こんにちは。弁護士の浅見隆行です。
サツドラホールディングスは2026年6月16日、子会社のサッポロドラッグストアーで起きた登録販売者の継続的研修の不適切受講について、内部調査委員会の調査報告書を公表しました。
報告書は、2025年度の研修を他の従業員に代理で受講してもらったと回答した従業員が54名、研修動画の形式的な再生や解答の共有といった方法で研修を終えた従業員が514名に上ることを明らかにしています。
これだけの人数が並ぶと、規範意識を欠いた従業員が各地の店舗にいた話に見えます。
しかし、報告書を読むと、そうではありません。同じことが起きる条件が、全店舗に置かれていました。
代理受講54名、不適切受講514名の実態
きっかけは外部からの通報でした。
札幌市保健所は2026年4月7日、サッポロドラッグストアーの元従業員から「継続的研修を受けさせてもらえなかった」との連絡があったとして、同社に調査を依頼しています。
社内調査により、サツドラ北8条店で代理受講が判明しました。全店舗を対象とした実態調査でサツドラニセコひらふ店でも同じ運用が確認され、2店舗で延べ21名分となりました。
北8条店で何が行われていたかは、報告書に細かく書かれています。
当時の店長は2025年、研修を受けるべき登録販売者18名に対し、自分で受講するか、ヘルス業務の担当者に代行してもらうかを尋ねました。
自ら受講することを選んだ登録販売者は、1人もいませんでした。
ログインIDは「sds+社員番号」で、パスワードの初期値は「111111」に設定されていました。初回ログイン後の変更は本人の任意に委ねられていたため、他人が本人になりすますことは容易でした。パスワードを変更していた人については、代行する担当者が本人から聞き出して使っています。
内部調査委員会は、登録販売者の資格を持つ全従業員1855名にアンケートを実施し、1747名(94.2%)から回答を得ました。ここで出てきたのが、冒頭の54名と514名という数字です。
514名は回答者の29.4%にあたります。一般従業員では25.9%であったのに対し、店長や薬局長を含む管理者層では48.8%と、およそ半数に達していました。
集合研修をやめた日に、何が失われたか
2019年度以前、サッポロドラッグストアーの継続的研修は集合研修が中心でした。研修日を別に設け、対象者が店舗を離れて会場に集まる方式です。
2020年、新型コロナウイルスの感染拡大で参集が困難になり、厚生労働省がオンライン研修等の活用を認めたことを受けて、同社は動画を各自が視聴するeラーニングへ移行しました。
報告書は、この切り替えにより「研修受講のための時間を通常の勤務時間の中に組み込むこととなった」と記載しています。
この判断自体は合理的な選択でした。
しかし、集合研修からeラーニングに移行したことで、通常の業務から切り離されている、という条件が失われました。
集合研修では、会場に行けば自動的に業務から離れられました。
しかし、eラーニングでは、通常業務からの切り離しは、店舗ごとの運用と店長の裁量に委ねられることになりました。
研修を終わらせることが目的に
eラーニングの受講場所は、売場隣の店舗事務所
店舗勤務者が研修を受ける場所は、原則として売場に隣接した店舗事務所でした。
そのため、受講中でも、応援ベルが鳴ればレジに出なければなりません。接客も電話対応も品出しも発注も、同じ時間帯に降ってきます。
アンケートの自由記載には、動画の再生を中断していては時間内に視聴を終えられないため、売場に呼ばれている間も再生を止めずにいた、という趣旨の回答が複数ありました。
不適切な受講に至った直接の原因を尋ねた設問では、「業務の都合上、やむを得ず自ら不適切な方法を選択した」と答えた一般従業員が58.5%を占めています。「上司の指示」は24.6%でした。
多数派は、指示されたからではなく、自分でそうするしかないと判断していたことになります。
研修を勤務時間内にすべて受けられたと答えた人は、回答者の65.0%にとどまりました。
