小学館が「マンガワン」から作品の配信等を停止した事案から学ぶ、間接的な人権侵害の助長防止と、企業が策定した人権指針を「絵に描いた餅」にしないための企業の危機管理

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

小学館は2026年2月28日、児童買春・ポルノ禁止法違反(製造)で罰金刑を受けたマンガの原作者を、別のペンネームに変更して新連載の原作者として再起用していたとして、「マンガワン」での新連載の配信を停止し、単行本を出荷停止することを公表しました。

3月9日には、被害者への謝罪声明とともに、第三者委員会の設置も明らかにしています。

小学館が公表した一連の対応は、現在、企業各社に要請されている「ビジネスと人権」の考え方を実践する動きとして、他社にも参考になります。

間接的な人権侵害の助長を防ぐとの小学館の判断

「ビジネスと人権」において企業に求められるのは、自社による直接的な侵害を防ぐことだけではありません。

人権問題を起こした取引先と取引を継続することでお金を落とし、間接的に人権侵害を助長、促進しないことが含まれます 。

今回の事案では、過去に性犯罪で罰金刑を受けた漫画の原作者を、編集部が事実を把握した上で、別のペンネームを用いて原作者として再起用していました。

こうした形で小学館が原作者との取引を継続することによって、原作者の被害に遭われた方のPTSD(心的外傷後ストレス障害)を悪化させることになれば、結果として原作者による被害者への人権侵害を小学館が助長していることになります。

小学館が作品の配信停止や単行本の出荷停止という判断に至った背景には、こうした間接的な人権侵害への加担を食い止めるという意図があるのです。

人権指針の実効性と公表による信頼向上

人権指針を定めている企業、特に自社サイトなどで公開している上場企業は、取引先による人権侵害を把握したときには、その指針に基づいて意思決定しなければなりません。

人権指針と企業の実際の行動が乖離してしまえば、人権指針は絵に描いた餅になり、企業はステークホルダーからの信頼性を大きく損なうことになってしまいます。

実際のところ、最近は、人権侵害を起こした取引先に対して、自社の人権指針に基づいて行動した企業が、その経緯を自ら公表する事例が増えています。

例えば、旧ジャニーズ事務所で性加害問題が話題になったときに、住友金属鉱山は自社の人権指針に基づいて同事務所充てに文書で申入れをしたことなどを明らかにしています。

また、昨年のフジテレビでの性加害問題では、多くのスポンサー企業が「人権」と「ガバナンス」を理由にフジテレビへのCM出稿を停止するなどしました。

今回のケースのように、原作者のペンネームを変更してまで再起用していた事実は、小学館が原作者による人権侵害を助長していたと見られる一因であり、小学館には不都合な事実です。

ところが、そのような事実であっても隠すことなく公表して透明性を確保し、第三者委員会を設置して客観的な調査を行う企業姿勢は、ステークホルダーからの信頼の回復に寄与します。

長期的には企業のブランド価値を向上させることに繋がるかもしれません。

企業に求められる「管理監督責任」の真意

小学館は声明の中で、以下のように「原作者の起用判断および確認体制に重大な瑕疵があった」と認め、「会社として管理監督責任」などと言及しています。

今回、『常人仮面』につきまして、原作者の起用判断および確認体制に重大な瑕疵があったため、配信を停止し、単行本の出荷を停止いたしました。 

会社として管理監督責任を問われる重大な事案であり、人権・コンプライアンス意識の欠如があったと認識しております。

誤解されやすいですが、ここで言う「管理監督責任」とは、外部の漫画家に対して管理監督する責任ではありません。会社が自社の従業員を管理監督することの責任を指しています。

言い換えれば、自社の従業員に対して「ビジネスと人権」の観点からガバナンスが効いていなかったことの責任です。

ガバナンスが機能していたと言うためには、企業は、従業員に対して「ビジネスと人権」の考え方を周知、浸透させ、間接的な人権侵害を助長する取引を行わないよう日頃から教育しなければなりません。

本来であれば、従業員に「ビジネスと人権」の重要性、人権指針に基づく行動の必要性を周知、浸透させ、担当者、編集部、あるいは別の社内部署によって、原作者との不適切な取引を未然に防ぐ、あるいは中止させる行動を取らせる必要がありました。

これが「ビジネスと人権」に関する社内のガバナンスが機能している理想型です。

しかし、今回のケースでは、編集部が加害者である原作者の社会復帰を優先し、原作者のペンネームを変更してまで、原作者として再起用することが社内で承認されていました。

編集部においても、その上の決裁者においても、被害者の人権や社会的な影響を考慮した判断(ペンネームの変更を認めない、原作者として再起用を認めない)ができていなかったと言えます。

こうした社内の状況を、小学館は「管理監督責任」として言及しているのです。

理想論で終わらせないために

「ビジネスと人権」の考え方に基づくガバナンスを機能させるために、会社が「ビジネスの場では人権尊重が重要だ」と繰り返し注意するだけでは不十分です。

現場で働く人の中には「何を当たり前のことを・・」と感じたり、「目の前の利益を追っているのに、面倒な足かせ」と感じる人も少なくないでしょう。

しかし、小学館のケースは、たとえ現場の担当者・編集者が「才能ある作家には再起のためのチャンスを提供しよう」との親切心からした行動であったとしても、「ビジネスと人権」という基本指針に反していれば、組織全体を揺るがす重大な経営リスクに発展するという現実を示しています。

こうしたリスクを社内に周囲、浸透させる必要性があります。

以上を踏まえたうえで、現役のビジネスパーソンは、「ビジネスと人権」の分野については、最低でも以下の3点を意識できるようになってほしいです。

「隠し通すコスト」を計算に入れる

今回のようにペンネームを変更するなどして事実を伏せたとしても、SNSが発達した現在では、隠し通すことは困難です。

むしろ、発覚した際には「隠蔽」というレッテルを張られ、企業が受けるダメージは大きくなります。

自分自身の身を守るためのチェック

取引先を選定・維持する際には取引先における人権リスクを精査することは、不可欠です。

取引を開始・継続した後になってから、取引先における人権侵害が発覚すれば、現場の担当者だけでなく、会社も、取引先における人権侵害を間接的に助長・促進していると批判され、また、社内でも現場の担当者に対する「管理監督不十分」として責任を問われかねません。

「誰のための配慮か」を再定義する

今回のように加害者や作品への配慮してペンネームを変更して、別の漫画の原作者に起用することが、被害者への二次加害になってしまえば最悪です。

人権問題を起こした取引先との取引を維持・継続を決断する前に「この取引で人権侵害に配慮するのは誰のためか」を自問することが、結果として炎上や配信停止といった最悪の事態を未然に防ぐために、最も効率的な回避策です。

まとめ

小学館が新連載の配信停止、単行本の出荷停止に留めるだけではなく、第三者委員会による設置まで行った意味は、「罪を犯したとしても、この原作者を使いたい。しかし、人権指針に照らしたら、この原作者の元々の名前を使って仕事をすることはできない。」との現場の葛藤も含めた課題に向き合って、組織全体で課題を解決しようとする企業姿勢の現れと理解できます。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタル・オンラインに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。

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