こんにちは。弁護士の浅見隆行です。
大阪市高速電気軌道(Osaka Metro)は2026年7月17日、株式会社EVモーターズ・ジャパン製のEVバスの調達について、社内調査の結果をまとめた調査報告書を公表しました。あわせて取締役3名の辞任と降任を明らかにしています。
読むと、安全性に関するリスクは3度、指摘されていました。それでも調達は止まらんなかったのです。
EVバス190台の使用を断念し、67億円の特別損失を計上した
Osaka Metroは、海外で製造されたEVバス190台を、EVモーターズ・ジャパンを通じて調達しました。大型バスと小型バスのOEM先は中国のWisdom Motor、超小型車両は中国の中車グループの傘下企業です。いずれも並行輸入車として国内に持ち込まれています。
しかし、不具合が続きました。
大型・小型バスは万博期間中だけで832件、うち運行に支障が出たものが243件あります。超小型車両は常時10台程度しか動いていないのに、約100件が見つかりました。
オンデマンドバスは2025年9月1日、回送運転中にハンドル操作が利かなくなり、中央分離帯に衝突する事故を起こしています。
Osaka Metroは2026年3月31日に全車両の使用断念を公表し、2026年3月期の決算で、補助金返還引当金繰入額等を含む67億円の特別損失を計上しました。
安全性に関するリスクは3か所で指摘されていた
社長は聞いたが、何も問わなかった
交通事業本部は2022年2月17日、当時の代表取締役社長であった河井英明氏に社長レクを行いました。
その資料には、EVモーターズ・ジャパンの導入実績の少なさがリスクとして挙げられ、メーカーの製造能力等を確認する、とされていました。
社長が安全に対する意識があれば、この場で尋ねることができたはずです。
「実績が少ないというのは何社で何台のことなのか。」「製造能力の確認は、誰がいつまでにやるのか。」など。
社長レクは決裁の場ではありませんが、まだ引き返せる段階なのですから、確認を宿題として指示することもできました。
しかし調査報告書には、その後に確認が行われた形跡はなく、河井氏が対応状況を確認した事実も認められなかった、と記載されています。
河井氏は1か月半後の3月30日、EVバス導入を承認する取締役会に加わっています。決裁の場でも、2月の件がどうなったかを聞いていません。
リスクとして受け止めていたのなら、遅くとも自分が承認する場では確かめたはずです。安全に対する関心が高ければ、こうはならなかったと思います。
子会社の反対は、取締役会に報告されなかった
万博でバスの運行を担う子会社の大阪シティバスは、メーカー3社を比較してEVモーターズ・ジャパンを最下位と評価し、2022年3月24日の経営会議で導入見送りを決議しました。
当時の大阪シティバスの社長は同月28日、親会社の担当執行役員と担当部長に反対を伝えます。しかしその場で説明を受け、反対は撤回されました。
Osaka Metroの取締役会はその2日後、EVバス導入を全会一致で承認します。子会社が導入見送りを決議していたことは、取締役会に報告、共有されていませんでした。
取締役会に報告、共有すれば、2日後の承認が止まります。
親会社の担当執行役員と担当部長の2人にとって子会社が反対していることは、経営に共有すべきリスク情報ではなく、子会社に説明して納得させれば済む話でした。
説明して片付いた話は、報告するものではなくなります。隠したのではなく、共有すべきものだと思われなかったのでしょう。
「社長説明済み」で調達部の懸念が止まった
調達部は2022年5月31日と6月7日の会議で、中国で製造されることによる保守部品の調達やメンテナンス対応、責任の所在への懸念を表明しています。
このとき、当時の調達部担当取締役から、本件は社長説明済みであることを理由に、納期厳守で事務を進めるよう指示が出ました。
「社長説明済み」という言葉が効果を発揮するのは、言われた側にそれを確かめる手段がないからです。調達部の担当者が社長室に行って、社長は何と言ったのかを尋ねることは、現実にはできません。
もちろん、説明したという事実と、社長が判断したという事実は違います。しかし、この2つが日常の会話で区別されることはありません。
実際、河井氏は2月にリスクを聞いたまま確認していませんでした。社長は何も判断していないのに、社長に説明したという事実だけが、4か月後に調達部の懸念を止める理由として使われたことになります。
取締役会が指摘できる材料もあった
