動画で謝罪する際に、危機管理広報の観点から注意すべきポイント

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

2023年5月14日、ジャニーズ事務所の前社長が所属芸能人に性加害をしていたことについて、現社長が謝罪動画の配信と文書を発表しました。

動画と配信された内容の書き起こしはこちら↓

謝罪の動画を一方的に配信するだけ、質疑応答も事前に受け付けたものを書面で回答するだけで、危機管理広報としては大失敗だと思います。

今回は、ジャニーズ事務所の謝罪がなぜまずかったのかを確認しながら、動画で謝罪する際に危機管理広報の観点から注意すべきポイントを解説します。

動画による謝罪の是非

ジャニーズ事務所の動画での謝罪は「内容」と「方法」の2つの面で失敗しています。

「内容」の拙い点を確認してから、動画の一方的配信という「方法」と質疑応答は動画ではなく書面回答にした点がなぜ拙かったのかを説明します。

動画の「内容」が不誠実

ジャニーズ事務所の藤島社長は、動画を配信して、故・ジャニー喜多川氏による性加害の被害者に謝罪の言葉を発しました。

といいますか、謝罪の言葉だけで、他には何も内容がない動画です。

会見する意思がないことが丸わかりで、周りが盛り上がってきたから渋々配信したのかな、という印象を受けました。とても信頼を回復するには値しない、不誠実な謝罪だと言っていいでしょう。

この時点で、危機管理広報としては失敗です。

動画の配信という「方法」の問題点

ジャニーズ事務所は動画を一方的に配信するという方法で謝罪し、謝罪会見は行いませんでした。

たしかに、最近は、動画を配信するケースは増えています。

最近では、ダイハツの不正問題についてトヨタの会長、社長がYouTubeのトヨタイムズ・チャンネルで動画を配信したケース、少し前なら、ゴーン会長(当時)が逮捕された当日の日産自動車の社長(当時)による記者会見の配信を、YouTubeの日産自動車のチャンネルから配信したケースがあります。

しかし、今回のジャニーズ事務所の動画配信とトヨタ、日産の動画配信との決定的な違いは、逃げの姿勢を感じさせるか否かです。
緊張感の有無と社外の声に耳を傾ける気があるかと言ってもいいかもしれません。

トヨタの配信は記者会見ではありませんでした。しかし、司会進行役がいて、かつ、コメント欄(リアルタイムのチャット欄)を公開し、ライブスタイルで行われました。

内容も良かったので、視聴者に逃げの姿勢を感じさせないスタイルでした。

日産自動車の配信は記者会見の様子をそのままライブ配信したものでした。記者との質疑応答の様子まですべてライブ配信し、緊張感が伝わってくるものでした。

こちらも、視聴者に逃げの姿勢を感じさせないものでした。

両社とも、ジャニーズ事務所が配信した動画とは、視聴者に与える印象は大違いです。

これに対して、ジャニーズ事務所の配信した動画は、炎上したYouTuberが謝罪するときのスタイルです。

緊張感はなく、あくまでも自分たちの土俵で配信するだけで、見た目だけ黒い服に地味な背景にして、それっぽくした「謝罪ごっこ」と言ってもいいでしょう。

この動画配信の「方法」も、信頼を回復させるにはほど遠いと感じさせるものでした。

書面による質疑応答の是非

ジャニーズ事務所の質疑応答は、事前に受けたものに書面で答えるだけでした。

文書全文はこちら↓

会見の場で記者から厳しい声を浴びせられる、その場で取り繕わずに社長が自分自身の言葉で誠実に答える。そういう表情や姿勢、様子を見て、視聴者は信頼回復に値するかどうかを判断します。

しかし、書面回答の場合には、社長自身が考えないで別の担当者が回答を作ることができます。

社長が性被害の件をどれだけ重く受け止めているのかという表情や姿勢はまったく見えてきません。

また、今回の書面回答は事前に受けた質問に対して答えただけで、会見を見ながら違和感を覚えた部分に記者がさらにツッコミを入れる質問や自分たちにとって都合の悪い質問に答えることはありませんでした。

寄せられた質問全部に答えたのか、一部だけに答えたのかもわかりません。

記者会見の様子をライブ配信したり、チャット・コメント欄をオープンにすれば、視聴者は、他の人がどういう印象を抱いたかを画面越しに知ることができます。

「他の人たちも不信感でいっぱいなんだな」とか「他の人たちは実はそれほど怒っていないのか」などを知ることは、視聴者の溜飲を下げることにも繋がります。

しかし、書面回答では、それもできません。

やはり信頼回復にはほど遠い印象しかありません。

まとめ〜動画での謝罪をするときのポイント

動画で配信するときにも、信頼回復に値する内容と方法で行う必要があります。

そのためには、

  • ライブ配信で行う ex.社長の緊張感を伝える
  • 外の声に耳を傾ける ex.質疑応答やライブチャットをオープンにする
  • 社長自身の言葉で語る状況を作る ex.記者会見

が必要です。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。