ウテナがAI広告の動画を削除し、交通広告も撤去。コンプライアンスを「法令遵守」と捉える誤解が広告を炎上させる

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

株式会社ウテナは2026年5月6日、スキンケアブランド「ウテナ モイスチャー」のPR動画『潤い戦士 モイスチャー』について、公式YouTubeの動画と関連するSNS投稿を削除し、掲出中の交通広告も順次撤去すると発表しました。

同社は4月27日から東京で、5月1日から大阪で交通広告を掲出し、5月1日に生成AIを使って制作したPR動画を公開していました。公開後、「美少女戦士セーラームーン」に似ているという指摘がSNSに集まりました。

注目したいのは、この公表文からわかる社内審査の実体です。

「リーガルチェックを重ねた上で」公開された広告

同社は公表文で、本件は外部専門家を交えてリーガルチェックを重ねた上で公開に至ったと明らかにしています。手続を省いたわけではありません。

むしろ、外部の専門家まで入れて、通常より念入りに確認した案件です。

同時に同社は、今後は法的ルールの遵守だけでなく、見る方への配慮を含めた表現に対するチェック体制を全面的に見直すとも書いています。

この二つの記述を並べると、同社の社内審査で何が行われ、何が行われていなかったのかが見えてきます。

行われていたのは、著作権をはじめとする法令に触れないかの確認です。行われていなかったのは、この広告を見た人がどう感じるかの確認です。

法令に違反しなけれなければ審査は終わり、という誤解

「審査したつもり」になる仕組み

多くの会社で、広告の社内審査は法務部門への確認と同じ意味で運用されています。制作物が仕上がり、法務に回し、「問題なし」の回答が返ってくれば、審査は済んだ扱いになります。

しかし、法務が見ているのは、景品表示法に触れる表示がないか、他社の著作物を無断で使っていないか、といった点です。加えて、不正競争防止法に触れる模倣がないか、特定の個人や会社の名誉を毀損しないかも確認します。化粧品や医薬品であれば、薬機法の表示規制も加わります。

いずれも、法令に照らして白か黒かを判断できる項目です。

忘れがちなのは、法令に触れないこと(リーガルチェック)と、見た人が不快に思わないことは別、ということです。

既存の作品に似ていても、著作権を侵害しない範囲に収まっていれば、法務からは問題なしという回答が返ってきます。

しかし、権利の侵害にあたらない程度の似方であっても、見た人は真似をしたと受け取ります。元の作品を長く大事にしてきた人にとっては、その受け取り方が不快感や反発に変わります。法務の回答は、そこまでを見越したものではありません。

不快に思われないかを確かめる手続は、多くの会社の広告審査にありません。

法務が手を抜いたわけではなく、頼まれたのが法令に触れるかどうかの確認(リーガルチェック)だけだからです。

かくして、多くの会社では、社内審査という名前は付いていても、通るルートは法務の確認一本です。回答が返ってきた時点で審査は終わり、「審査したつもり」 のまま世に出ます。

どこまで確かめてから出すのかが決まっていない理由は、二つに分かれます。

一つは、確かめる必要があるという問題意識を会社が持っていない場合です。もう一つは、必要だと分かっていても、決めきれずにいる場合です。

法令に触れるかどうかであれば、条文と処分の実例がある分、確認する基準を書き表せます。

ところが、不快に感じるかどうかは、見る人によって違います。規程に書けないものは審査の項目にならず、項目にならないものは誰も確認しません

審査を依頼する側の事情も重なります。

不快に思われないかを誰に見てもらえばよいのかが分からないため、法務に出しておけばそこも見てくれるだろうと受け止めます。法務は法令の確認だけをして返し、依頼した側は全部を見てもらったつもりで受け取ります。

ウテナの事案では、外部の専門家まで入れて確認しています。広告を企画し、審査を依頼した側からすれば、やれることはやったという感覚だったはずです。

誰も指摘しなかったのではなく、誰も見ていなかった

不快に思われないかを確かめる手続がなかった、という説明はここまでで付きます。手続を作れば済む話にも見えます。

ただ、今回の事案を企画の側から見ると、その手前で誰の関心もそこに向いていなかったことが分かります。

企画を立てた社内の部門が狙っていたのは、愛用者の中心が60代から70代になっているブランドを、若い世代に届け直すことでした。

ブランドの歴史から生まれた昭和レトロな世界観を、Z世代に向けて「新しく、かつ違和感のあるもの」として作り直し、SNSと交通広告で発信してきた延長に、今回のアニメ動画がある、とも報じられています。

