自然災害と企業の危機管理。なぜ帰宅困難者が毎年現れてしまうのか。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

2023年6月2日に四国から近畿にかけて線状降水帯が発生するおそれがあることを受け、JR西日本は、1日時点で、運転を取りやめる可能性があることを公表していました。この記事を書いているのは2日ですが、実際に運休が発生しています。

今日は、この報道に関連して、自然災害と会社の危機管理について、特に経営陣や管理職の向き合い方についてです。

毎年発生する自然災害と帰宅困難者

2011年の東日本大震災以降、自然災害に対して会社の危機管理の意識が高まりました。自然災害などを想定した事業継続計画(BCP)を作成した会社も多かったように思います。

しかし、BCPを作成しても自然災害など緊急事態が発生したときにBCPが機能していない会社も少なくありません。といいますか、ほとんどの会社が機能してないと言ってもいいかもしれません。

「台風が直撃するおそれがあるのに全従業員を出社させたまま経営陣や管理職から早退させる指示がでなかったために帰宅困難者が多く出た」なんて、毎年のように報じられています。

2023年1月25日には、最強寒波による大雪で交通機関の運休・欠航予定が前日から報じられていたのに、従業員を出社させたために、高速道路では立ち往生が発生し、電車も止まったため5000人近くが帰宅困難になりました。

正直、「またか」と、経営陣や管理職の危機管理の意識の低さに呆れてしまいます。

自然災害に対する企業の危機管理が難しい背景

なぜ、毎年のように、自然災害に対する危機管理の失敗が繰り返されるのでしょうか?

ここでは、

  1. 経営陣や管理職が自然災害を甘く見ている
  2. 緊急時の意思決定の弱さ=危機管理が苦手
  3. 誰も責任を取りたくない

の3つを失敗する理由として挙げます。以下、ご説明します。

自然災害を甘く見ている

自然災害に対して適切な危機管理を行うためには、自然災害を会社にとっての「危機」であると認識しておくことが必要です。

ところが、阪神淡路大震災、東日本大震災、毎年のような台風被害、大雪被害が発生しているのに、自然災害を「危機」と捉えていない経営陣、管理職が多すぎるように思います。

「電車が止まっても少し待てば動き出す」「どこかに泊まれば良い」など「危機」を甘く見すぎる傾向にあるのは、そもそも危機意識がないからと理解できます。

1959年の伊勢湾台風で5098人の被害者が出てから1995年の阪神淡路大震災が発生するまで36年間、死者・行方不明者が1000人以上発生した自然災害が起きなかったことが原因でしょう。

経営者、管理職が育ってきた環境で「自然災害」に直面する機会がなかったので、危機意識が芽生えなかったのです。

そのために、初動が遅れ、その後の対応が後手後手になってしまうのです。

初動が遅れ、対応が後手に回ることは、会社にとってダメージになるだけではなく、従業員の生命、身体に危機をもたらす可能性さえあります。

2023年1月24日~25日にかけて関西地区を襲った最強寒波では電車内に閉じ込められた乗客が、下車できたのは午前3時半です。その間、電車の中に立ちっぱなし、トイレにも行けず、下車しても近隣にホテルはなく、13人が病院に運ばれる事態になりました。

これは従業員の責任ではなく、通勤経路で発生した問題なので労働災害に発展します。要するに、会社の従業員に対する安全配慮義務違反になる問題です。

従業員が命を落とした、身体に障害が発生した、入・通院したことになれば、それはすべて会社、取締役の安全配慮義務違反によるもので損害賠償責任を負わなければなりません。

自然災害を「危機」と意識できないなら、せめて従業員に対する安全配慮義務の観点からどう意思決定をすべきかを考えてほしいと思います。

緊急な意思決定の弱さ

不正や不祥事に対する危機管理や自然災害に対する危機管理がうまくいかないのは、緊急の意思決定をすることを苦手とする経営陣や管理職が多いからです。

日本の場合は特に前例主義や周囲との同調性が強いので、「地震くらいで早退させたことはない」「取引先がまだ帰宅していないのに、うちの会社だけが帰るわけにはいかない」などの判断になりがちです。

新型コロナの感染拡大が始まった頃に、緊急事態宣言が発せられるまでテレワークなどに移行する意思決定ができなかった経営陣も同じです。

しかし、意思決定ができない取締役は、取締役としての適格性がありません。

取締役は会社を株主から委ね任されている者として経営判断(意思決定)をすることが求められている役割です。その役割を放置するなら、取締役としての存在価値がありません。辞めてしまえ。

自分で意思決定ができないなら、せめて外部の危機管理の専門家に「この自然災害にどう対応したらいいか」と、アドバイスを求めるべきだと思います。

最近地震が増えてきていることもあり、南海トラフ地震についての報道も増えてきました。

南海トラフ地震の発生に備えて、今のうちに外部の危機管理の専門家に相談して、せめて出勤、退社のルールくらいは最低でも準備しておくべきでしょう。それが、取締役に求めらている危機管理体制の整備義務です。

既に取り組んでいる会社も増えていますので、時代遅れにならないように取り組むべきでしょう。

誰も責任をとりたくない

これも、前例主義や周囲との同調性の高さに起因するものですが、自分たちの会社や部署が目立つ意思決定をしたくない経営陣や管理職が多いように思います。

特に危機管理の場合、早めに初動し、その後、大したことが無かった場合に「大げさだな」と評価されることがあります。

しかし、その評価を「嘲笑された」「揶揄された」と捉えるか、「(指摘した方が)危機管理の意識が低すぎる」「大事に備えて何も起きなくて良かった」と捉えるかは、経営陣や管理職の心の持ちようです。

経営陣や管理職が「大げさだな」と評価されることを嫌がるようになると、判断を現場に任せる最悪の意思決定になりがちです。

経営陣や管理職は「大げさだな」と評価されることを嫌がらずに、「危機管理の観点から早めに対処しておいて良かった」「他社より先にやることに意味がある」と前向きに捉えて意思決定をして欲しいです。

新型コロナ禍のおかげで、現在は各従業員にテレワークの環境が整っています。そのため、以前よりも自宅待機や帰宅を命じやすくなったと思います。

なお、2018年6月18日未明に大阪北部地震が発生したときには、各社が自宅待機や早々に帰宅を命じたケースが報じられています。

前例主義や周囲との同調性の高さに照らしても、自然災害が発生したときには自宅待機や早々に帰宅を命じる事例が既に存在していることは認識しておいてほしいと思います。

まとめ

経営陣や管理職が、自然災害を会社にとっての「危機」と理解することが何よりも大事です。

自然災害に対して危機管理ができないことは、従業員に対する安全配慮義務違反、取締役・取締役会の危機管理体制の整備義務違反です。

「大げさ」と言われたとしても、「他社に先駆けていち早く適切な意思決定をする」ように考え方を改めて欲しいです。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。