一部をサービス残業で対応した人が28.0%、すべてをサービス残業で対応した人が8.8%です。管理者層に限ると、勤務時間内にすべて受けられた人は48.1%でした。
店長の人件費や労務管理の負担が増した
店長155名のうち145名、実に93.5%が、部下に研修を受けさせる際の負担として「受講時間を確保するためのシフト調整など、想定外の人件費増や労務管理上の負担が大きくなること」を選んでいます。
不適切な方法での受講を指示または黙認したと答えた店長87名に理由を尋ねた設問では、67.8%が人手不足を挙げ、36.8%が「人件費や残業抑制へのプレッシャーがあった」と答えました。
報告書によれば、ブロック会議では各店舗の人件費や残業時間が数値化されて配信されていました。
強く非難される場ではなかったものの、他店と並んだ数字を見れば、残業を減らさなければという意識が働いたという趣旨の供述が確認されています。
同じ87名のうち48名は、「他の店舗・部署でも慣例的にやっていることを知っていたので、あえて指摘する必要を感じなかった」を選んでいます。
これを店長個人の規範意識の問題として片づけると、事案を読み違えます。
店長は、店を回すことと、人件費の数字を守ることと、期限までに研修を完了させることの3つを、同時に求められていました。
3つのうち2つを守る方法が、動画を流しておくことだったわけです。
学ぶための研修が、終わらせるための研修に変わってしまったのです。
相談窓口は4つあったが、1件も届いていない
サツドラグループには、社内の保健師や産業カウンセラーが対応する相談室、労働組合の窓口、外部機関の相談窓口、内部通報規程に基づく外部弁護士の窓口という、4つの相談窓口が置かれていました。
内部調査委員会が過去の相談履歴を確認したところ、遅くとも2026年5月末の時点まで、継続的研修に関する相談が寄せられた履歴はありませんでした。
ところが、同社が2026年5月15日に本件専用の特別相談窓口を開いた途端、動画の形式的な再生や解答の共有、勤務時間外の受講に関する情報が寄せられ始めます。514名という数字にたどり着く端緒は、この窓口でした。
窓口が4つあることは、その4つが使われることを意味しません。
現場が「これは通報すべき事柄だ」と認識していなければ、通報件数はゼロのまま推移します。
今回の例に当てはめれば、不適切受講が通報すべき事柄であるとの認識が、特別相談窓口が開設されるまでなかった、と言うことです。
制度が整っていて、通報がゼロであること自体が、経営陣にとって安心の材料になっていたと見ることができます。
監査法人でも、同じ形の不正が起きている
これは小売業に固有の話ではありません。
有限責任あずさ監査法人は2020年9月7日、公認会計士法で義務づけられた継続的専門研修の単位認定対象となる法人内のeラーニングについて、一部の社員および職員が不適切な受講を行い、必要な単位を満たしていなかった事実を公表しました。
1つのパスワードで2つの講座に同時にログインする方法で、2014年から続いていたと報じられています。
ドラッグストアの売場と監査法人の現場は、働く人も業務内容もまったく違います。
共通しているのは一点です。
繁忙ゆえに、資格を維持するための研修時間が、業務時間の中から捻出されていなかったことです。
会社が着手すべきことの順序
eラーニングを研修にしている会社は、どのように従業員による研修時間を確保したらよいでしょうか。
サツドラの例を題材に考えてみましょう。
義務を負っているのは、受ける人ではなく会社です
まず確認しておきたいのは、継続的研修の受講義務が誰に課されているかという点です。
薬機法施行規則は、店舗販売業者等に対し、業務に従事する登録販売者へ毎年度12時間以上の研修を受講させることを求めています。
義務を負うのは事業者であって、登録販売者本人ではありません。
その理由は、風邪薬を手に取った客が「これは飲み合わせに問題ないか」と尋ねたとき、答える人が最新の知識を持っていなければ困るからです。
研修は資格を維持するための手続ではなく、顧客(患者)の健康上の安全を守るための準備です。