変身ヒロインというコンセプトも、生成AIによる制作期間の短縮も、その狙いから出ています。

制作を担った側の関心は、若い世代に届く表現に仕上がっているかに向きます。法務の関心は、法令に触れないかに向きます。

既存の作品を長く愛してきた人がこれを見てどう感じるかは、企画した部門、制作した側、法務のいずれの視野にも入っていません。

社内で指摘する人がいなかったのではなく、その角度から見る場面がどこにもないまま公開に至ったのではないでしょうか。

小林製薬の紅麹問題と根っこは同じ

ウテナの事案と並べて見ておきたいのが、小林製薬の紅麹関連製品の事案です。

広告と健康被害では事案の種類がまったく違いますが、失敗の根っこは同じところにあります。

この事案では、事実検証委員会が、遅くとも2024年2月上旬以降、消費者の安全を最優先に考え、健康被害の状況の公表や製品回収という選択肢に力点を置いて直ちに動くべきだったと総括しています。

紅麹の事案で起きたのは、法令上の義務である行政への報告をどう果たすかへの意識が、消費者の生命と健康の安全への意識に優先したことです。因果関係が確認できるまでは動けないという判断のもとで、公表が遅れました。

ウテナの事案は、優先順位を誤ったというより、その手前です。見る人がどう感じるかを確かめるという発想が、審査体制を構築した時点でありませんでした。

現れ方は違っても、コンプライアンスを法令遵守だと誤解している点で共通しています。

コンプライアンスは、ステークホルダーの期待に応えることです。法令は、その期待のうち、社会が最低限の水準として条文にしたものにすぎません。

法令に触れないことを確認して安心する会社は、期待の下限だけを確かめて、期待そのものを確かめていません。

その結果が、危機管理の場面では公表の遅れとして現れ、広告の場面では炎上として現れます。

見た人がどう受け止めるかを、審査で確かめる

ここからは、社内の広告審査をどう見直すかという話に移ります。

何のために審査するのかを確かめ直す

出発点は、広告の社内審査を何のために行うのかという確認です。

目的は、ステークホルダーの期待に応え、企業価値が損なわれる事態を防ぐことにあります。法令に触れないことは、その目的の一部でしかありません。

そうであれば、審査の対象に、この広告を見た人がどう受け止めるかを加える必要があります。

加えるべきは項目ではなく、確かめる作業そのものです。

誰に、いつ、どう見てもらうか

誰に見てもらうかを決めます。

制作にも決裁にも関わっていない社員を複数人選び、年齢と立場を散らします。同じ部署の同世代だけで見ると、企画意図を共有している人ばかりが集まり、外から見た印象が出てきません。

いつ見てもらうかは、法務に出す前です。

法務の確認が終わった後にこれをやると、法的に問題なしという結論が出た案件に注文を付ける形になり、事実上できなくなります。見てもらう順番を入れ替えるだけで、言えるかどうかが変わります。

どう聞くかも決めておきます。

理由の説明を求めず、見た瞬間の印象を言葉のまま書いてもらいます。なぜそう感じたかの説明を先に求めると、うまく説明できない人は黙ります。「なんとなく落ち着かない」「どこかで見た気がする」という一言こそ、拾いたい情報です。

出てきた違和感をどう扱うか

拾った印象をどう扱うかで、この作業の値打ちが決まります。

もちろん、挙がった違和感や指摘をすべて反映して直す必要まではありません。何が引っかかったのかを特定し、それを承知の上で出すのか、直して出すのかを決裁の場で判断します。

批判の声が出たら必ず削除し撤去する、という話ではありません。

東洋水産は2025年2月に公開したアニメCMに「性的だ」という批判が集まった際、CMを削除しませんでした。本ブログでも、あの対応は昔ながらの危機管理の枠組みで整理できると書きました。

不当なクレームに応じないという判断は、それ自体が経営判断として成り立ちます。

分かれ目は、批判に応じたかどうかではなく、どういう反応が起きうるかを知った上で出したかどうかです。

知って出したのであれば、批判が来ても説明できます。知らずに出せば、指摘されて初めて自社の広告の意味を知ることになります。

ウテナが削除と撤去に追い込まれたのは、後者だったからです。

広告審査は、法務に回してから始まるものではありません。法務に回す前に済ませておく作業があります。

担当者の感度を上げる話ではなく、審査の手順を見直す話です。


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アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタル・オンラインに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。

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