役員による経費の私的流用を調査・指摘したら解雇。鳥取ガスが内部通報者に不利益取扱い?

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

鳥取ガスの部長(当時)と関連会社である鳥取ガス産業の2人の執行役員(当時)が、役員による経費の私的流用について外部の税理士に相談のうえ調査し、改善要望書を社長に提出したところ、鳥取ガスは、機密情報を社外に持ち出したことを理由に、5月12日付で3人を解雇したと、報じられています。

役員の不正に関する内部通報者を解雇(懲戒解雇?)したとして、3人が地位保全と賃金の支払いを求めて仮処分を申し立てたようです。

訴訟が終了しなければ全容は判明しませんので、今回は、一般論として、内部通報者に対する守秘義務違反を理由にした懲戒解雇が認められるのかについての解説、です。

※追記

2023年8月31日付けで解雇を撤回し、未払い賃金をバックペイする和解が成立したそうです。

鳥取ガスが内部通報者3人を解雇したことに関する報道内容

毎日新聞によると、解雇された内部通報者側が主張している概要は次のとおりです。

  • 3人は2022年に同僚から役員が会社経費を私的に流用しているとの情報提供を受け、調査を実施。
  • 会社の顧問税理士に相談したものの対応を断られたため、外部の税理士に相談した。
  • 3人は2023年2月27日、他の幹部社員を含む6人の連名で、役員の私的流用疑惑について具体的事実を記載したうえ、改善を求める「要望書」を児嶋社長に提出した。
  • 会社側は3月13日、顧問弁護士同席のうえ3人から事情聴取を実施した後、社外に機密情報を持ち出したとして、3月14日から無期限の自宅謹慎を命じ、5月12日に解雇した

あくまで解雇された側の主張なので、鳥取ガス側には会社としての主張はあるだろうと思います。

内部通報者を守秘義務違反を理由に解雇することは許されるのか

ここからは一般論です。

今回のケースのように、役員が経費を私的に流用している事実を調査するために社内資料を外部の税理士に見せたことは守秘義務違反として解雇理由になるでしょうか。

過去の裁判例に照らすと、今後の展開は3つ考えられます。

  1. 社内資料を税理士に見せたことは守秘義務違反に当たらないから解雇理由はない(解雇無効)
  2. 社内資料を税理士に見せたことは守秘義務違反に当たるけれど解雇は相当性を欠く(解雇無効)
  3. 社内資料を税理士に見せたことは守秘義務違反に当たり解雇に相当性がある(解雇有効)

潜水艦タイタンが圧壊したことに関する記事でも紹介した裁判例が参考になると思います。

守秘義務違反に当たらないとの考え方

1つめは、役員が経費を私的に流用していることを裏付ける資料を社外に持ち出しても「秘密」を持ち出したことにはならない、との考え方です。

協業組合ユニカラー事件(鹿児島地裁1991年5月31日)は、このパターンです。

懲戒解雇の対象となる秘密漏洩でいう「秘密」の内容を、企業の存立にかかわる重要な社内機密や開発技術等の企業秘密に限定し、脱税等を目的とした不正な経理操作の存在を一応推測させるメモ1枚を税務当局に提供しても、「秘密」の漏えいには該当しない、と判断したケースです。

税務当局に提供したから秘密漏えいに該当しないと判断されたのではなく、そもそも秘密に該当しないと判断(漏えいした相手は税務当局以外でも秘密漏えいには当たらない)としました。

今回の事例に類似していると言ってもいいでしょう。

ただし、協同組合ユニカレー事件では持ち出されたのはメモ1枚だったので、鳥取ガスの内部通報者が持ち出した資料の内容やボリューム次第では、守秘義務違反に該当すると判断されるおそれは否定できません。

守秘義務違反に当たるけれど解雇は相当性を欠くとの考え方

2つめは、守秘義務違反には当たるけれど、解雇は相当性を欠く、要するに重すぎるという考え方です。

メリルリンチ・インベストメント・マネージャーズ事件(東京地裁2003年9月17日)や、京都市の児童相談所職員事件(最高裁2021年1月28日上告不受理。控訴審;大阪高裁2020年6月19日、第一審;京都地裁2019年8月8日)が、このパターンです。

メリルリンチ・インベストメント・マネージャーズ事件との比較

メリルリンチ・インベストメント・マネージャーズ事件では、法律上守秘義務を負っている弁護士に法律相談するために見込み客リストなどを渡し、会社が返還を求めても応じなかったことについて、そもそも解雇事由である守秘義務違反に当たらないか、当たったとしても目的、手段に違法がないので解雇は相当性を欠くと判断しました。

これは秘密情報を渡した相手が法律上守秘義務を負っている弁護士であるという特殊性があります。

鳥取ガスのケースでは、相談した相手は税理士です。税理士法38条、54条で守秘義務を負っています。また、税理士に資料を見せた目的は、役員による経費の私的流用の調査のためです。

そのため、鳥取ガスのケースは、メリルリンチ・インベストメント・マネージャーズ事件と同様に、守秘義務違反に当たらないか、当たったとしても、目的、手段に違法がなく、解雇の相当性を欠くと判断される可能性はあります。

京都市の児童相談所職員事件との比較

これに対して、京都市の児童相談所職員事件は、職員が、公益通報の目的から、自分が担当していない児童とその妹のデータを出力した記録1枚を自宅に持ち帰り、京都市の指示に従わずに廃棄したケースです。

裁判所は、記録を持ち帰り、市の指示に従わずに廃棄したことは、解雇事由である情報セキュリティポリシー違反・職務命令違反は認めつつ、停職3日の懲戒処分は重きに失するとして相当性を否定しました。

そのため、鳥取ガスのケースでも、社内の情報管理に関する規程があるなら、社内資料を持ち出したことは規程に違反するとした上で、資料の持ち出しは内部通報、調査のためであり、目的、手段の正当性に照らすと、解雇は相当性を欠くと判断されることはありえます。

守秘義務違反であり解雇に相当性があるとの考え方

3つめは、相談相手が税理士であろうと社内資料を税理士に見せたことは守秘義務違反にあたり、かつ、内部通報の調査の目的のためとはいえども、解雇は相当性があるとするパターンです。

持ち出した社内資料の内容やボリューム、内部通報した趣旨・目的によっては解雇の相当性はありうるかもしれませんが、公益通報者保護法の趣旨に照らすと、解雇の相当性を認めることはなかなかハードルが高いように思います。

まとめ

仮処分の手続が始まったばかりで、当事者双方の主張が出揃ったわけではありません。

決定がでればおそらく裁判例集にも載ると思いますので、今後の展開を待ちたいと思います。

※2023年8月31日に和解が成立し、仮処分は取り下げられました。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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