この目的から見ると、受講者のパスワード管理の厳格化と全社的なコンプライアンス教育の追加は相応しくありません。
どちらも必要な措置ですが、これらの手順では、「作業としての研修」に対する監視を強め、現場の手間を1つ増やすだけです。
時間がないという現実はそれでは何も変わりませんし、顧客の健康上の安全を守るという目的を達成することはできません。
今回はサツドラという医薬品販売の業界の話しですが、他社でも同じ考え方が当てはまります。
現在、多くの会社が、コンプライアンス意識の向上や、企業価値の向上や持続的な人材の成長・発展のために「人的資本投資」の一環として、従業員にeラーニングでの研修を課しています。
しかし、業務の忙しさの中で研修を受講するとなれば、これは「作業としての研修」になり、目的が研修ノルマを終わらせることに置き換わってしまいます。
時間の枠をあらかじめ確保し、代替人員・予算も準備する
そこで会社が最初に手をつけるべきは、時間と場所を通常の業務から切り離すことです。
研修所管部門と店舗運営部門が、年度の研修計画を立てる段階で、受講時間を勤務シフト上の固定の枠として押さえる。受講中は店舗業務から外れていることが他の従業員にも分かるようにし、呼び出さないルールを明示する。
店内で難しければ、近隣の会議室や研修会場を使うことも選択肢になります。
もっとも、枠だけ作っても、人員が同じであれば店長はその枠を潰します。潰さなければ店が回らないからです。
[研修で抜ける時間に相当する人数]×[時間]を、通常の店舗運営に必要な人員とは別枠で予算に上乗せする必要があります。
この判断は人事部門だけでは決められません。
人件費の総額に関わる以上、経営会議の議題として扱うべき事柄です。
ここも他業界の会社でもそのままあてはまります。
並んでいる数字が、現場の優先順位になる
そのうえで、何を測定するかを変えることが必要です。
「受講完了率」を追いかけている限り、店長は完了させることを目的にします。
ブロック会議で人件費と残業時間が店舗別に並び、そのうち研修がどれくらい占めるかまで並んでいなければ、現場は人件費の抑制と残業時間管理を研修受講よりも優先させることを毎月学習していきます。
並んでいる数字が、その組織の優先順位です。
測る対象を「受講完了率」から「勤務シフト内で受講できた割合」に変える。
数字が並ぶ場を変えなくても、並べる項目を1つ足すだけで、店長の判断は変わり始めます。
ここもまた他の業界の会社でも同じです。
順序を逆にすると、言葉が届かない
最後に、経営陣が現場に何と言うかです。
「法定研修なので期限までに終わらせてください」とだけ伝えたのでは、現場は終わらせ方だけを工夫します。
「この○時間は、皆さんが明日お客様に薬を勧めるためにレベルアップする時間です。売場に呼ばれずに受けられるよう、人とシフトはこちらで手当てします」と伝えれば、受け取られ方が変わります。
後者を言うためには、経営陣と人事部門が、先に人とシフトを手当てすることが必要です。
順序を逆にはできません。
受講率100%という報告を受けたとき、何を尋ねるか
サッポロドラッグストアーの高田裕代表取締役副社長は、内部調査委員会のインタビューで、店舗の現状を数字中心で見ており、個店ごとの実際の動きまでは見切れていなかったと述べたうえで、「現状を見ていなかったという方が正しい」という趣旨も語っています。
正直な言葉だと思います。同じ位置に立っている経営陣は、決して少なくないと思います。
法定研修の受講率が100%と報告されているとき、経営陣が確認すべきなのは、その数字が正しいかどうかではありません。
毎年度12時間と定められた研修の時間を、現場のどの時間から捻出させたのか、です。
研修の時間が勤務シフトのどこにも書かれておらず、時間が確保されていないなら、時間の捻出の方法を決めているのは経営ではなく現場です。
北8条店の18名が全員代行を選んだのは、ほかに決めようがなかったからだと思います。
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