Osaka Metroの取締役会が2022年3月30日に承認した議案は「EVバス車両の導入と運行管理システム(FMS)開発に関する補助(GI基金・大阪府市補助)への提案の件」です。取締役会が審議したのは、あくまでも、補助金申請への提案でした。
補助金の申請は、社内で反対しにくい議案になります。自社の金だけで86億円のバスを買うなら、取締役は台数の根拠を厳しく問うたはずです。しかし補助が付けば、身銭を切る分が減るので、もらえるうちにもらっておこうという話に変わりがちです。申請には期限もあります。
100台という数字も、万博輸送に必要な台数から出たものではありません。GI基金の支援を受けるには一定規模の実証実験が必要とされていて、その規模を満たすために100台になりました。追加の50台に至っては、大阪府と大阪市から補助金を活用するよう要請を受けたことで検討が始まっています。
それでも、取締役がリスクを指摘するための材料は揃っていました。
議案には調達する台数は150台と書かれています。当時、EVバスを量産しているメーカーは国内になく、車両が非国産になることは、前年11月の万博協会との会議でも話に出ていました。
量産しているメーカーがないのに150台をどう揃えるのか。実際に走らせる子会社は何と言っているのか。取締役であれば、業界の事情を知らなくても聞ける質問です。
取締役の誰も聞かなかったのは、材料がなかったからではありません。EVバスの調達を、安全性を確かめなければならない案件だとは思っていなかったからだと思います。
国が認めたのだから安全だ、という思考停止
車両調達を担当した豆谷美津二取締役は、EVモーターズ・ジャパンの車両は並行輸入車だから、運輸支局の並行輸入自動車審査で保安基準への適合が確認されてナンバープレートが交付される、だから安全性は大手メーカーから買う場合と変わらない、という趣旨のことを述べています。
調査報告書は、この認識を、安全性に問題がないと安易に考え、特段の対応は必要がないと妄信してしまった、と書いています。妄信という言葉を、会社自身が使っています。
保安基準への適合が意味するのは、その車両を公道で走らせてよい、ということでしかありません。
実績のないメーカーの車両を150台も入れて、毎日、大勢の乗客を乗せて安全に走らせられるかどうかは、運輸支局の審査が答えを出してくれるものではありません。
「国が認めたのだから大丈夫。」
そこで考えるのをやめてしまえば、あとは何も確かめずに済みます。実際にEVバスを走らせる子会社に、これでよいと思うか、懸念はないかと尋ねる必要も生じません。
安全を確かめる責任を、審査を通ったという事実に肩代わりさせたわけです。乗るのは、そんな審査があることも知らない乗客です。
3か所で指摘が出ても調達が止まらなかったのは、社長も、取締役会も、調達部の担当取締役も、安全性は自分が確かめる事柄ではないと思っていたからだと思います。
リスク管理を働かせるために
調達の決裁に、使う側の意見を書かせる
買う部門と使う部門が違う会社は珍しくありません。本社が買い、現場や子会社が使う。この形をとっている限り、同じことは起こります。
そこで、調達の決裁書に、使う部門や運行を担う子会社の意見を書く欄を設けます。書くのは、買う側ではなく使う側の責任者です。
賛成か反対かだけでは足りません。安全性や業務の安定的な継続に懸念があるなら、その内容と、何をどこまで確認できれば解消するのかまで書いてもらいます。
欄があると、買う側は決裁を回す前に聞きに行かざるを得なくなります。空欄のままでは決裁が止まるからです。使う側にとっても、正式に意見を残せる場になります。
反対意見が書かれた決裁書は、そのまま上まで上がります。今回のように、担当者どうしのやり取りで消えることがなくなります。
取締役会でも、議長が説明の直後に「使う側は何と書いていますか」と尋ねる型にしておけば、質問が個人の関心に左右されません。
基準に適合していることを、安全の答えにしない
法令や基準への適合が意味するのは、違法ではない、ということでしかありません。
自社の事業で、自社の使い方で、安全に使えるかどうかは、自社で確かめるほかありません。
新しい技術や実績の乏しい取引先から調達する案件では、基準に適合しているかの確認とは別に、自社の使い方で安全に使えるのかを誰が確かめるのかを、決裁を回す前に決めておくことが必要です。
その役が決まっていないまま回っている稟議が自社にないかどうか。そこから見てみるのがよいかもしれません。
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