中国電力、中部電力に続き、九州電力もカルテルによる課徴金27億円の取消訴訟を提起。世紀東急工業事件判決を意識した対応か。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

九州電力が、2023年3月30日に公正取引委員会から納付を命じられた課徴金27億円等の取消訴訟を提起することを明らかにしました。

課徴金約200億円の納付を命じられた中部電力と約73億円の納付を命じられた中部電力ミライズ、および課徴金約707億円の納付を命じられた中国電力は、既に取消訴訟を提起しています。

一見すると足並みを揃えただけのように見えますが、そうではなく、課徴金納付命令をそのまま認めると会社の損害となり、それ故に、取締役は法令遵守義務違反を理由とする損害賠償責任を負わなければならなくなるので、その対応策という意味もあります。

課徴金納付命令と取締役の法令遵守義務違反を理由とする法的責任

独占禁止法に違反したことを理由に課徴金の納付を命じられた場合には、従来から、課徴金相当額が取締役の法的責任になると考えられていましたが、それを否定する説もありました。

そうしたところ、課徴金納付命令による損害について、取締役は法令遵守義務違反を理由とする損害賠償責任を負うことを認める以下の裁判例が出ました。

世紀東急工業事件(東京高判2023年1月26日、東京地判2022年3月28日)

具体的には、

  1. 公正取引委員会は、世紀東急工業がカルテル(共同事業体が販売する合材の販売価格引き上げを合意したことにより、競争を実質的に制限した)をしたことを理由に、2019年7月30日、28億9781万円の課徴金納付を命じた。
  2. 世紀東急工業は、2020年1月29日、課徴金納付命令のうち、18億3417万円を超えて命じられた部分について取消訴訟を提起。
  3. 株主は、世紀東急工業が取消訴訟で争っていない18億3417万円(自認課徴金額)について、取締役らの法令遵守義務違反、善管注意義務違反を理由に代表訴訟を提起。なお、取締役としての在任期間を考慮して、取締役ごとに請求額を変えた。

というケースです。

裁判所は、世紀東急工業の取締役がカルテルの合意の存在及び内容を認識しながら、カルテルに直接に関与または黙認したことを理由に、取締役の法令遵守義務違反と自認課徴金額についての相当因果関係を認め、取締役の損害賠償責任を認めました。

この世紀東急工業事件を参考にすると、課徴金納付を命じられた場合に取消訴訟で争わない場合には、自認したことを理由に、課徴金相当額について株主代表訴訟が提起されるおそれがあることがわかります。

中部電力、中国電力、九州電力が課徴金納付命令等全額に対する取消訴訟を提起した背景には、この裁判例の存在があります。

なお、リリースの表現の工夫については以前に投稿しました。

課徴金取消訴訟を提起しなかった(自認した)からといって必ず取締役の責任になるわけではない

「カルテルの合意の存在及び内容の認識」という判断要素

誤解して欲しくないのは、公正取引委員会から課徴金納付を命じられた場合に自認し、取消訴訟を提起しなかったからといって、常に、取締役が法令遵守義務違反による賠償責任を負うことになるわけではない、ということです。

世紀東急工業では、カルテルの合意の存在及び内容を認識して、カルテルの行為に直接関与または黙認したことを理由に取締役の法令遵守義務違反と自認課徴金額との相当因果関係を認めました。

そうなると、取消訴訟を提起しなかったとしても、取締役が法的責任を負うかどうかは、取締役がカルテルの合意の存在及び内容を認識していたかどうかが判断の分かれ目になります。

世紀東急工業での裁判所の認定プロセス

世紀東急工業事件でもその点が争われ、裁判所は、以下の事情から、取締役がカルテルの合意の存在及び内容を認識していたことを認めました。

  • 従前から代表取締役も経営会議で合材の販売価格の引上げについて報告を受けても意見を述べることはなく、控訴人Yも代表取締役として経営会議に出席するようになってから、同様に、合材の販売価格の引上げの要否等について自ら意見を述べることなかった。これは、控訴人Yが代表取締役に就任した時点において、本件合意の存在及び内容並びに製品事業部ないし事業推進本部が本件合意に基づく社会方針に沿って合材の販売価格を引上げることを既に認識し、それを容認していたからであると認められる。
  • 経営会議において、参加者から合材の販売価格の引上げの要否等について質問がなかったが、合板の販売価格の引上げの達成状況については必ず質問があり、控訴人Y(代表取締役)自身も質問をしていたのも、本件合意に基づく社会方針に従った社内通達が発出されていることを前提に、それに従って実際に合板の販売価格の引上げができているかに関心を持っていたからであると理解するのが相当である。

ポイントは、経営会議で販売価格の引き上げの「要否」について意見・質問はなかったけれども、販売価格の引き上げの「達成状況」については意見・質問があった、という部分です。

要は、経営会議で販売価格の引き上げの「要否」を議論せずに「達成状況」のみを議論としているのは、販売価格の引き上げについては他社とカルテルの合意が既に成立していることを前提としているからであって、それを前提にしているということは、取締役らは合意の存在及び内容を認識し容認していたからである、という理論構成です。

自社の取締役会・経営判断のプロセスへの影響

世紀東急工業の裁判例の理論構成を参考にすると、取締役は価格の引き上げなどを取締役会や経営会議で議論する際には、

  1. まず、価格の引き上げの必要性を議論する
  2. 次に、必要性があると判断した後に、その進捗状況について議論する

という二段階構成を経る必要がある、といえます。

価格引き上げ以外でも同じように考えた方がよいでしょう。例えば、新規事業を行うときには、新規事業を行う是非(必要性)を議論して、承認してから、新規事業の進捗状況を議論するというプロセスを経るはずです。これと同じです。

取締役会・経営会議の進め方の参考にして下さい。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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