランスジェンダーアイデンティティが男性の役員なら「多様性」は確保できません。

この場合、機関投資家や議決権行使助言会社は役員候補者に賛成票を投じるのか、それとも反対票を投じるのでしょうか。

機関投資家や議決権行使助言会社が「多様性」を求めているなら、トランスジェンダーアイデンティティが女性の役員がいれば「多様性」を確保できるので、見た目に関わらず、賛成票を投じるべきでしょう。

役員候補者はトランスジェンダーアイデンティティを自白しなければならないのか?

ここまで考えると、新たな課題に出くわします。

見た目が男性で、トランスジェンダーアイデンティティが女性の役員候補者がいるとしましょう。

証券取引所も、株主総会の招集通知を受け取った株主も、機関投資家も議決権行使助言会社も、その役員候補者がトランスジェンダーアイデンティティが女性であるとはわかりません。

見た目で男性か女性かを判断するしかありません。

しかし、トランスジェンダーアイデンティティが女性なら、取締役会での「多様性」は確保できます。

そうすると、この役員候補者が株主総会で賛成票を獲得するためには、招集通知に「トランスジェンダーアイデンティティは女性です」と記載する、あるいは何らかの方法で開示することが必要になってしまいます。

これは、トランスジェンダーアイデンティティの自白を強要させることに他ならず、候補者のプライバシーを侵害することになります。

機関投資家や議決権行使助言会社はどうやって多様性が確保されているのかを判断するのでしょうか。見た目、名前で判断するなら、それは多様性の否定と同じです。

というか、見た目と名前で判断するだけで機関投資家や議決権行使助言会社をやれるなら、そんなレベルの低いことで収入を得ているの?という疑問もします。

役員の経歴、実績などを考慮して「多様性」を判断すべきなのではないでしょうか。

まとめ

LGBTの問題を突き詰めて考えれば考えるほど、男女比で「多様性」を確保する動きはいずれどこかで無理が来ます。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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